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御使い様が誑しに進化しました

【御使い様は学びたい33】

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 獣車は馬車よりも大きい。
 馬車の荷台に当たる部分はより大勢が乗りやすい用に改良されている。
 深海に言わせればバスである。
 魔獣は馬よりも大きいので大きな荷台が引けるのだ。
 まぁ安い獣車なので乗り心地は2の次だが。
 長く乗っているとお尻に肉が無い人は痛くなるだろう。

 そう言う意味では深海とルナトーはお尻にも程良い肉が付いており、多少硬い席に座っても問題は無かった。
 フィルドは1cmほど浮いていたりする。
 男の尻に硬い座席の揺れる乗り物はしんどい。

 龍車だったらもっと乗り心地良くてすぐ着くのに、とフィルドは思うが、今回はそう言う訳にはいかない。
 何せ深海に他の国の偵察と技術と文化を盗ませるのが目的の旅だ。
 出ないとこんなに1つの国でのんびり出来ない。

 龍車なら確かに速い。
 1日で隣国迄向かえる。
 カカンは大陸の西に在り、クロイツは大陸の東の方にあるから、龍車なら3日ほどで着くだろう。
 だが1フライト1人金貨30枚だ。
 3人なら90枚。
 獣車は1日1人金貨1枚。
 3人なら3枚。

 いろんな国に長くと止まる事を考えたら龍車は望めない。
 国家予算でしている旅なので贅沢は敵だ。
 深海が節約主婦の如くお金の管理が得意で良かった。
 フィルドとルナトーに財布を預けたら3日で予算が無くなるだろう。

 因みにこの世界に銀行と言うものはまだ存在していない。
 なので現金を持って歩かないといけないのだ。
 かなりの長旅の費用。
 普通に考えたら持って歩くなど恐ろしい事他ならない。
 少なくとも己に力が無いものなら財布を持つのは嫌がるだろう。
 この中で1番戦闘能力が高いのはフィルドなのだが、財布を持たせると買い出しでも余計なものを買ってきたりするので預けられない。

 ルナトーは巫女職であるので非戦闘型だ。
 剣術はそれなりに扱えるみたいであるが、治癒や祈祷の方を得意としている。
 巫女の中でもかなりの腕の立つ上位巫女なのだ。
 ちなみに巫女は光属性が無いとなれないのである。

 そんなルナトーより、光属性を持っていないのに回復・結界の能力が高いフィルドは規格外である。
 まぁ回復のさせ方や結界の作り方が光属性とは少し違う、オリジナルな魔術を使っているのだが。
 本当に金銭感覚がちゃんとしているなら財布を預けるのに最適な人物なのだが。

 そんな訳で間を取って深海が財布を預かっている。
 深海もこの世界に来たころとは違う。
 1年もあれば人間それなりに変わるのだ。
 深海は努力することを厭わないし、何ならかなりの上昇志向の持ち持ち主なので、多少の苦労や疲労を負荷に感じる事は無い。

 実家に居たころから東洋医学を極めた母に知識と技術を学び、西洋医学を修めた父にも知識と技術を学んだ。
 薬剤師と調剤師の免許を持っている母方の叔母にも様々な知識を学んである。
 これが物心ついた時からの習慣だと言うのだから、普通の子供と話がかみ合わなくて困った過去もある。
 そして鳴海を変質者から守るため、父方の伯父から武術を一通り学んだ。
 なんならその息子の従兄妹にあたる年上のお兄さんにパルクールとロッククライミングを学んだ。
 お陰で深海は少しの窪みがあれば、ほぼ垂直の壁を登ることが出来る。
 家からひっそりと抜け出すのに助かる能力である。

 そんな深海がカカンに来てからは戦闘の天才のラキザと魔術の鬼才のフィルドから修行を付けられている。
 1年もあれば相当の実力に育った。
 まだカカンで5本の指に入るとは言わないが、10本の指には入る実力者であろう。

