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17章

侵攻

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 神聖歴742年 ファルハン王国の南に位置する亜人の国である『セニア共和国』に突如『イグニア帝国』が宣戦布告、侵攻を開始した。

 それに対し、セニア共和国は『クリアス神聖国』へ、イグニア帝国の宣戦布告とセニアへの侵攻を強く非難し、直ちに兵を引くよう交渉を願う旨の使者を送った。そして、大陸の法と言われるクリアス神聖国は教皇クレオス・マクレール37世の名の下、アイギスの騎士団50名と大司教マルコ・ロマレスを特使として派遣し、セニア共和国の使者を連れ、イグニア帝国との国境で戦場でもある『マルト平原』の帝国本陣へと向かった。

「エンドラ将軍、クリアス神聖国の特使とセニア共和国の使者が面会を求めております」

 将軍と呼ばれた男は、静かに命令する。

「通せ」

「ハッ」

 部下である兵士は、クリアス神聖国とセニア共和国の使者を呼ぶため、天幕を出る。

「将軍、話は私がしますので、あなたは口を出さないようお願いしますね」

 将軍であるエンドラの前に立ち、嫌な目で天幕の入り口を眺めるこの男は、帝国貴族の一人で今回の戦争の監査役でもあるバルボア・ジェノス伯爵と言う人物で、金に汚くすこぶる評判の悪い男である。

 バルボア伯爵が今回この戦争の監査役に立候補した理由は、戦勝後の恩賞で皇帝より、マルト平原のセニア共和国北側の穀倉地帯の管理権を貰えるよう上奏するつもりなのである。

 大陸の南東端に位置するイグニア帝国は首都こそ発展し、裕福そうに見えるが、実際は国の北側三分の一が砂漠と化しており、西側は山岳地帯で穀倉地帯は山岳地帯の南側にわずかに広がっている程度で、首都以外の町や村は貧困に喘いでいる。

 そして、そのバルボア伯爵領は帝国側マルト平原の北東に位置する為、戦勝後にマルト平原とその北側の穀倉地帯を管理下とすれば帝国の食料事情に大きく貢献でき、さらに大儲けができる。そしてあわよくば、その功績で
『陞爵』すらありうると画策しているので、バルボアとしては、何としてでも戦争をしてもらわないと困るのである。

 そして、部下の兵士がクリアス神聖国とセニア共和国の使者を連れて来た。

「失礼します」

 兵士の挨拶の後、両国の使者が天幕に入る。

「お初にお目に掛かりますエンドラ閣下、私はクリアス神聖国で大司教を務めております『マルコ・ロマレス』と申します」

「私は、セニア共和国の……」

 マルコの後に続いて、セニア共和国の使者が挨拶をしようと口を開いたその時……

「おお~ これはこれは、マルコ大司教殿わざわざこのような所までご足労頂き光栄です……それにしても、急に何か匂いますな~~……獣臭ですか……」

 セニア共和国の使者の言葉を遮り、バルボア伯爵がニヤニヤと嫌な笑みをしながら話し出すが、マルコ大司教がそれを制す。

「バルボア伯爵殿、まだセニア共和国の使者殿の挨拶が終わっておりませんよ」

 マルコ大司教にそう言われるとバルボアは、今気づいたかのように惚ける。しかし、無礼な態度を取られたセニア共和国の使者は、この位の挑発は問題ないと言わんばかりに冷静に対応した。

「では、失礼ながら、私はセニア共和国の使者でバジェ・ベンと申します。以後よろしくお願い致します」

 バジェ・ベンは身長が2m程ある熊の獣人でる。

 この世界では、亜人と獣人が存在し、身体能力は人間を大きく上回るが、魔法適性が著しく低く獣人に至っては、生活魔法程度しか使うことが出来ない。その為、亜人や獣人は安い魔道具で拘束・支配され、奴隷として売買されている。もちろん人間の奴隷がいないわけではないが、魔法適性のそこそこある人間より、安価な魔道で拘束・支配でき、体力的な仕事や、女の亜人なら一部の人間の性奴隷にと、重宝されている。

「あ~~あ! 小国セニアの使者か、マルコ殿のペットかと思ったわ」

 外交上他国の使者の挨拶の言葉を遮るなど無礼にも程があるが、バルボアはさらに使者であるバジェ・ベンに対し侮辱を続けた。

 だが、バジェは侮辱されても尚、耐える。

 バルボアの言う通り、セニア共和国は国土が他の国よりも小さく、人口も少ない。その為、亜人の身体能力と言うアドバンテージを持ってしても、攻撃魔法の改良を続けているイグニア帝国には勝てないと知っているからだ。
また、国家元首である狐の亜人で女王のフロン・タニベールは温厚な性格で、国民からも愛され絶大な支持を得ている。

