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第2章

29話

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 パンパンパン

 手拍子に合わせて私は体を動かします。
 滑るように。
 優雅に。
 緩やかに。
 
 履きなれないピンヒールのせいで上手く動くのが難しいです。

「リコリス様、肩が下がっています。しっかり腕のホールドを外さずに!」

「はい、先生!」

 今日はヒールで歩くのと踊る練習です。
 先生は魔王が子供の頃のダンスのレッスンも請け負っていたらしいです。
 この道では有名な方だとか。

 茶色の長い髪を頭の上の方でひっ詰めていてます。
 同じ色の瞳は薄い丸眼鏡越しにしか見えません。
 ですが中々鋭い眼付きです。
 ただものではありませんね。

 濃い青色のシンプルなドレスに肩にかけられたケープ。
 動きが優雅なのでケープは全然ずれ落ちません。
 外見年齢は40代半ばくらいでしょうか?
 魔王も教えていたのなら2000歳オーバーなのは間違いないです。
 でも女性に年齢を聞くのは失礼なので聞かないでおきましょう、はい。

 正直私は、戦闘しかしてこなかったもので上流階級のマナーには疎いです。
 結婚式に向けて急いで体に叩き込まなければいけません。
 同盟国のお偉いさんたち迄出席されるのです。
 魔王に恥をかかすわけにはいけませんから。

「リコリス様、少し休憩にしましょうか?」

「いえ、大丈夫です」

「疲れているときに無理やり叩き込んでも良い結果は出来ませんよ。朝から踊りっぱなしです。1回休憩入れますよ。お茶の用意をして頂いて構いませんか?」

「承知致しました」

 エーデルが優雅な礼をして部屋から出ていきます。
 うぅ、私よりよっぽどエーデルの方が優雅です。
 年季の差がありますね。
 エーデルも良い所のお嬢さんらしいですし。
 マナーもままならない主で申し訳ないです。
 呆れず慕ってくれて嬉しい限りです。

 少ししてエーデルが紅茶とシフォンケーキを運んできてくれました。

「さぁ昨日教えた通りマナーに注意しながら食べましょうか」

 先生がニッコリと笑います。
 目の奥の光が怖いです。
 失敗は許されませんね。

 ティーカップの取っ手には指で3本で支えて、穴には指を入れません。
 テーブルが低いのでソーサーごと持ち上げます。
 音を出さずに紅茶を口に流し込みます。

「OKです。ではケーキを頂きましょうか」

 フォークを持って1口分を切ります。
 あくまで大口を開けなくて良いよう小さくです。
 大きな口で頬張りたいんですけどね。
 果ての塔で、魔王と食べてるときはリスの様に頬を膨らませて食べても笑って見てくれていたんですけど。
 披露宴の料理をリスのような頬で食べる訳にはいけませんものね。

 フォークに刺したケーキにクリームをつけると口含みます。
 1口食べて切り口は人様に見えないよに自分の方へ向けます。

「はい、ちゃんと出来てますね。でも顔に”物足りない”と出ていますよ。笑顔を忘れずに」

「すみません」

 顔に出ちゃってましたか。
 恥ずかしい限りです。
 なんせ食事と睡眠は私にとっては1番の幸せですから。
 顔に出ちゃうんですよね。
 美味しいのが悪いです。

 だってコレ、魔王の作ったケーキじゃないですか!!

 分かるんですからね。
 私の好きな味ドンピシャですもの。
 
 お茶の時間取れないと昨日から言っていたから、差し入れ用に作っていてくれるなんてどこのスパダリですか!

「百面相はおやめください」

「すみません…」

 先生に怒られてしまったじゃないですか。

「ふふ、そんなに美味しいのですか?美味しいのを美味しそうに食べる事は悪い事ではありません。ですが人前に出る時は上に立つ者にはマナーがしっかりしている事が大切です。招いたもの、招かれた者に対する礼儀ですから。それだけ貴方のために所作をちゃんと学んでいますと言うことも行動で伝えれるのです。頑張りましょう」

「はい」

 向かいで紅茶を嗜む先生は確かに優雅です。
 背筋がピンと伸びていてとても姿が美しいです。
 確かに綺麗な食べ方は見ている者を心地よくさせます。
 私も頑張りましょう。

「所でリコリス様、朝から踊りっぱなしでしたが足は痛くないのですか?ヒールは履き慣れてないと聞いていますが?」

「あ、とても痛いです。ピンヒールを履くのも初めて何で正直泣きそうです」

「え?ちょっと足を見せて下さい!!」

 先生が取り乱してます。
 珍しいですね。
 私の足元にかがみ、私の足を取るとヒールを脱がせました。

「な、血塗れではありませんか!爪迄剥がれて!!」

「あ、通りで痛かったはずですね。靴を汚してしまってすみません」

 先生が口をパクパクしています。
 えーと”開いた口が塞がらない”と言うやつでしょうか?
 流石に靴を血みどろにしたのはヤバかったですかね…。
 思わず冷や汗が頬を伝います。

「何で言わなかったのですか!?」

「え、だって痛いのは当然ですし…私痛いのは慣れていますから」

「そう言う問題ではありません!あぁ、皮もこんなに向けて…さぞや痛かったでしょう!!」

 えーと怒られている、のですか?
 いえ、心配されているのでしょうか?
 あまり傷の心配をされたことが無いので良く分かりません。

「回復魔法を使えるものは!?」

「私が使えます!」

 ビーズが私の足の血を綺麗なハンカチで拭い、回復魔法をかけてくれます。
 足がジン、と温かくなり痛みが引いていきます。

「有難うございますビーズ」

「リコリス様、こんなになるまでに何故言ってくれなかったのですか?」

「そうですよリコリス様…大好きな人が傷つくのを見るのは皆辛いのです。私たちはリコリス様をお慕いしております。だからリコリス様に痛い思いはして欲しくないのですよ」

 エーデルとビーズが悲しげな顔をして私に尋ねます。
 私が無理をして皆を悲しませたみたいです。
 ずっと私が痛くても傷ついても誰も興味を示さなかったので、私が傷ついて悲しむ人が居るなんて思わなかったのです。

「すみません…」

 先生が私の頭を優しく撫でて下さいました。

「リコリス様は陛下のために頑張りたかったのは分かります。でも陛下はリコリス様が傷ついて迄頑張ることを喜んではくれないと思いますよ?」

「はい、私はそんなの知らなかっです。魔王も皆も悲しませたかった訳では無いです。今後気を付けます」

「午後からは座学にしましょう。期限までに間に合えば良いのですから。幸いリコリス様は覚えが良いので式迄には私がしっかり教えきります。だからそんなに無理をなさらないで下さい。分かりましたか?」

 先生の目が優しいです。
 でも何と言うか子供に言い聞かせるようなニュアンスになっている気がします。
 気のせいですよね?

「はい、先生にお任せします。今後もよろしくお願いします」

「ではケーキも食べていしまいましょうか」

「はい!」

 がっつかずに、それでも味わって魔王の手作りのシフォンケーキを味わいました。
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