あんたは俺のだから。

そらいろ

文字の大きさ
上 下
216 / 244

風船-balloon-2

しおりを挟む
「ただいまー……」

 扉を開けて家に帰ってきても、誰の返事も無い。誰も居ないから当然だ。

「可笑しい。か」

 昼休みに言われた言葉を思い出す。

「だけど、どうにもならないんだよなぁ」

 特に物も無く、人の住んでいそうな気配も少ない自分の家の中を見渡す。ランドセルを置いて、冷蔵庫を開ける。
 特に何かある訳では無く、今日も夜ご飯は無しかな。とバタンと扉を閉めた。
 最後にいつ母さんと父さんが帰ってきたのかは分からない。会ったのなんてもう何週間も前だ。

「当たり前じゃないなんて、気づきたくなかったよ」

 友人と話している時に感じる明らかな違和感。自分の家族と周りの家族は何か違う。片親でも幸せそうに家での話をしている子もいるのに、自分は……。

「なんで産んだんだろな……なんで……」

 悲しくなった。
 けど涙は出なかった。泣いても今の状況が変わらないことをもう随分前に知ったから泣くことは何時しか辞めていた。
 いつか、抜け出してやる。
 この今の環境を自分自身で変えてやる。
 まだまだ先の未来にある希望だけがその頃の生きる糧と理由になっていた。

 学校が休みの日。
 朝起きるとテーブルの上に珍しくお金が置いてあった。俺は寝ぼけまなまま、近づいてそれを手に取り本物かどうか確認する。

「やった。食べ物が買える……」

 嬉しくて時計も気にせず外へ飛び出した。
 家からわりと近い、安めのスーパーへ歩いて行けば、まだ開店前の準備中だった。時計なんて持っていない為、後どれくらい待てば店が開くのか分からない。そわそわとスーパーの前を行ったり来たりするのも怪しまれそうで、俺はその場を離れ、家とスーパーの間にある、小さな公園へと向かった。

(お腹空いたな……)

 そんなことを思いながら、とぼとぼと歩いて目的地に着く。
 公園の手前から聞こえる沢山の子供達の楽しそうな声に、やっぱり引き返そうかと家に戻ろうと一瞬思った。が、視界に映った物に惹かれて俺は入り口でピタリと立ち止まった。

「はーい。どうぞー!どうぞっ!」

 長身のお兄さんが、手に持った沢山の風船を次々に現れる子供達へと渡していく。「ありがとう!」と嬉しそうに受け取った子供達はそのまま親の元へと戻り、貰った風船を自慢気に見せていた。
 俺がじっと見過ぎていたせいか、風船のお兄さんと視線が交わった。

(やべ……)

 すぐに目を逸して公園を通り過ぎようとしたが、もう遅かった。

「はい。どうぞ」

 横から掛けられた声に反応して、とっさに見上げれば、ニコニコと笑うお兄さんが俺に風船を一つ差し出している。背後に昇る太陽のようにキラキラと輝いた笑顔に負けて、俺はその手から風船を受け取った。

「あ、ありがとう」
しおりを挟む

処理中です...