上 下
152 / 161
御使い様は学生になりました

【御使い様は溜息をついた】

しおりを挟む
 2億年前の地球での話である。
 1518年まで、イングランドで免許を有する医師は皆無だった
 16世紀の医療環境が現在と異なっていた。
 しかし、どのように異なっていたかを知れば、驚かざるを得ないだろう。

 規制らしきものがほとんど存在しなかった当時、医療を担っていたのは正式な訓練や知識をもい“physicians”(内 科医)だった。
 そのためイングランドでは医療過誤が蔓延し、資格のないニセ医者が未確立の医療行為を試みた結果、多くの人が不必要な死に至った。

 そうした流れを受けて、1518年にイングランド王ヘンリー8世の勅許を得て Royal College of Physiciansが創設された。その目的は、「本物の」医師とニセ医者を区別すべく、医療資格のある医師に免許を与える一方でニセ医者には罰則を与えることだ。RCPからフェローの称号を得たのはごく少数で、高い教育を受けたエリートに限られていた。

 16世紀には、医療従事者の中に明確な社会的ヒエラルキーがあった。
 例えば内科医(physician)は最も高い教育を受けたエリートとされ、外科医(surgeon)や薬剤師(apothecary)に対して優位で支配的な立場にあった。

 当時、薬剤師は(現代の薬剤師と同様に)内科医の指導によって薬を処方していた。
 一方外科医は、徒弟制度の下で習得できる「実践的な」仕事を受け持っていた。
 必要とされる正式な教育の欠如は、医療の場での外科医の立場の弱さを物語るだけでなく、手法と質の面において一貫性を欠いた訓練に彼らの職業資格を委ねる状況をもたらしていた。

 そして床屋が切断術を行うことが許されていた
 16世紀から18世紀にかけて、ロンドンでは床屋と外科医がthe Company of Barber-Surgeonsという同じ床屋外科ギルド(同業組合)に所属していた。
 美容と外科医療とは技術的に共通すると考えられていたことから、床屋は両面に関わるさまざまな仕事を受け持つことが認められており、その仕事には、調髪から四肢の切断までが含まれた。

 想像がつく通り、このような外科手術によって命を落とす人は、それによって命を救われる人と同じくらい多くいた。それだけでなく、一部のエリート外科医たちは、地位の低い床屋とひとくくりで扱われることを腹立たしく思っていた。
 そういった「真の」外科医たちは、内科医と同じように地位を認められ、敬意を払われることを願っていた。

 にもかかわらず、外科医が床屋外科ギルドから離れて正式な教育基準を確立するようになるには、1745年までかかった。
 それによって初めて、外科医は長年のライバルであった内科医と同じ土俵に立つことができた。

 この学園の学長が東洋医学を深海が嗜んでいると知って、嫌そうな顔をしたのは長年内科医に辛酸を舐めさせられてきた往年の恨みの為だろう。
 学生たちは内科医はもう古いと思っているようで、クロイツでは外科医療がソレだけ発達している事が分かる。
 それは深海には望むところだった。
 別に自分の東洋医学の知識が劣るものだとは思っていないし、プライドも持っている。
 だが外科医の父の手伝い(法的には許されないが個人経営の病院であったため出来た事だ)もしていた為、あまりにもお粗末な医療レベルでははるばるこの国に来たかいが無いと言うものだ。

 さて、昨日は新入生である深海に学校の案内をするだけで授業が終わった。
 レントゲン室があったのは嬉しいばかりだ。

(され、今日からどれ程のレベルの授業を受けさせて貰えるんだろうね?)

 自分の持っている医療技術より高い水準の医療の授業に胸を膨らませ、深海は帆退屈なホームルームを欠伸を噛み殺しながら受けていたのだった。
しおりを挟む
感想 209

あなたにおすすめの小説

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?

猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」 「え?なんて?」 私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。 彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。 私が聖女であることが、どれほど重要なことか。 聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。 ―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。 前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

ダンマス(異端者)

AN@RCHY
ファンタジー
 幼女女神に召喚で呼び出されたシュウ。  元の世界に戻れないことを知って自由気ままに過ごすことを決めた。  人の作ったレールなんかのってやらねえぞ!  地球での痕跡をすべて消されて、幼女女神に召喚された風間修。そこで突然、ダンジョンマスターになって他のダンジョンマスターたちと競えと言われた。  戻りたくても戻る事の出来ない現実を受け入れ、異世界へ旅立つ。  始めこそ異世界だとワクワクしていたが、すぐに碇石からズレおかしなことを始めた。  小説になろうで『AN@CHY』名義で投稿している、同タイトルをアルファポリスにも投稿させていただきます。  向こうの小説を多少修正して投稿しています。  修正をかけながらなので更新ペースは不明です。

オタクおばさん転生する

ゆるりこ
ファンタジー
マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。 天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。 投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)

処理中です...