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18章

セニアの三獣士

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 先日の一件で、否応なくイグニア帝国と戦争状態に突入したセニア共和国には、三獣士と呼ばれる一騎当千の武力を誇る将軍が三人存在し、現在、狼の亜人であるガガ・バレック将軍がマルト平原で指揮を執っており、戦力差を考慮したフロン女王は本国に残っていた二人の将軍の内、もう一人を戦場に派遣した。

 「ガガ将軍はどちらに?」

 豹の亜人であるラズ・カトーレ将軍は、ガガ将軍が居るはずの本陣へやってきた。

 「?……あっ! ラズ将軍! ガガ将軍は前線で指揮を執っております」

 本陣に残っていた副官の一人がラズに伝える。ガガは狼の亜人である為、集団の指揮能力が優れており、本人の武勇もあって兵士達の間では絶大な信頼を得ており、ガガ居れば兵達は何倍にも強くなると言われるほどである。そして、実際に数で劣るセニア軍22000はイグニア帝国軍65000に対しかなり奮戦している。

 しかも、セニア軍22000の内、最前線で戦っている狼の亜人4000と犬の亜人5000はその素早さと、集団戦法の卓越さでイグニア軍を手玉に取り、次々と戦果を挙げている。

 しかし、イグニア軍も黙って見ている訳ではない。エンドラ将軍の命令により、前線を一度下げ、後列からの魔法攻撃を仕掛けようと隊列を組み替えたのである。

「将軍、魔導部隊の準備が整いました」

 イグニア軍の副官の一人がエンドラに報告する。

「よし、始めろ」

「はっ」

「魔導部隊、詠唱開始……」

 イグニア軍魔導部隊5000が一斉に呪文を唱え、詠唱が終わると同時に指揮官が号令を出す。

「撃てーー!!」

 セニア軍に無数のファイヤーボールが放たれる。

「魔法攻撃だ! くっ……数が多い! 前線の部隊は下がれーー!!」

 ガガは叫ぶが、間に合わない……その時! 最前線で戦っていた部隊の前に光のシールドが展開され、イグニア軍の魔法攻撃をことごとく防ぐ。

「間に合ったようね」

 ガガは冷や汗を拭いながら、後ろから聞こえた聞き覚えのある声に振り返る。

「ラズ!」

 そこには、スラっとしたいで立ちで、セニアの紋章の入ったローブを着た女性が立っていた。

「ガガ将軍、大丈夫っだった?」

「……助かった」

 ガガはラズに礼を言う。

「でも、私達のマジックシールドもそう持たないわ。今のうちに一度前線の部隊を下げましょう」

 ラズはそう提案する。

 ラズはセニア共和国の中でも最高の魔導士で、その魔力は人間の魔導士にも引けは取らない、だがラズの部隊は別である。ラズだけが飛び抜けており、隊員のレベルも魔法使いではあるが、同じ魔法使いでも人間の方が魔力は高い為、純粋な魔法での持久戦や個々での戦いとなると人間には敵わない。

「よし、もうそろそろ日も落ちる、このまま前線を下げるぞ、命令を出せ」

 ガガは副官に伝え、副官は命令を遂行するため、各部隊長へ伝えに行く。

「明日からはどう攻めるか……」

「今日の戦果は圧倒的にこちらに軍配が上がったようだけど、明日からはこうはいかないわね……魔法攻撃を援護に騎馬隊が突撃してくるでしょうね……」

 ラズがそう予測する。

「だろうな……個々の実力は我らの方に軍配は上がるが、騎馬隊の突撃に合わせて歩兵部隊が来たら、数で押しつぶされる……敵も、今日の戦いでそれを感じ取っているだろうからな……」

 ガガも同意見のようで頷く。

「明日は、俺も前線に出て現場で指揮を執る。ラズ将軍には後方支援をお願いする。

「分かったわ……無理はしないでね」

「ああ」


------

 翌日の朝、帝国はガガ達の予想通り、騎馬隊が先方隊として隊列を組み、その後ろに歩兵隊も隊列を組んでいる。
そして、朝日が昇るのを合図に、帝国の騎馬隊15000が一斉に突撃してきた。それに対しセニア共和国側は騎馬隊の突撃を止めるべく、ラズ将軍率いる魔法部隊3000が、騎馬隊の前にファイヤーボールを放つ。

 一つ一つの威力はたかが知れているが、3000人もの魔法使いが、ファイヤーボールを放てば中々の威力となる。だが、帝国側も何の対策もせずに突撃してくるはずもなく、帝国魔導部隊5000が共和国側の魔法部隊に対し、魔法攻撃を仕掛けたのである。

 双方、ファイヤーボールの撃ち合いとなるが、一方的に帝国騎馬隊が被害を受ける。その理由は、セニア魔法攻撃隊は帝国騎馬隊に攻撃を仕掛けたのに対し、帝国魔導部隊はセニアの魔法攻撃隊に対し初撃を行った為である。

 そして、その初撃はセニア魔法攻撃隊に届かず、全てが防がれる。

 その理由はラズ将軍である。彼女は女王フロンより借り受けた国宝『聖杖ケセルディード』を使いマジックシールドの上位魔法、マジックバリアを展開、自軍を完璧に守ったのである。

