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【7話】

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 野盗をけしかけて助ける事で信頼を得る。
 昔から使われてきた手です。
 誰かの懐に入るには最も簡単な手かも知れません。

 今私は「ポリフォニー」と言う名で皇太子様の護衛をしています。

 皇太子様、かつての私の婚約者。
 カノンで会った時、唯一至福の時間をくれた私の想い人です。
 皇太子様を愛する心は未だに消えてはおりません。

 青空の髪色に海のような紺碧の瞳。
 中性的な顔立ちの、どちらかと言うと武より文を愛する方でした。
 皇太子様が本が好きだというから、私は本を読み出しました。
 
 本の中の世界は現実の不遇な生活を、その瞬間忘れさせてくれました。

 御伽噺。
 王子様が不遇な少女を見初める話。
 勇者が魔王を倒し助け出した姫君と結ばれる話し。
 聖女が死に向かう世界を救う話。

 どれもが私の心を躍らせました。

 ですが皇太子様にプレゼントして頂いた本は全て処分されました。
 そしてカレンは私が「本ではなく宝石が欲しい」と言っていたと皇太子様に告げていました。
 それでも皇太子様は私の事を信じて下さいました。
 私が本の内容を一字一句完璧に記憶していたからです。

 その事で虚言を語ったカレンを皇太子様は問い詰めようとしましたが、父が私は記憶だけは良いので本を1度だけは目を通していた、と皇太子様に説明しておりました。
 
 それは本当の事です。

 私は皇太子様から本を頂くと処分される前に一気に読んで内容を覚えました。
 次に会った時に本の話が出来るように。
 ですが本は手元にありません。
 カレンが使用人に処分させるからです。
 
 私の暮らす邸の隅の小さな部屋では、本の1冊隠すところはありません。

 本を火にくべて、私が泣きながら暖炉に手を伸ばすのを皆が笑いながら見ておりました。
 父も義母もカレンも使用人さえも。
 私には邸に味方など存在しなかったのです。

 それでも皇太子様は私を悪く言って事はありません。
 何時も穏やかな笑顔を浮かべ、私が淹れたお茶を美味しいと言って飲んで下さいました。

 もう1年前の話です。

 今も私は皇太子様にお茶を淹れています。
 護衛のポリフォニーとして。
 皇太子様とカレン、2人分のお茶です。

 今日は皇太子様がフォーチューン公爵家に来ているのです。
 婚約者のカレンに会うために。
 
 そしてカレンは前回会った時にプレゼントされた装飾品を身に付けています。
 私は皇太子様から宝石や装飾品の類を頂いたことがありません。
 やはり皇太子様も本当はカレンが好きだったのでしょうか?
 カレンを見る目は穏やかで、優し気な表情を浮かべています。
 1年前まで私に向けられた表情です。

 その優しげな声と表情に私は皇太子様に確かに愛されていると信じていました。

 でもその微笑みは今はカレンへ。

 今はカレンを愛しているのでしょうか?
 政略結婚であるから最初から私もカレンも愛されていないのでしょうか?
 愛していなくとも、あのような優しい笑顔を浮かべる事が出来るのでしょうか?

 どれであっても今の私には関係のない事です。

 私はポリフォニー。
 皇太子様が野党に襲われている所を助けた魔剣士。
 顔の上半分を仮面で隠した、身元の分からない屈強な男。

 愛なんて求めても仕方ないのです。

 何故なら、私は皇太子様を愛する以上の感情でカレンの事を憎んでいるから。
 恋よりも深い感情で家族だったモノを恨んでいるから。

 口元に笑みを絶やさずに、私はカップに注いだ紅茶をカレンの前に置きました。

「有難うポリフォニーさん」

 愛らしい笑顔でカレンが私に礼を言います。
 カレンは普段は給仕されても礼など言いません。
 皇太子様が目の前にいるからでしょう。

 愛らしいカレン。
 姉の死を憂う健気なカレン。
 誰からも愛されているカレン。

 私が淹れた紅茶を洗礼された仕種で口に運びます。

 もし私が毒の知識を膨大に持っていると知ったら、カレンはそんなにも無防備に紅茶を飲むのでしょうか?

 いえ、今回の紅茶には何も入れていませんよ。
 今回、は。

 でも自分が憎まれているなど夢にも思っていない、無邪気なカレン。
 何時でも私が貴女の命を奪えること、早く気付けると良いですね。
 次のお茶に毒が入っていないとは限らないのですから。
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