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【男装の女王と晩餐会3】

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「はぁ…」

 深海が溜息をつく。それに鳴海が反応した。

「ふーちゃんまだしんどいの?」

「ん、痛み止めの漢方薬が切れてきたみたいだ。腹がじくじく痛んできた」

 深海の額には汗の粒が浮かんでいた。

「ルナトーさんとこ行こっか?」

「ん、良いか?」

 鳴海に支えられながら深海が会場を後にしようとした。

「ナルミ様、フカミさん、何処に行かれるのですか?」

 しかしそれを阻むものが居た。
 クロナだ。
 白の絹の生地に黄色の花が刺繍された少女らしい清楚なドレスを着ている。
 長い髪は、黄色の花を散らせハーフアップにしている。
 清楚なその恰好はクロナに良く似合っていた。
 もっとも清楚に見えるがその生地の良さや刺繍の細やかさ、散りばめられた黄色の生花。
 決してかかっている金額はカグウの比ではないだろう。

 そしてクロナの後ろには騎士服を着たミラーが立っていた。
 黒を基調に赤ラインの軍服だ。
 晴れの場でも着ていけるクラシックなデザインの軍服はミラーを年齢より大人びて見せた。
 しかしその目の奥にあるのは怯えだ。
 余程深海に与えられた恐怖が深く根付いているらしい。

「ふーちゃんの体調が悪いからルナトーさんに見て貰おうと思って。ちょっとの間だけ退出しても良いですか?」

「フカミさんが退出するのは構いませんがナルミ様は此処に居て貰わないと困ります。ナルミ様はカカン国の聖女様ですから。後でスティルグマ女王にも御目通しして頂かないといけません」

「でも、ふーちゃん今日朝から体調悪くて……」

「ミラー、フカミさんをルナトーの下へ案内して」

「承知しました姫」

 ミラーがクロナから離れ深海と鳴海を引き離した。
 深海が逃げないよう両腕でしっかりと抱きとめている。
 傍から見たら倒れそうなのを支えているように見えただろう。

「放せよ」

「大人しくしてて下さい。ここに居たら危ないから俺がルナトーの所に連れて行きますから」

 深海の耳元で小さな声でミラーが言った。

「危ないってなんだ」

 深海もミラーだけに消えるほどの小さな声で問いを返す。

「分かりません。でもクロナがフカミ様を嫌っているので一緒に居ないほうが良いです」

 小さな声で問うた深海にミラーはやはり深海にしか聞こえない程の小さな声で答えた。

「お前はクロナ姫派閥じゃなかったのか?」

「俺、あれから考えて、今まで自分でちゃんと考えた事ないのに気づきました。
だから少しずつでも色んなこと考えないといけないと思って、クロナの言うことを鵜呑みにするのをしないようにすることにしました。
まだ始めたばっかなんで難しいんですけど」

「そうか、お前も頑張ってるんだな…つぅっ!」

「大丈夫ですか!」

「腹が痛んだだけだ。気にするな。それよりクロナ姫とナルを一緒にしておく方が心配だ。腕を放せ。俺は此処に居る」

「ダメです。ちゃんと診て貰わないと」

「ナルを1人には出来ない」

 本来ならラキザやフィルドに鳴海の事を頼みたいところだが親衛隊は皆上級の役職に就いて居る。
 ホスト国としてスティルグマの貴族の相手に忙しそうだ。
 親衛隊の皆が手いっぱいで頼れないことが分かると後はミホクくらいしか深海は頼れる相手が居ない。
 だがそのミホクもチノシスの隣で補佐をしていた。

「わかった、ルナトーの所には行く。だからお前がナルを見ててくれないか?」

「俺、ですか?」

「今の俺はお前しか頼める人間が居ない」

「わかりました。聖女様の安全は俺が守ります」

「あぁ頼ん――――」

 ガシャン!

