皇太子から婚約破棄を言い渡されたので国の果ての塔で隠居生活を楽しもうと思っていたのですが…どうして私は魔王に口説かれているのでしょうか?

高井繭来

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第2章

23話

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 今日も準備万全です。
 私は今日も寝室のフカフカのベッドの上で正座をしております。
 初めて一緒のお布団で過ごしてから1週間。
 未だに私と魔王は一線を越えておりません。
 恥ずかしい事この上ないです。

 でも魔王が悪いんだと思うのです。
 私は人生の約3/4を戦いに費やしてきました。
 一応コンジュ様と言う婚約者は居ましたが手も握ってもいません。
 恋愛経験値2くらい私に魔王の色気は強すぎるのです。
 あ、恋愛経験値については0から2くらいに上がったものだと勝手に思っております。

 だって、唇にキスしましたし…。
 ひゃぁぁぁぁぁぁっ!
 思い出しただけで恥ずかしくて死ねます。
 ベッドの上をゴロゴロと転げまわります。
 大きなベッドで良かったです。
 落ちる心配はありません。

 私は意識を平常にするため鼻から大きく息を吸い口から長く10秒を数えながら息を吐きます。
 図書室に置いて有った【座禅入門】の本に書いてった心を静める呼吸法です。

 す~はぁ~~~~~~~~
 す~はぁ~~~~~~~~

 良し、大分落ち着きました。
 今日の私は一味違います。
 ちゃんと【彼を満足させる女になる、第3版】も読み込みました。
 読んでる最中何度か気を失いましたが…。

 でも今日こそ!
 今日こそ魔王を満足させてやります!
 何処からでもかかって来い魔王!!

 :::

「で、また失敗したわけね王妃さん」

「まだ結婚していないので王妃ではないですよ?」

「まぁまだ式挙げてないだけで実質王妃みたいなもんだから。それに名前呼びとか武神呼びとかは魔王が怒るでしょーが」

 うぅ、正にその通りです。
 意外と嫉妬深かった魔王は私の名前を呼んで良いとしているのは、実の兄のエントビースドさんと義姉のミヤハルさんだけです。

 それ以外の方が私の名前を呼ぼうものならブリザードが吹き荒れます。
 比喩でなく本当にブリザードが吹き荒れるんです。
 魔王の最適性属性は【氷】らしいので部屋の温度が30度は下がります。
 温かい所が好きな獣人の臣下さん達が何度か死にかけました。
 たかが私の名前を呼んだと言う事で。
 そういう訳で私は既に”王妃”呼びされています。

「でも式もまだだし今すぐ体の関係作らなくていーんじゃねー?」

 この軽い口調で現在私の相談を聞いてくれているのは魔国の騎士団長です。
 間延びした喋り方は何処かミヤハルさんを思わせます。
 本人曰く影響は多少受けているとの事です。

 騎士団長は魔王とエントビースドさんの幼馴染です。
 ミヤハルさんがオークションで魔王たちを買った時に世話係として一緒に買われたそうです。
 名前を”オウマ”さんと言います。

 オウマさんは世話係をしていただけあって魔王やエントビースドさんとも気さくにお話しできる数少ない方です。
 私にとっても気安くお話しできる希少な方でもあります。
 気さくにお話しできる理由は私とオウマさんの仲がそれなりに長い付き合いだからです。
 あ、恋愛の意味じゃないですよ。
 この方、私の寝不足の一端を担っていたのです。
 自他ともに認めるバトルジャンキーです。
 この方に何度戦いを仕掛けられクタクタになったことか…。
 他の高位魔族の方とも戦いましたが、その中でもケタ外れて強く遊ばれていた感は否めません。

 なのにオウマさんは驚くことに高位魔族ではありません。
 ちゃんと美形ですよ?
 でも高位魔族の圧巻する美貌と比べたら緊張はしないですね。
 人好きするお兄さんと言った感じです。

 本人曰く下位魔族だそうで、それでもミヤハルさんに鍛えられて今の実力と地位を得たのだとか。
 筋肉は裏切らないって奴ですね。
 私ももっと頑張らなくては。

 本来なら恨めしい相手ですが、オウマさんは当時の私のタイムスケジュールを把握していなかったので、まさか私がそんな睡眠不足であった何て思ってもみなかったと言う訳です。
 純粋に戦いを楽しまれており好意的だったので嫌うに嫌えないんですよねぇ。