「聖杖ケセルディード……さすが『慈悲』の名を関する杖ね……防御魔法に関しては最高の杖だわ。けれどこの杖は魔力消費が激しすぎて何度も使えない……けれど」

 そう、帝国騎馬隊は出鼻を挫かれ、最前列が止まった事により、騎馬隊の要とも言える機動力を奪われたのである。そして、慌てた帝国魔導部隊の指揮官は次に、セニアの先方隊へ魔法攻撃を仕掛けようとするが、前線部隊は既に混戦状態となり、魔法を打つと味方にも被害が出る可能性がある為、魔法を撃てない。そんな事を考えていると、セニアの魔法攻撃隊から今度は、帝国魔導部隊へファイヤーボールが飛んでくる。

 そう、ラズは騎馬隊の出鼻を挫き、さらに追撃により魔導部隊にも打撃を与えるという、ガガに対して最高のお膳立てをしたのである。

「ガガ将軍、前線は頼むわよ……よし! 敵魔導部隊は混乱している! 再度攻撃!」
 
 ラズは、戦況を読み的確に部隊に指示を出す。

 その頃、帝国陣営では前線からの被害状況の報告に対し、対応に追われていた。そして、その状況に対し厄介な人物が本陣に現れる。

「え~~い! 何をやっておるのだ!! エンドラ将軍! 亜人如きに後れを取りおって! どうするのだ!」

 エンドラは、バルボアに対し一言も発せずに身の丈程もある大剣を持ち、副官を呼ぶ。

「おい! 後は頼んだぞ」

「はっ」

 エンドラの命令に、副官は何の躊躇いもなく返事をする。

「おい……エンドラ将軍! どこへ行くのだ! 逃げるのか! 待て!……おい!」

 エンドラはバルボアを無視し、馬に跨って走り去っていく。

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 前線では、ガガ将軍指揮の下、狼の亜人4000・犬の亜人5000が、帝国の騎馬隊15000に襲い掛かり、戦を有利に進めていたが、帝国歩兵部隊45000が到着した事により、押し返され始める……だが、ここでガガ将軍が合図を出す。すると、戦場の左右から草原に身を潜め静かに忍び寄って来ていた、猫の亜人6000と兎の亜人7000が帝国軍を挟撃する。

 身体能力の有利なセニア軍のにとって混戦は最大のアドバンテージである。

 そして、互いの軍の魔法部隊はと言えば、帝国魔導部隊がセニア魔法攻撃隊に定期的に攻撃を繰り返し、セニア側がマジックシールドで魔法を防ぐと言うやり取りが繰り返されていた。

「セニア側に魔法攻撃を撃たせるな! こちらの方が人数も魔力も多い! このまま定期的に魔法を撃っていればセニア側の魔法部隊は何もできない」

 魔導部隊の指揮官は、前線が混戦状態となった現在、いくら敵側とは言え前線に向かって攻撃魔法を撃つ事は、味方側にも被害が出る恐れがある為、撃つ事が出来ない代わりに敵魔法部隊に攻撃をする事で、敵側の魔法攻撃による援護が出来ないように牽制していたのである。

 しかし、実はこの展開もラズ将軍の思惑通りであった。

 ラズ将軍は魔法攻撃隊の副官を呼び指示をだす。

「よし、ザラス! あなたは回復魔法が得意な者100名を連れて前線のガガ将軍の元へ向かいなさい。混戦状態ではこちらの方が有利だけど、そろそろ怪我人も増えてきているはずだわ」

 副官ザラスはラズ将軍の指示に従い、100名の部下を従えガガ将軍の元へ向かう。

 一方、前線ではガガ将軍率いる狼と犬の亜人部隊9000が奮戦しており、しっかりと前線を抑えていた。また、ガガ将軍はその武勇通り、部隊の先頭に立ち敵部隊を蹂躙している。そして、ガガ将軍の奮戦により味方の軍の士気は上昇し、敵軍の士気は下がる。

「うぉーー! ガガ将軍に続けーーーー!」

 セニア側の前線で歓声が上がると、当然挟撃中の兎の亜人部隊と、猫の亜人部隊の士気も上昇する。

 互いの魔法部隊を除く、イグニア軍60000とセニア軍22000の戦況は圧倒的にセニア軍へと傾く……しかし、その優勢もこの男の登場により、傾くことになる。そう、エンドラ将軍が挟撃中のセニア軍の後方から突撃したのである。

「ゆくぞ! 続けーーーー!」

 エンドラ将軍は身の丈程もある大剣を軽々と振り、セニア軍を次々と撃破して行く。

「副官! 敵が我が軍の後方から突撃してきます」

 兎の亜人部隊を束ねるララーナは部下の報告を受け、後方に目をやると大剣を携えた大男が猫の亜人で副官のアゾ隊の方へと向かって行くのが見えた。その光景を見たララーナは、ほっと一安心する。

「フフ……大丈夫よ。知っているのかどうかは分からないけど、あの先には副官のアゾがいるわ、彼が負ける事は万に一つもあり得ない。向こうは放っておいて私達は此方に集中するわよ!」

「アゾ隊長! 後方から凄まじい勢いで敵が迫ってきます!」

 副官アゾは迫りくる大男を見ながら、ニヤリと微笑むのであった。 

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