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 キャッキャとはしゃぐ子供の体力半端ない。
 端で見ていたサイヒ以外の全員が息を切らしていた。

「アンドュ、そろそろご飯の時間だ。帰ろうか?」

「もう帰らないと駄目なの?」

「晩御飯が逃げてしまうよ?」

「ボク、ごはんよりお兄ちゃんとお姉ちゃんと遊ぶ方がいい」

 しょんぼりとアンドュアイスが呟いた。

 ズキュゥゥゥゥゥゥゥゥンッ!!!

 皆の心臓を矢が貫いた。
 その矢の名前を母性本能、若しくは父性本能と言う。

「兄さんが健気すぎる……」

「アンドュ様、御可愛らしいですわ……」

「子供と言うのはこれ程癒されるものなのですね……」

「ようやくアンドュ様に触れられたのにな…もう終わりか………」

 寂しそうなアンドゥアイスにぺたりと垂れた犬耳が見える。
 尻尾(幻覚である)もしょぼんと項垂れている。
 そしてソレは保護者組も同じである。
 皆、耳と尻尾が項垂れている。

 ソレを見て、サイヒは”やはりアニマルセラピーは素晴らしいな”なんて思っていた。
 サイヒにしたら何時でもアンドュアイスを子供にするなんて息をするのと同じくらい簡単にできる事なので、他の皆のように項垂れたりはしない。
 まぁこう言うのは小出しにするから良いものなのであろう。
 何事も腹8分が丁度良い。

「笑え、保護者組。アンドュを泣かせるつもりか?」

「「「「「え?」」」」」
 
 アンドュアイスの目に涙が浮かんでいた。
 ソレを零す前と必死に瞬きをしないように我慢している。
 我儘を言ってはダメなのだと分かっているのだ。
 自分が泣いたら大人が困ることが分かっているのだ。
 3歳にして、他人を思いやれる聡明な子供だったのだアンドュアイスは。

「そうですね、アンドュアイス様、また会えます。その時まで元気でいて下さいね」

 ルーシュがしゃがみ、アンドュアイスと視線を合わせてその金糸を撫でた。
 ルーシュの稲穂色の瞳とアンドゥアイスの碧い瞳の視線が交わる。
 そして動いたのはアンドゥアイスだぅた。

 チュッ

「!?」

 一瞬の事で、ルーシュの意識が付いて行かなかった。

「おねーちゃん、ボクね、おねーちゃん大好きだよ。きれいな髪の色も眼の色も大好き。抱っこしてくれる腕も好き。柔らかい体が好き。良い匂いがするところも好き。優しい声が好き。笑った顔が好き。だから、ボクが大きくなったらボクのお嫁さんになってね」

「な、ななななななんあななん!?」

 ボフン
 
 大きな煙がたち、ソコにはしゃがみ込んだアンドュアイスが居た。
 服はちゃんと最初来て居た物が着られている。
 今一何があったか分かってないが、何故か目の前のやけに距離の近いルーシュの姿に疑問を覚え、コテリと小首を傾げた。
 石造の様な整った男らしいアンドゥアイスの姿なのに、やはり幼い仕草が良く似合う。

「ルーシュ、どうかした?」

 甘いテノールが舌足らずな声で問いかける。

「な、何でも無いです――――――ッ!!!」
 
 ズザザザザザ

 器用にルーシュは座ったまま後ろに物凄いスピードで後ずさる。

「?」

 アンドゥアイスの頭に”?”が浮かんでいる。

「サイヒ、ルーシュに誕生日プレゼントはあげれたのかな?」

「あぁ勿論だ。アンドュのお陰でとても良いプレゼントが出来たよ」

「良かった~、ルーシュ喜んでる?」

 アンドゥアイスがルーシュに問いかける。
 アンドゥアイスに見つめられてルーシュの顔は真っ赤に染まっている。

「は、はい…とんでも無いものを、貰いました…………」

「そっか~良かった~」

「うむ、私も力を使ったかいがあったな」

 うんうん、と満足げに頷くサイヒをルーシュが真っ赤な顔のままギロリと睨みつけた。

「おま、お前!私のファーストキスを何だと思ってる訳!?」

「触れて欲しかったのだろう?願いが叶って良かったではないか」

「だからって、コレは刺激が強すぎなんだからな!もっとソフトなのあったでしょーが!?」

「3歳児が相手だ。ノーカウントで良いんじゃないか?」

「3歳児でもアンドュ様はアンドュ様だかんな…ノーカウントになんかできる訳ないでしょーが……」

「早くセカンドがあると良いな」

「お前、喜ばせようとしてるのは分かるけど、ちょっとは手段考えよーね!」

「了解した」

(((あ、右から左に受け流した……)))

「天界でも日が落ちるんだね~綺麗だね、ルーシュ」

「あ、はい。綺麗ですねアンドュアイス様」

 夕日に照らされて赤く染まるアンドュの姿は幻想的で、ルーシュはこのままアンドゥアイスが消えてしまうんじゃないかと思って…。
 その腕をがっしりと掴んでしまった。

「ルーシュどうかしたの?」

「え、いや、真っ赤で立ち眩みました……」

「そっか、じゃぁ治るまで僕の腕に捕まってて良いよ」

「有難うございます」

 顔に熱が集まるのが自覚できてしまったルーシュは、夕日が全てを赤く染めてくれていて良かったと胸を撫で下ろすのであった。
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