あんたは俺のだから。

そらいろ

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風船-balloon-1

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 子供の頃に持った憧れがあった。

 久しぶりのオフ日。
 担当してくれているスタイリストさんおすすめのお店に行こうとずっと思っていた為、珍しく一人で街に出ている。朱ちゃんはお仕事。出張カメラマンしに行くと朝早くに家を出ていった。
 暑い日差しを避けるために陽が落ちた時間を狙って出た外はもう見えなくなりそうなほど低い夕陽が空と街を照らして、淡いオレンジ色に染まっている。
 人が行き交ってザワザワと聞き取れない沢山の音の中から一際目立った声が鼓膜に響いた。

「ただいまキャンペーン中でーす!お子様には風船のプレゼントをしています!いかがでしょうかー!」

 聞いていて不快に思わない女性の大きな声。言っている言葉がすんなりと聞き取れて、その内容にも惹かれる。

(風船……)

 その単語に俺の心は簡単に動いて、声のする方向を見た。
 目に映るのは無数の糸に繋がれた色とりどりの丸い風船達。ふわりふわりと空に浮かぶ姿に頬が少し緩む。それを束ねて持っているのはさっきの声の持ち主。

「ママー!あの風船欲しいー!」

 俺の横を通り過ぎた親子のうち小学校低学年位の男の子がお母さんの腕を引っ張り風船を強請る。
 強請られたお母さんは、少し困った顔をしながらも男の子に目的の場所に連れていかれて、女性となにやら話をしている。隣に立つ男の子は目を輝かせながら浮かぶ風船を見つめている。

(貰えるといいな)

 心の中で微笑みながら、俺は願った。
 苦い過去を思い出しながら……。

---

 憧れていた。
 休日に親と過ごすことに。
 親と過ごして楽しい思い出を話す周りの友人に。
 それに共感して、自分の思い出を話すことの出来る周りに。

「樹矢くんは?このお休み何してたの?」
「僕は……。お家に居たよ。何処にも出掛けてないんだ」
「なんか、樹矢くんっていつもお家に居るよね。お出掛けとかしないの?」
「うん……。しない、かな」
「えー!可笑しいよー!」

 幼いながらに、感じていた。
 普段から家に親がいることなんてほとんど無くて、普通……ではないと。
 普通って何だって思うけれど、その時は、学校から家に帰ると親がいて、作られた温かい夜ご飯を一緒に食べてその日の話や何気ない話をして、同じ家で家族揃って眠りにつく。朝も一人じゃなく、親に起こされたりして、用意された朝ご飯を食べて学校へ向かう。
 それが普通できっと幸せなんだ。
 俺はそんな経験も無ければ、望んでも無意味だった。
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