あんたは俺のだから。

そらいろ

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シンパシー-sympathy-7

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 お父さんが旅立つ前に僕が縫った臙脂色の着物は出来上がった。着物には黒く燕の柄が染め抜いてある。
 お父さんに出来上がった着物を渡すと、リラも綺麗な包装紙で飾った帯を渡していた。

「お父さんが旅の間も僕たちを忘れないように」
「使ってね、お父さん」

 着物を広げて、包装紙を開けたお父さんは目を細めて嬉しそうにしていた。

「大事に着させてもらうよ。私はこの土地の着物が一番好きなんだ。アマリエが作ってくれたからでもあるんだけど」
「私のも着てね」
「交代で着るよ」

 くすくすと笑って悪戯っぽく言う母にお父さんは素直に頷いていた。
 僕とリラがお父さんにプレゼントをしたことでショックを受けたのはスリーズちゃんだった。

「わたし、ない! なにも、ない!」
「スリーズは私にハグしてくれる?」
「とと、げんきになる?」
「すごくげんきになるよ」

 言われてスリーズちゃんがお父さんに抱き付いていく。抱き付いたときに魔力の流れを感じて僕はスリーズちゃんをじっと見てしまった。
 母もリラもスリーズちゃんを見ている。

「今、スリーズちゃん、魔法を使ったよね?」
「守護の魔法だったわ」
「弱いけど、確かに使ったわ」

 僕とリラと母の見解は同じだった。
 強い魔法ではないけれど、スリーズちゃんはもう自分で魔法を使うことができる。それは大きな成長だった。

「スリーズ、魔法が使えるのか」
「わたし、まほうつかってた?」
「使ってたみたいだよ」

 魔法をかけられたお父さんは気付かなかったようだが、スリーズちゃんは無意識に魔法を使えるようになっていた。

「無意識でこれなら、意識して使うようになれば、もっと強い魔法が使えるようになるわ」
「わたし、つよいまほう、つかえる! つかいたい! かか、おしえて!」
「私は厳しいわよ?」
「がんばる!」

 魔法の練習についてすっかりとやる気を出したスリーズちゃんだった。
 レオくんは違うことが習いたいようだ。

「スリーズちゃんのおかあさま、おれ、じがかけるようになりたいんだ。おしえてくれませんか?」
「スリーズも字は読めるけど書くのは腕が安定してないから練習が必要だわ。二人で勉強の時間を取りましょう」
「ありがとうございます!」

 レオくんも来年には小学校なのだ。字の練習に興味を持っていてもおかしくはなかった。

 僕はお父さんが旅立ってしまう前に話したいことがあった。
 お父さんを呼んで二人きりになってウッドデッキで話をする。

「僕、セイラン様を抱きたいって思ってるんだけど、セイラン様は逆がいいって思っていらっしゃるんだ。どうすればいいのかな?」
「ぶふぉ!?」

 真剣に聞いたつもりなのに、お父さんが吹いてしまった。

「土地神様のそういう事情を知ることになるとは思わなかった……。ラーイの相談を聞くということはそういうことなのか」
「お父さん、困ってる?」
「いや、畏れ多いけど、ラーイの父親として相談には乗りたいと思っているよ」

 畏れ多いと思っているのにお父さんは僕のために相談に乗ってくれるつもりだった。僕はお父さんに甘えることにする。

「セイラン様と話し合っても答えが出ないんだ。でも絶対、セイラン様よりも僕の方が好きが大きいと思うんだよね」
「好きが大きい方が抱くのか?」
「だって、そうじゃない? 僕、男だよ?」

 お父さんも男だから好きなひとを抱きたいという気持ちは分かってくれるのではないかと思っていたが、お父さんは意外なことを口にした。

「私はセイラン様の好きがラーイよりも小さいとは思わない。そもそもどちらが大きいかなんて比べられないものだと思う。好きには色んな形があって、ラーイは猪突猛進に真っすぐな好きかもしれないけれど、セイラン様は包み込むような暖かく優しい好きかもしれない」
「好きには色んな形がある……」

 好きの強さ、大きさしか考えていなかった僕にとっては、お父さんの考え方は目から鱗が落ちる気分だった。
 僕は猪突猛進の真っすぐな好きで、セイラン様の好きは包み込むような暖かく優しい好き。言われてみれば、そんな気がしてくる。

「僕は、考え方が間違っていたの?」
「好きは競うものじゃない。どっちが好きだから抱く、抱かれると決めるのではなくて、そのときになって、セイラン様を受け入れたいと思ったら抱かれて、セイラン様に受け入れて欲しいと思ったら抱いたらいいのではないか?」

