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【18話】

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 魔力を操るときは繊細に、時に大胆に。

 クロタン様からの教えです。

 緻密に己の水属性の魔力を練り上げます。
 ゆらゆらと微細な魔力が空気中を伝います。
 そして皇太子様以外の方のティーカップに私の魔力注がれます。
 霧よりもなお薄い水。
 誰もソレが入ったことには気づきません。

 ふふふ、チョロいものです。

 誰も気にせずカップの中身に口をつけます。

 そして私の水の魔力は薬と毒の性質を併せ持っています。
 マロン様から薬草と毒草の知識はしっかり教え込まれました。
 ですがそれは薬草と毒草を扱うもので、私に回復と毒汚染の術が使える訳ではありません。
 ですから先に薬と毒を用意します。
 そして敢えてそれを飲み、私の体に蓄積させます。

 その蓄積した毒を、水の魔力と融合させて空気中で操るのです。
 
 すると、はい簡単に出来ました!
 紅茶を飲んだフォーチュン家の者は腹を抱えて震えながら脂汗を流します。
 とっても簡単ですね。
 これなら誰でも簡単に嫌な奴に毒を盛れるでしょう!

『でもその術のレシピお高いんでしょう?』

 いえいえ、今なら薬草の術のレシピも付けてお値段据え置きお買い得!!

 イマジナリーアシスタントの質問に機嫌よく私は答えます。
 まぁお値段据え置きとは言っても全能神の眷属様たちのレシピです。
 1国の主でも買える値段ではありませんよ?

「カレン、どうかしたのかな?」

「い、いえ、何も無いですわ皇太子様………」

「え、ええ、そうですよ、皇太子様…カレン、新しいお茶を淹れて来てくれないかしら………」

 義母の扇子を持つ手がプルプル震えています。
 力を入れすぎて拳が真っ赤ですよ。
 それでも娘を先に逃がすその心意気。
 母親としては立派なものですね、うんうん。

「は、ははははは早く行きなさいカレン!!」

「ひゃい!お父様っ!!!!」

 必死に括約筋に力を入れているのでしょう。
 ドレスの中で足がブルブルと震えているのが伺い知れます。
 さぁカレン、漏らさずにこの部屋から出られるでしょうかねぇ?

「カレンが淹れるのか?そう言えばカレンが淹れてくれたお茶を飲むのは初めてだ。カノンには何時も淹れて貰っていたのだがな………」

 あ、皇太子様の目が憂いを帯びました。
 カノンを思い出してくれているのですね。
 まだ心の中に私ーカノンが存在するみたいで嬉しいですね。
 まぁそれも今の好きな人に心の中の居場所は取られてしまうのでしょうけど。

 あ、父が顔を青くしました。
 そうですよね、カレンは自分でお茶など淹れた事はありません。
 そしてカノンはお茶を淹れるのが得意でした。
 紅茶通の皇太子様を唸らせる程度には。
 勿論紅茶通の皇太子様は茶葉どころか1回飲んだお茶なら、誰が淹れたかも分かるほどの舌を持っています。
 カノンがトイレに籠っている間に使用人に用意させれば、ねぇ。
 皇太子様、怪しんじゃにますよ?
 それでも良いのですか~父、義母~。ニヤニヤ

 もうこうなればフォーチュン家の3人は目で会話するしかありません。
 3人同時に席を外すなんて意味不明な事出来るはずありませんし。
 カレンを先にトイレへ行かせたところで残る2人の尿意と便意が収まるわけでもありません。

 あぁでも3人とも限界が近いみたいですね。

 カレンなんて泣き出しそうです。
 違いました。
 3人とも泣きそうです。

「うっ、うぅぅうわぁぁっぁぁぁあっぁぁぁあぁあん!!!」

 カレンが大声で泣きだしました。
 
「「カレンっ、うっ!!」」

 3人の足を伝って生暖かい液体が流れて高級そうな絨毯を濡らします。
 茶色いので大の方も漏らしたみたいですね。

「なっ、どうしたのだ!?」

 皇太子様が狼狽えます。
 急に婚約者が泣き出しその両親が床にぺたりと腰を落としていれば驚きますよね。
 それにしても気付いてない。
 皇太子様…鈍感ですね………。
 まぁそう言う所が可愛いんですが。
 おっと、こうして甘やかしてしまうんですよね。
 気を付けないと。
 私はあくまで護衛です。
 皇太子様を愛でる係ではありません。
 夕飯の後のデザート作る約束をしてしまいましたが。

「皇太子様、お3人とも具合が悪そうです。今日のところは帰りましょう」

「しかし、良いのか………?」

「お茶の続きは私が付き合います」

「ではチョコチップマフィンが食べたいぞ!」

 この状態で気にするのが残ったお菓子とはどういうことですか皇太子様…。
 本当にカレンに興味が無いのですね………。
 まぁ気持ちは良いのですが。
 気持ちが良いのでベリーのタルトも付けましょう。
 それは出来上がるまで皇太子様には内緒にしましょう。
 サプライズの方が楽しい事でしょうし。
 驚く顔も喜ぶ顔も見たいですからね。
 本当に私、皇太子様に弱すぎますね。

「では王宮に帰ろうかポリフォニー」

 ニッコリ笑って、最高の笑顔をポリフォニー、つまり私に見せます。
 流石にあざといですよ皇太子様。
 まぁそれに絆されてしまう私も私なんですけどね。
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