 そして、その温厚な性格も相まってか、軍事の増強よりも民生を第一としてきた為、国が抱える戦力はほぼ最低限のレベルとなっているのである。だからこそバジェは耐える。戦争により敬愛する女王フロンの愛する民が、国が傷つかないようにと……

 だが、それを良い事にバルボアが挑発と侮辱を続ける。

「そもそも、亜人の分際で、この帝国の本陣である天幕に入って来るとはな! 獣臭くて適わんわ」

「申し訳ない。だが、私もセニア共和国の使者として来ていますのでご容赦を。そして、本題ではありますが、イグニア帝国には、この侵攻の正当性は無く直ちに兵を引いて戴きたい」

 バジェの申し入れに対し、エンドラ将軍が答える。

「無理だ。この侵攻は皇帝陛下の勅命である……引くことはできぬ」

「なぜですか!? 我が国は、貴国に対し今まで他の国よりも安く穀物を輸出してきました。感謝される事はあっても侵攻を受ける言われはありません」

 バジェは強い口調で抗議する。

「やかましい!! もうよいわ! おい!」

 バルボアがそう言って叫んだ瞬間、外から天幕内に5人の兵士が剣を抜いて入ってきた。それを見てバジェがさらに声を荒げる。

「どう言う事ですか!! ここには私だけではなくマルコ大司教殿も居るのですぞ! こんな暴挙をクリアス神聖国が許すとでも……」

 そう言ったとたん、バジェはある事に気付く……

(マルコ大司教は最初、天幕に入った時バルボアには挨拶をせず、エンドラ将軍にのみ挨拶をした。まさか……バルボアとマルコ大司教はグルなのか……まずい!)

 バジェがそう考えた瞬間バジェの胸から剣先が生えてくる……

「グッ……おのれ! こんな事を……してただで済むと思うな……」

 バルボアがニヤニヤしながら答える。

「獣ごときが、気にする事ではないわ。おいお前! この血を拭け」

 バルボアは、そう言うと兵士の一人を呼び、バジェの血痕の清掃を命令する。

「はっ」

 兵士が地面の血痕を清掃しようとしゃがみこんだ時、別の兵士がしゃがみこんだ兵士の首を刎ねた。そして、天幕内が騒がしい事に気付いた、クリアス神聖国の騎士団が天幕に駆け付け、中に入ろうとした時、中から大司教が現れ、皆にこう告げる。

「セニア共和国の使者殿が、帝国のバルボア伯爵殿と交渉中に暴れ出し、帝国兵がやむなく打ち取った……おそらく、バルボア伯爵を人質に取り、交渉を有利に進めようと画策したのでしょう……私の制止も聞かずに……帝国兵の方もバルボア伯爵を守るために一人が犠牲になりました……私は今回の事を本国に報告し、交渉はできなかったとお伝えします……非常に残念です」

 マルコ大司教は沈痛な面持ちで、何も知らず天幕に駆け付けた騎士団と、その他の帝国兵にそう告げると、馬車へと乗り込み早々に戦場を後にした。

 だが、この出来事に納得できない者がもう一人、エンドラ将軍である。彼は忠義に厚く部下思いの猛将で曲がった事は絶対に許せないと言う事で有名将軍であった。その彼の前で意味もなく自分の部下が一人、バルボアの私兵に殺されたのだ。当然納得できるものではなく、バルボアを問い詰める。

「バルボア殿、これはどう言う事だ?」

「はんっ! エンドラ将軍は今の帝国がどれほど食糧に困窮しているかお分かりか? このまま行けば数年後に帝国は食糧不足で国民だけではなく、軍隊も維持できなくなります。そんな状態で他国から侵略を受ければどうなるか分るでしょう……それともエンドラド将軍は帝国の未来がどうなっても良いと? これは仕方のない事です」

 当然バルボアの言葉を信じた訳ではないが、確かに帝国の食料事情が芳しくない事は周知の事実だった。しかし……

「だが、それとこれとは別だろう!」

 エンドラ将軍が語気を強める。

「これは、皇帝陛下のご命令なのです。皇帝陛下を裏切るのですか!?」

 忠義に厚い将軍は、皇帝陛下の事を出されると反論は出来ず、納得せざるを得ない。しかし、バルボアの計画にある程度気付いている為、悔しさがこみ上げ、拳を強く握り閉める。

 そして、最後にこう付け加えた。

「皇帝陛下のご命令とあらば致し方ない。だが、この天幕へは二度と来ないで頂きたい!」

 それだけを言い残し、エンドラ将軍は天幕を後にした。

 「ふんっ! 戦いにしか能のない愚か者が!」

 バルボアもそれだけを言い残し、少し離れた自分の天幕へと帰っていった。

 そして、バジェ・ベンの強硬により、戦争回避が不可能となった事が正式にクリアス神聖国からセニア共和国へ発せられ、その二日後に帝国の侵攻が再開されたのである。




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