あんたは俺のだから。

そらいろ

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物日-monobi-3

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(だ……誰……)

 壁に掛かった時計を見ると、20時が回るところ。遅くも早くも無い時間だけれど配達を頼んだ覚えも無いし来客する予定も全く無い。

ピーンポーン―――

 再び鳴り響く。
 身に纏わりついている毛布を剥がして立ち上がる。伝わるフローリングの冷たさが俺の足取りを遅くした。
 インターホンのモニター画面を覗くと、一人。真っ黒な帽子にマスクをした長身の男が立っていた。

「っ……な、なんで」

 慌ててボタンを押してオートロックを解錠すると、そそくさと中に入っていく彼。
 俺は、その様子を見届けてすぐに玄関へ向かい締めていた鍵を内側から開けて、その場に立ち止まった。

 ドア越しに足音が……微かに聞こえる。
 音は段々と大きくなり、無くなったと思えば目の前のドアがガチャリと開く。

「み……きや……」

 肉眼で確認した彼は間違いない。樹矢本人。俺を抱きしめて包むその匂いも間違いない。
 急いできたんだろう。息は荒く、触れる顔も冷たい。

「朱ちゃん……ただいま」

 家に行き来する度にお互い自分の家じゃなくても相手に「ただいま」「おかえり」と言うのがお約束になっていた。

「お、おかえり」

 少し顔を離して樹矢はマスクを顎下まで下ろすと、間髪入れず俺にキスをした。薄目を開けているとで目が合ってしまい、唇が離れてふっと笑う。

「樹矢……なんで、来たの?」
「恋人が用も無いのに来ちゃダメなの?」
「そうじゃなくて……」

 あぁ。面倒くさい男はもう止めだ。

「今日、あんたの誕生日なんだろ?お祝いは?誘われたりしたんじゃねーの?」

 樹矢は沈黙した。どうやら頭で少し考えているみたいだ。

「……誕生日だけど……誘いなんて誰からもされてない。そもそも誕生日を祝って貰えるのなんて仕事がこうしてある時くらいで、それまで誰にも祝う事なんてされなかったから俺にとってはどうでも良い日なんだけど?」

「…………」

「でも……朱ちゃんにはおめでとうって言って欲しかったから、ここに来ちゃった」

 笑うその感情は何が動かすんだろうと考えた。
 俺に対する愛情だと。すぐに答えが出てくる。

 そっか。こいつはそういう奴だった。俺は何も分かってなかった。
 首を傾げる樹矢をじっと見つめて俺はため息をひとつ出す。

「いいから、入れ」

 腕を引っ張り、リビングへ連れて行く。

 テーブルの上にあるカップ麺は見るからに麺が膨張して、汁は見えなくなっていた。

「飯は?」

 小さなソファの前で、目を合わせずに聞く。
 腕は掴んだまま。

「食べてない」
「じゃあ、ちょっと待ってろ」

 カップ麺を持って、キッチンへ移動する。
 流しにそれを捨てて、空のカップをゴミ箱へ投げた。

「朱ちゃん」

 冷蔵庫を開けようとした時聞こえた俺を呼ぶ声の元に振り返る。

「何?」
「考えてたんだけどさ……一緒に、住もっか」
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