 僕よりもずっと長く生きているし、大人のお父さんの意見は僕の納得のいくものだった。
 お父さんがお父さんでいてくれて本当によかったと心から思う。

「今決めなくていいんだね」
「ラーイは焦りすぎるところがあるからな。私もスリーズとレオくんの婚約を急ぎ過ぎてしまっているし、私に似たのかな」
「お父さんに似ちゃったのかな」

 僕とお父さんは顔を見合わせて笑った。
 話し終えて部屋に戻ってくると、椅子に座ったスリーズちゃんとレオくんはクレヨンで大きな紙に字を書いていて、リラは母に結界の魔法を習っていた。僕とお父さんが戻って来たのに気付くと、すぐに母がお茶とお菓子の用意をしてくれる。

「今年、エイゼンと食べられる最後のおやつだから、ゆっくり味わって食べましょうね」
「お父さん、もう行っちゃうんだ」
「お父さん、気を付けてね」
「とと、だいすき」

 手を合わせて冷たいグレープフルーツのゼリーを食べて、紅茶を飲む僕とリラとスリーズちゃんは、食べ終えるのが寂しくなっていた。

 日の落ちる前の真っ赤な夕日の空に、お父さんは飛んで行った。
 次の夏までは帰ってこない。
 この生活が後何年続くのかは分からないが、しばらくはお父さんを見送って、次の夏まで帰りを待つことになるのだろう。

「かか、きょうはいっしょにねて」
「いいわよ、スリーズ。寂しくなっちゃったのね」
「かか、あしたもいっしょにねて」
「もう、無理に子ども部屋で寝ないでいいのよ」

 母のワンピースのスカートを掴んでいるスリーズちゃんは黒いお目目に涙をいっぱい溜めている。スリーズちゃんが子ども部屋で寝ていたなんて知らなかった。

「スリーズちゃんに子ども部屋を作ったの?」
「前世の話を聞いてから、十歳なら一人で過ごしたいこともあるだろうと形だけ子ども部屋は用意してたんだけど、一人では眠れなかったし、使ってなかったのよね。使い始めたきっかけはマンドラゴラだったのよ」

 マンドラゴラ?
 スリーズちゃんは人参マンドラゴラのジンジンを飼っているがその関係だろうか。

「マンドラゴラを食べるようになって乳離れができたでしょう? そしたら、大きくなった気になって一人で夜は子ども部屋に入ってベッドで寝るんだけど、夜中に眠れなくて泣きながら私の部屋にやってくるのよ」
「スリーズちゃんの年なら仕方ないよ」
「スリーズちゃん、無理しなくていいのよ。私、まだまだレイリ様と一緒に寝るんだから!」
「リラは自慢するところなの!?」

 泣きそうになっているスリーズちゃんにリラが自信満々に胸を張って言うと、スリーズちゃんは少し落ち着いたようだ。

「わたし、かかとねる」
「おれも、かあちゃんとしかねむれないよ」
「レオくんもだったの?」
「かあちゃんととうちゃんのベッドをいったりきたりしてる」

 今日はお母さん、次の日はお父さんと気分でどっちと寝るかをレオくんは決めているようだ。お父さんともお母さんとも関係が良好そうで僕は安心した。

「おれ、いもうとかおとうとがほしかったんだ。でも、スリーズちゃんとであって、いもうとやおとうとよりも、スリーズちゃんとあそぶのがたのしいっておもってる。だいすきだよ、スリーズちゃん」
「わたしも、レオくんだいすき」

 お互いにぎゅっと抱き締め合うレオくんとスリーズちゃんが可愛い。
 でも、とスリーズちゃんが付け加える。

「わたしは、おとうとかいもうと、ほしいな」
「スリーズちゃんのところは、かずがおおいもんな」

 レオくんのところはナンシーちゃんとレオくんという姉弟だけだけれど、スリーズちゃんにはアマンダ姉さん、アンナマリ姉さん、アナ姉さん、僕、リラという兄姉がいる。
 もっと増えても構わないと思うのは、お父さんが神族で、母が魔女の長だからかもしれない。

 ナンシーちゃんとレオくんのところはお父さんが人間なので、子どもが作れる期間は決まって来てしまうだろう。

「そんなこというと、おれもちょっとだけ、いもうとかおとうと、ほしくなるだろ」
「ほしいっていえばいいのに」
「いっていいのかな?」
「わたし、いうよ」

 レオくんの問いかけに自信満々に答えたスリーズちゃん。
 レオくんのところに新しい家族が生まれるかどうかは分からない。
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