 給仕の持っていたトレイが床に落とされワインの入っていたグラスが床に叩きつけられて甲高い音をたてて割れる。

「聖女覚悟――――――ッ!!」

「ナルッ!!!」

 鳴海の後ろに居るクロナに期待は出来なかった。
 絶妙に他者から離れた位置に居た2人に近かったのは深海とミラーだ。
 そしてあらかじめ鳴海によってブーストをかけて貰っていた深海が鳴海のところに駆けつけるのが1番早かった。
 トレイの下に隠し持っていたナイフを鳴海に突き刺そうとした給仕の手を拳でいなしナイフを叩き落とす。
 そのままの流れで上段蹴りを給仕のこめかみに叩き込んだ。
 給仕の膝がガクリと折れ、そのまま床に崩れ落ちた。

「あら、撃退しちゃったのね」

 感情のない声でクロナがそう言ったのを聞き逃さなかった。
 だが既に深海は限界だった。
 ぐらりと体が揺れて床に倒れ込む。

「ふーちゃん!!」

「フカミ様!!」

 鳴海とミラーが深海に駆け寄る。

 倒れた体の状態を持ち上げるとその顔は蒼白で玉のような大粒の汗が浮かんでいる。
 呼吸も浅く速かった。
 その様子から深海が相当今苦しい状態なんだと分かる。

「おい!大丈夫かフカミ!!」

「フカミちゃん無事ッ!?」

 流石にカグウが来ることは出来なかったが比較的近くにいたラキザとフィルドが深海の下へ駆け寄って来た。

「ナイフは何処に当たった?」

「いえ、ナイフは叩き落としてました」

 ラキザの問いにミラーが答える。

「下半身に傷があるのか!?足から血が!」

 ラキザの言う通り深海の両足に真紅の血液が伝っている。

「そっか、ふーちゃん」

 何かに気付いたらしい鳴海が羽織っていたショールを深海の腰に巻くと腕と膝の下に腕を差し込み、軽々と深海を持ち上げた。

「なっ!?」

「え、聖女様!?」

 ミラーが運ぶのを手伝おうと手を伸ばす。

「深海ちゃんに触らないで」

 鳴海の口から何時もより低い声が出てミラーを罵倒した。
 その眼付も座っていて攻撃的だ。

「クロナ姫、私は深海をルナトーさんの所へ連れて行くから貴女のご機嫌とってる暇がない。悪いがお人形遊びがしたいなら別の女の子当たって下さい」

「ナルちゃん俺も付いていくよ!ラキザも行くよね?」

「お、おう!俺も付いていくわ」

 突然の鳴海の豹変に誰もが戸惑っていた。
 その状態を救ったのは甘いアルトの声だった。

「ラキザ、フィルド、深海は任せたぞ。
ご来場の者は皆気にせず宴を続けてくれ。姉様お見苦し所をお見せしてすみません。くだらない三文劇のせいでせっかくのビールが不味くなったでしょう。
口直しに今カカンで新しく作られたショウチュウと言う酒もあるのですがいかがですか?甘口で香りが鼻を通ってとても口当たりがよい旨い酒です。
良かったらお飲みになって下さい?」

「お前がソコまで薦めるとは相当自信のある酒らしいな。是非頂こう」

「コキョウ、ショウチュウを持ってきてくれ」

「承知した」

 カグウの命を受けてコキョウが焼酎を取りにそばを離れた。
 カカンの王が自信をもってスティルグマ女王に薦める酒に周りの者も興味を引かれたらしい。
 焼酎の話題で会場が賑やかになり始めた。

「ラキザ、カグウが会場の気を引いてくれた。今のうちに行っちゃうよ」

「あぁ。ナルミ、フカミを抱えるの替わるか?」

 華奢なドレスを着た少女が自分と同じくらいの体格の少年をお姫様抱っこしているのは異様な光景だ。
 今はカグウが気を引いてくれているので皆気にしていないようだが。

「いえ、私が運びます。この状態の深海を他の男に触られたくなので」

「そ、そうか。じゃぁ今のうちにルナトーの所へ行くか」

 深海を抱えた鳴海を隠すようにラキザとフィルドは位置を保って会場から退出した。
 クロナとミラーだけはただ茫然と立ち尽くしていた。
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