婚約者の王子に聖女など国に必要ないと言われました~では私を信じてくれる方だけ加護を与えますね~

高井繭来

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《5話》

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 太陽が昇るとほぼ同時にサラは目を覚ました。
 カーテン越しに入ってくる柔らかな光が目に優しい。
 何せ今まで窓のない部屋に居たものだから、それだけで感激ものである。
 サラは感受性が豊かなのだ。
 神殿に居る時はその感受性も無くしていたけれど。

「朝ごはんは、焼きたてのパン、ですよね!そして今日は服にお風呂です。銅貨1枚均一で買ったオリーブシャンプーと石鹸の出番、ですね。化粧水に肌用のオリーブオイルも買いましたし、初めての肌のお手入れ、です。気合が入ります!」

 サラはスラム街に居た頃は川で水浴びで済ましていたし、神殿時代は1週間に1度の10分の入浴だった。
 体を洗うのは灰汁が石鹸の代わりだ。
 それで全身洗うのだ。
 勿論基礎化粧品なんて使った事がない。

 お陰で肌はガサガサだ。
 髪の毛もパッサパサ。

 ただでさえサラは平凡な顔立ちだ。
 髪と瞳の色も平民に多い茶色。
 だがサラはこの色が嫌いではない。
 敬愛する他国の聖女に「チョコレートのようで美味しそうな色だ。私は好きだぞ」なんて蕩ける様な笑みで言われたのだから。
 それ以来サラの色彩コンプレックスは治った。

 だが同時に敬愛する聖女の綺麗な黒髪や青銀の瞳、白磁の肌を見て自分の外見の至らなさに肩を落としそうになる。
 平凡な外見だが、敬愛する聖女とまた会えたなら「綺麗になった」と言って欲しいのだ。
 何とも愛らしい少女の望み。
 サラは聖女とは言っても、たまたま適合者であっただけで何処までも平凡な少女だ。
 見た目も思考回路も。
 もう少し性格が悪ければ、これ程神殿に馬車馬の如く使われることも無かっただろう。

 だがサラの純粋さを好むものだって多いのだ。
 今のサラにはそれが分かるほど余裕が無いのだが。

 ベッドに膝立ちし、登って来た太陽に組んだ手を合わせる。

「今日も清らかな心の者にご加護を…」

 祈りが王都の3分の2に降り注ぐ。
 やはり上流階級の元へは加護は降りてこない。

「加護無しで大丈夫、でしょうかあの人たち?まぁ迫害した人たちを助ける気には、なりませんが…」

 驚くくらいに王家にも貴族にも加護の光は降らない。
 近い将来、魔物が凶暴化する前に下らない事故で命を落とすのでは無いのだろうか…。

「さて、お祈り終わり!そろそろパン屋さんが空いてます、かね?」

 2時間の祈りを終わらせこの後の計画を練る。
 ショルダーバッグに必要な物だけ詰めて、結界を張るとサラはアパートを後にした。
 向かうは昨日パンを買ったパン屋さん。
 焼きたてのパンとはどんな味がするのだろうか?
 サラは零れそうになる涎を拭ってパン屋へと向かった。

 :::

「お、昨日の嬢ちゃんか。ウチのパンは美味しかったかい?」

 恰幅の良いオバちゃんがサラに声をかけてくれた。
 昨日白パン2つ買っただけのサラの事を覚えてくれたらしい。
 素直に嬉しい。

「お勧めの焼きたてのパン、買いに来ました!」

「はは、元気のいいお嬢ちゃんだね。ゆっくり中を見て行って頂戴な」

 ショーケースに並んだパンがほかほかとしているのが見てわかる。
 香りも冷えたパンの比ではない。
 焼きたてのパンとはこれ程芳醇な小麦の香りがするのか。
 サラは初めて見る焼きたてのパンに感動した。

 パンはシンプルな白パンからデニッシュまで、20種類ほどがショーケースに並べてある。
 果物が乗ったデニッシュ。
 たっぷりとナッツが練り込まれたパン。
 オバちゃん曰く、たっぷりのカスタードクリームが入ってると言うクリームパン。
 見ているだけでサラのお腹がクゥ~と鳴る。

