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第1章

【番外】魔国side

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 その日は魔国の王とその重鎮たちによる会議が開かれていた。
 魔族の寿命は長い。
 それ故に突発の事態と言う物も滅多に起こりえない。
 最後に魔国で会議があったのは2千年も前の話だ。
 その時の議題は『次期魔王は誰にするか』だった。
 ミヤハルが1番の候補に挙がっていたが自分の養い子にその座を譲り本人は自由な身分で生活をしている。
 譲ったと言うよりも擦り付けたと言う方が正しいのだが。

 ちなみにミヤハルに悪気はない。
 魔王が王たる素質を持っていた為、適材適所に配置しただけだという言い分である。
 実際魔王は見事に魔国を統治している。
 魔王の兄であるエントビースドも宰相として魔王を補佐している。
 ミヤハルは面白おかしく生きている。
 この家族たちによって魔国は平和に統一されていると言っても過言ではない。

 では魔国で今回開かれた会議とは何であるか?
 それは《武神》の今後の扱いについてだ。

 魔王が《武神》に懸想していることは今や魔国には知らない者は存在しない。
 ”絶対零度の君主”が朝から菓子を作っているのは国民には想像できるものでは無かったが。
 しかし魔王と《武神》の恋中を引き裂こうと考える者は魔国には存在しなかった。

 魔王は魔国の民から絶対の信頼を寄せられている。

 《殺さずの武神》もここ10年、高位魔族を中心に魔国のアイドル(パンダ)である。

 この2人の恋愛。
 すでに魔国ではお祝い騒ぎだ。
 遂に遂に”絶対零度の君主”に伴侶が出来るのだと。

 吟遊詩人が王と《武神》の情熱的な恋の詩を歌い。
 劇場では王と《武神》の切ない愛が演じられる。
 若い少女たちは我らが魔王と《武神》の人間によって引き裂かれる悲哀の物語に涙する。
 今や魔王と《武神》の恋物語に魔国の女性は夢中なのだ。

 ちなみに率先して魔王と《武神》の恋物語を吹聴したのはミヤハルである。
 周囲から外堀を埋めて行って魔王が逃げられないようにしているのである。

 ミヤハルから見れば魔王はまだまだ子供だ。
 そして魔王は意外と自己犠牲精神が強くリコリスの為になるのならと身を引く可能性がある。
 ミヤハルにはそれではつまらないのだ。
 男2人を育てたミヤハルは次は是非女の子を育てたい。
 実際に会ってみてリコリスは想像以上に構いがいのある少女だった。

 なので今回の会議には珍しくミヤハルも出席していた。
 座る位置はエントビースドの膝の上である。

「姉上、会議に出席するのは構いませんが、せめて1人で椅子に座って下さらないでしょうか…兄上も兄上です。いくら姉上がお好きだからと言って流石に宰相が番を膝にのせての出席は問題があります……」

 さすがに魔王の発言に力が無い。
 魔王に怯まずマイペースを通すのは姉と兄であるこの2人である。

「何や~魔王様は自分の兄と姉が幸せそうにしてるのを見て焼き餅かいな。羨ましかったら自分も早うリコリスちゃん嫁に迎え~な」

「何故急にリコリスを花嫁に迎える話になるのですか?今は《武神》の今後の扱いが今回の議題でしょう」

「だからお前が《武神》を嫁に迎えれば良いのだろう?」

「兄上…お願いですから姉上至上主義は公私混同しないで下さい……」

 魔王は顔を手で覆って大きな溜息を吐く。
 やはりコレは癖らしい。
 主に兄と養い親のせいで身に着いた。

「んじゃ、魔王が《武神》ことリコリスちゃんと婚姻するのに反対するもんはおるか~?」

 番の宰相どころか重鎮たちの中にも反対の声をあげる者は居ない。

「陛下も大人です。そろそろ世継ぎの事も考えて良いでしょう」

「《殺さずの武神》と陛下の子なら強い力を持った子が生まれるのは間違いなしですね」

「その際の教育は是非私に任せて欲しいものです」

 余りにものどかな会議である。
 自分が魔王の座に就く時の会議はもっとピリピリとしていた様に思うのだが。
 それどころか既に結婚を通り越して子供の話になっている。
 いったい魔国に何があってこうなったのか…?
 勿論犯人は義姉であり養い親の愉快犯ミヤハルが裏で面白おかしく動いたせいだ。

「だが問題がある。恐らく後数日で《武神》が狙われるだろう」

「兄上それは本当ですか!?」

「バンリウ帝国の神殿が動く。恐らく《武神》の”殺さず”の信念をたてにとる気だ」

 ギリッ、と魔王は奥歯を噛み締める。
 何故にかの国は《武神》と言う生贄を利用し己共の利益を得ようとするのか?

(あの愛おしい赤の少女に手を出すなら滅ぼしてやる)

 魔王の瞳の奥に暗い炎が宿る。

「魔王、ソレは止めておき。人が傷ついて泣くのはリコリスちゃんやで」

「姉上……」

 魔王の行動心理など養い親には見抜かれている。
 伊達に2千年以上育てていた訳ではない。

「民は殺さず害虫だけを駆除する。《武神》が悲しまない枠内でだ。バンリウ帝国の後始末はある程度目処は立っている。お前は《武神》が気兼ねなく魔国に来る気になるように今まで通りしていれば良い」

「兄上…」

 魔国で1番の知恵を持ち多彩な魔法を生み出す兄が言うのならソレで良いのだろう。
 番至上主義である兄だが、決して弟を蔑ろにしている訳ではない。
 表情筋が仕事をしないため分かりにくいがエントビースドは弟も溺愛しているのだ。

「そうそうエントが言う通り魔王は早くリコリスちゃん口説き落としや~。あんまりのんびりしてると横からかっさらわれるで。リコリスちゃんどんどん可愛くなって来てるんやから」

「確かにリコリスはどんどん可愛くなっていますが…それが姉上の手の上で転がされているようで我は素直に喜びきれないのですが?」

「親の心子知らずやなぁ。ウチかて魔王様が愛しの伴侶を手に入れれるよう、リコリスちゃん乙女化計画進めとるんやから感謝して欲しいぐらいやわ」

「リコリスは今のままでも十分可愛いです」

「でもこの前のエンパイアドレス似合ってたやろ?」

「アレも姉上が犯人でしたか…」

 ココの処、リコリスの服装が簡素なワンピースから華美では無いが品の良いスリムラインのドレスを着ている事が多くなった。
 髪もサイドを編み込んだり、高い位置で結っていたりと出会った頃からは考えられない程にリコリスは女らしくなった。
 ただでさえリコリスは人離れした美貌をしているのにコレでは悪い虫がつくのではないかと魔王は心穏やかでは無かったのだが犯人は自らの養い親だったらしい。
 誰からドレスや髪留めを貰ったのか聞き出せない程度には魔王は繊細であった。

「んじゃ、リコリスちゃんを魔王は口説き落とす!そして適当にバンリウ帝国処理してリコリスちゃんを魔王の伴侶として迎えるで!皆、準備は良えな!」

「「「「「おぉ――――っ!!」」」」」

 ミヤハルの言葉に会議に出ている魔族全員が腕を上げ、合意の声をあげた。
 魔王を置いて話が進んでいくがソレを突っ込めるものはこの場には存在しなかった。
 会議の方向性としては魔王の都合の良い方向に進んでいるのだが、コレじゃない感が強くて魔王は手で顔を覆い大きな溜息を吐いたのだった。
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