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 牛の悪魔を倒したアンドュアイスが向かった先は聖女の部屋であった。
 長い脚で早足で歩くため、付いて行くルーシュや他の神官は小走りになってしまう。

 バンッ

 鍵のかけられている筈の扉をアンドュアイスが力づくで開ける。
 豪奢な部屋の中では、泣き喚き侍女を罵倒する聖女と聖女を宥めようとする3人の侍女たちが居た。

 アンドュアイスが聖女が座っているベッドへ詰め寄る。

「アンドュアイス様!助けて下さい私、私、出血があって…お腹がとても痛くて!!ウッウッ」

 聖女がアンドュアイスの手を握ろうと手を伸ばした。
 その手をアンドュアイスは振り払おう。

「えっ……?」

「私は君に手を握られる様な関係じゃないと思うのだが?」

「だって、私聖女ですよ?聖女は王家にも並ぶ立場です、私がアンドュアイス様の手を取る事の何がおかしいのですか……?」

 呆然と聖女が言う。

「例え立場が同じでも、手を取り合うのは距離の近しいモノだけだろう?私は君をそんな身近に感じていない」

「そんな、そんな!何でその平民は良くて私が駄目なのですか!?」

「私は君を尊敬できない。聖女であるにもかかわらず悪魔が現れたのも知らないような君をどうして尊敬できる?私は尊敬出来る者しか身近に置いておく気はない」

「悪魔って、何ですか?悪魔が出たんですか?でも、私病気なんです!血が出て、お腹が痛くて、聖女だからきっと我慢できるんです!普通の一般人になんて我慢できないような痛みを、私は!ずっと!我慢にしていたのです!!」

「では、1度だけ君の手を取ろう」

「アンドュアイス様!」

 分かってくれたのだと聖女に笑顔が戻った。
 どれだけ自分が痛かったか。
 人を助ける余裕もないほど苦しんでいたのか。
 聖女だからこの痛みに耐えられたのだと、認められた。

「これは、何ですか?」

 アンドュアイスの手にはキューブ上の水晶が握られていた。

「アンドュアイス様!それはお止め下さい!!いくら何でも…惨いです……」

「ルーシュは優しいね。でも真実を分かって頂かなければ会話も成り立たない」

 ルーシュがアンドュアイスの腕を掴む。
 ソレをアンドュアイスは振り払わない。
 その事に聖女は怒りを感じた。

 男の群れに混じっていた好色な女。
 実家の侯爵家から追い出された平民の女。
 剣1振で魔物を狩る野蛮な女。

 何故そんな女の手をアンドュアイスは振り払わないのか!?

 神に愛され。
 民に愛され。
 人々を守る慈悲深い法力を持つ自分の腕を振り払ったのに!

「コレに触れて頂こうか。そうすれば私も貴方の手を取ることを考えてもいい」

 水晶に触れるだけ。
 見たこと無いが何かの魔道具だろう。
 だがその水晶に触れる事に戸惑う事は無かった。
 自分は聖女だ。
 どんな結果が出ても優秀な結果しか出てこない。

 それより寧ろ、出た結果によれば目の前の他国の皇族を見返すことが出来るかもしれない。
 この美しい男が自分の手を取り、跪き謝罪の言葉を述べるかもしれない。

 自分の都合の良い事だけを考えて聖女は水晶に触れた。

 水晶から光が溢れ空中に光のパネルが浮かぶ。
 そこには色々な情報と数値が載っていた。
 専門家が見なければわからないような事ばかりだった。

「あぁ月の物か、で、痛みは……一般女性よりも軽いくらいだね。余の女性はこの3倍は痛い思いを毎月している」

「そ、んな、嘘よ!コレがただの月の物?こんなに痛いのに!苦しいのに!アンドュアイス様は男だからそんな事が言えるのよ!こんなに痛いのに、普通の女が我慢できるわけが無いじゃない!!」

 興奮してアドレナリンが出ているのだろう。
 今は痛みよりも怒りが先に来ている様だ。

「この道具は医療の場で使う物だ。怪我の具合と危険度、痛みの強さを数値に起こしてくれる。大国の医局なら何処にでも置いてある法術具だ。
確かに私は男なのでどういった痛みかは想像も出来ないが、世の女性の半分以上は君より痛い思いを毎月している。
君が痛くて動けないのは、小さな傷でも法術で治して痛みに免疫が無いからだ。
君の痛みに対する耐性数値は5歳児並みだ」

「嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ!!!私は聖女なの!聖女なんだから、特別なんだから――――――っ!!」

「残念ながら君はもう聖女じゃないよ」

 神官やシスターが騒めく入口の方から優しい声が響いた。

「「「「「神官長様!!」」」」」

「教主様の様子がおかしいから国王に報告して対処を考えている間に事件は片付いたみたいだね。アンドュアイス様、ご協力感謝いたします。そしてその女の無礼をお許しください」

 細身の眼鏡をかけた優男風の男が神官長らしい。
 穏やかな話し方と雰囲気だが食わせモノだとアンドュアイスの本能が告げた。

「聖女、いや月の物が来たと言う事は君はもう子宮に神の加護を宿していない…ただの少女だ。もう伯爵家に帰るが良い。今までの聖女として働いた給金ならちゃんと払おう」

「嫌です、神官長様!私は聖女です、伯爵令嬢の生活なんて、もう無理です。ここでしか暮らせません!今まで通り私を神殿に置いて下さい!!」

「神殿に所属するのは構いません。ですが、貴方は法力を持ちません。神殿に残っても、法力を持たない貴女はシスターにもなれません。精々侍女が良い所でしょう。貴女は今まで侍女たちにやらせていた仕事を、今度は貴女がする番になるのです。それでも良いなら、神殿に残って頂いて構いませんよ」

 にっこりと神官長が微笑む。
 だが醸し出す空気が「とっとと消えろ小娘」と言っている。

「あ、どちらにしろ貴女が使ったこの部屋は片付けて下さいね。血の臭いが酷くて長居できたものではありません」

「ふっ、うっ、うああぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!」

 聖女が泣き喚く。
 ソレを宥める事の出来る者はもう存在しなかった。
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