 朝ごはんはオカズが無くても良いだろう。
 サラはクリームパンとくるみパンを購入。
 2つで銅貨2枚に鉄貨3枚。
 牛乳も同時に購入、銅貨1枚である。

 何ともお買い得である。
 
 本当に神殿暮らしは何だったのかと思わされる。
 世の中、安価で美味しいものが溢れている。
 自分の神殿時代の食事は家畜にも劣るかも知れない。

 家に着いて、手を洗うと袋からパンを出し品も無しにガブリとくるみパンに噛り付いた。

「おいしぃ~。くるみってこんな味するん、ですね。木の実を食べて生活をしている小動物の方が私より美味しいものを食べてた、なんて!ほかほかで小麦の香りがして、美味し過ぎる!!」

 パンを喉に詰めないように牛乳を飲む。
 
「ぷはぁ!コクがあって美味しい…」

 スラム時代も神殿時代も飲んでいたのは酢のはいった水のみ。
 衛生的に仕方ないらしい。
 他の神官たちがワインを浴びるように飲んでいる事をサラは知っている。

「ん~でもワインより牛乳の方が絶対美味しい、ですね!」

 どうやらサラの体は動物性たんぱく質を求めているのだろう。

「さて、クリームパン…」
 
 ゴクリを唾を飲み込む。
 甘味を味わうのは初めての事かも知れない。
 
 パクリ!

 サラは勢いよくクリームパンに齧り付いた。

「んん~~~~~!!」

 甘さが舌を直撃する。
 クリームを口に含むと、卵感が強めに出ている。
 とろとろとしていて、クリームはとっても美味しいとサラは感じた。

「甘い物ってこんなに美味しいん、ですね……」

 初の甘味の体験にサラは涙ぐむ。
 こんな美味しい物を誰もが普段から食べていたのだ。
 そう思うと神殿での怒りが沸々湧きたつ。

「復讐する気はありませんが、精々加護のない人生と言うのを味わえばいいん、です。
さて、神殿を出て良い暮らしが手に入りましたが、問題は職探し、ですよね。
治癒師はあまり重要視してもらえませんからね。
スクワラル商会のポーションは高品質安価、そこいらの治癒師は迫害されます、よね…だからと言って堂々と上位法術を使う訳にはいけませんし。
薄利多売!ポーションより安いお金で良いからケガを直す仕事にしましょう。まずはギルドに冒険者登録ですね!」

 幸い今着ているのはローブだ。
 一目で術師であるとは分かるだろう。

「さぁ、ギルドに行く前に古着屋さんと古本屋さん、ですね。可愛い服、あったら良いなぁ。あ、お昼は新しい所を開拓、しましょう。早い・安い・旨い、な店を他にも知りていです、からね♪」

 ウキウキと心弾ませているサラは、これからの事を考えると楽しくて仕方ない。
 鼻歌を歌いながらショルダーバッグを持ち、アパートを出た。


 :::

「うわぁ――――――っ!!」

「どうされましたか殿下!!」

「何故こんな所に牛の糞が落ちているのだ!私の清らかな足が汚れたではないかっ!!」

「いえ、牛舎に糞は付き物ですから…」

「搾りたての牛乳を飲みたいからわざわざ私が牛舎に迄来たと言うのに、糞の始末も出来ないココの使用人は首だ!牛舎の使用人は全て挿げ替える!この家畜がぁ!」

 アコロ王子が乳牛の腹を蹴る。

「んんもぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 ゴガッ!

 乳牛の後ろ脚がアコロ王子の顎にクリーンヒットした。

「ブギャッ!」

 アコロ王子が潰れたカエルのような声をあげて、その場に倒れ込んだ。
 そう、牛糞の溜まっている場所にだ。

「うわぁ」

「誰がコレ運ぶんだよ…?」

「俺は嫌だぞ!俺の可愛いフローラの腹を蹴るなど、コイツが王族で無かったら首を絞めている所だ!!」

 若干、気になるセリフがあったが、誰も糞まみれの気絶したアコロ王子に触りたいくない様だ。
 結局アコロ王子はその場で水をかけられ、多少綺麗になった所を位の低い使用人に運ばれたらしい。
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