 当時の私に対する行為の免罪として、こうして現在私の話し相手になってくれています。
 魔王の世話係をしていたので色々と情報を流してくれるのです。

「で、昨日は何処まで耐えられたわけ?」

「魔王が上半身裸になったところでショートしました……」

「あ~アイツ歩く猥褻物だもんな~」

「そうなんですよ!あの色気は何ですか!?同じ似た顔のお兄さんのエントビースドさんは色気垂れ流していないじゃないですか!魔王はそんなに色気振りまいて誰にアピールするつもりですか!魔王の浮気者ーーーー!!」

 ゼイゼイと息が上がってしまいました。
 つい興奮し過ぎましたね。
 ”どうどう”とオウマさんが宥めてくれます。

「ま、情緒芽生えてまだ数カ月だもんな王妃さん。あの威力は耐えれないのもしょーがないわ」

「それ処か今まで全然平気だったハグ迄最近緊張するんですよね。何か抱きしめ方が変わったような…」

「あ~それ多分自重しなくなっただけだわ。アレでも王妃さん懐くまで下心封印して触れてたみたいだからな~」

「ハグも碌に出来なくて魔王成分が足りないです…」

 魔国に来てから魔王とお茶とお昼寝の時間も無くなりましたし。
 だからこそ夜の営みくらいちゃんとしたいのですが。
 本当に魔王成分に飢えているんですよ。

 本来ならミヤハルさんに相談したいのですがエントビースドさん曰く”子供の喧嘩に出しゃばってしまった”と猛反省中でベッドでミノムシ状態らしいです。
 王都で子供の喧嘩でも諫めたのでしょうか?
 悪い事など無い気がしますがミヤハルさんの思考回路はたまに分かりかねます。
 ジェネレーションギャップと言うやつですね。

「つまり王妃さんは魔王とスキンシップはしたいがまだ大人の階段は上がれないってことだな?」

「うぅ、言葉にすると情けないですがその通りです」

「んじゃ宰相にこの手紙渡してきなさいな。お兄さんが良い知恵を授けてあげましょ~」

 メモ用紙にカリカリと何かを書いてオウマさんが私に手渡してくれます。

「中を見るのは無しだぞ~。王妃さんにもサプライズってことで」

「分かりました。エントビースドさんの所に行ってみます」

 休憩室の扉を開けて出て行くとオウマさんがヒラヒラと手を振っていました。

 :::

「ふむ、で、オウマがコレを私に渡せと言って来た訳だな」

「はい」

「少し待っていてくれ」

 メモを見てふむ、と頷くとエントビースドさんは【ゲート】で何処かに移動します。
 そしてものの数分程で帰ってきました。

「今夜の寝着にコレを着るが良い。魔王も下心無しに抱き枕にしてくれるはずだ」

「わ、わかりました」

 紙袋を渡され私はその中を確認しました。

「?」

 これで魔王が本当に前みたいにハグしてくれるのでしょうか?

 :::

 今夜の寝着は何時ものネグリジェではありません。
 魔王が欲情しないためのある意味勝負服です!

「リコリス、待たせた、な……?」

「はい、待っていました魔王!」

「何だその寝着は?」

「魔王のお下がりの着ぐるみパジャマです!」
 
「パンダ…お下がり……」

 何か魔王が複雑な表情を浮かべています。
 でもエントビースドさんもオウマさんもコレで良いと言っていたので間違ったチョイスではないと信じています。

「最近すぐに意識を失ってしまうので魔王成分が足りないです!私はまだ魔王の色気の耐性が出来ていないのでもうしばらくギュッ、が良いです。それともパンダでは可愛くないですか?」

 魔王が顔を手で覆って大きな溜息を吐きました。

「暫くはパンダを抱いて寝る事にしよう」

 魔王がギュッ、てしてくれました。
 押し倒しもされません。
 魔王の首筋に顔を埋めてその香りを堪能します。
 あぁやっぱりギュッ、は気持ち良いです。
 私からも魔王の背に腕を回しギュッ、をしました。

「コレ位は耐えて貰うぞ?」

 チュッ、と魔王が唇にキスしました。
 ガウン姿の魔王が唇にキス…。
 顔に熱が集まります。

「これ以上はしないから、しっかり抱きしめていろ」

 優しい声です。
 最近の色気がたっぷり含まれた声ではなくて、塔で聞かせてくれていた甘く優しい声です。
 久しぶりに抱きしめ合って、塔で過ごした幸せな日々が思い出されます。
 でも魔王。
 私は今あの頃より幸せですよ?
 きっと魔王は気付いていないでしょうけど。

 頑張って早く大人になるから待っていて下さいね魔王。
 だから浮気はしたら駄目ですよ。

 それまでは暫くパンダの私を愛でて下さいね!
 
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