 戦闘においては、オドを胎内に宿していない深海はラキザから闘気の扱いを習った。
 コレはオドを持たない戦士の戦い方の上級のスキルだ。
 所謂『気』と言うものだ。
 これも修行次第で身体に宿る量が増える。
 コツコツと修行していた深海は闘気の量ならカカンで3本の指に入る。
 まだラキザと、カグウの義母弟のクリムゾンには敵わない。
 それでも他の聖騎士団のキーリョやヴィオレットは既に抜かしている。
 元々戦闘術の下地があったので今やカグウの小姓としてだけでなく、護衛も任せられる程になった。

 そして何故にオドの無い深海がフィルドから修行を付けられているのかと言うと、フィルドが「ラキザだけフカミちゃんと2人の時間過ごすの狡い!」と駄々を捏ねたのだ。

 オドを宿さない深海にフィルドが教えれる事…48手?
 いやいや、今のフィルドはチャラ男のフリした初恋童貞だ。
 そんな事を深海に出来る訳が無い。
 なら何を教えるのか?
 フィルド自身体もかなり鍛えられているし、【身体強化】の能力を使えば実は他の魔術を使わなくてもラキザと真っ向勝負出来るくらいに強いのだ。
 だが肉弾戦は間に合っている。

 ここで深海の異様に器用な性質が役に立った。

 深海はフィルドからピアスを渡されている。
 フィルドの瞳と同じ青銀色のピアスである。
 そのピアスの石には魔術が込められていた。
 
 最初に込められていたのは【身体強化】と【治癒】。
 だが今の深海に【身体強化】の魔術は必要ない。
 体に宿る闘気をチャクラで負傷部分に流して回復を早める事も出来る。
 【治癒】の能力も特に必要としなくなった。
 コレに困ったのがフィルドである。
 このままでは深海がピアスを付ける理由が無くなってしまう。

 そしてフィルドが思いついたのが別の魔術をピアスの石に付与する事である。
 今の深海のピアスに付与された魔術は【結界】と【水魔術(初級)】である。

 水魔術は単純に飲み水を得られない時に飲料水を手に入れるため。
 後、綺麗な水であるので患部の洗浄にも使える。
 これが中々に便利らしい。
 簡単な外科手術を行い始めた深海からかなり感謝をされたものだ。

 もう1つ。
 【結界】の魔術。
 空気中のオドを利用して結界を張る。
 普通は結界は外側に向かって張る。
 しかし深海は結界を内側に張る事で相手を拘束したり、糸状に変えて見えない攻撃を繰り出したり、刃物状に変えて投擲したりする。
 長距離はいけなくても中距離までなら射程内な、間違った結界の使い方である。
 そして護るより攻撃に向いているのが深海の気性を表わしている。
 所謂バトルジャンキーだ。
 まぁフィルドは深海のそんなところも含めて惚れているのであるが。

 そう言う訳でフィルドより弱いがルナトーより強く、ルナトーよりもフィルドよりも突出した術は持たないが一般的な価値観(むしろ普通の一般人より優秀だ)を持っている深海が財布を預かる事が最適となったのであった。

 そんな深海だが、獣車の中は大変暇である。
 ルナトーは可愛い女の子の隣を陣取って口説いている最中だ。
 女の子の方も美少年に言い寄られて悪い気はしていないらしい。
 そこだけピンクのオーラが漂っている。

 そして深海は、朝に早起きして朝食と弁当を作っていたので眠気が来たらしい。
 流石に令和時代の電車のように1/Fの揺らぎをこの獣車が持っているとは思わないが、揺られると眠くなる人間の不思議。
 隣のフィルドの肩に頭を預けてスヤスヤ寝ていた。
 膝の上にはお弁当の入ったバスケットを抱えている。
 落ちないように寝ながらでもしっかりと抱えているのが深海らしい。
 
 フィルドはラッキースケベにも満たない、こんな軽い接触で気分が舞い上がっていた。
 そう言えばフィルドは良くベットに忍び込まれているが、フィルドが深海のベッドに忍び込んだことは無い。
 当たり前であるが。
 だからフィルドは中々深海の寝顔を堪能する機会は少ないのだ。

(ふふふ、フカミちゃん可愛い~♡)

 口元がニヤニヤしそうになるのを気力で押さえつけながら、フィルドは獣車乗車中の退屈な時間を最高の至福の時間として過ごしていた。
 どうせならもっとゆっくり走ってくれても良いんだけどな、なんて思いながら。
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