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12章

ホルト村その2

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 マリアの冒険者登録を終えてから、丁度10日が過ぎた。

 ハヤトはと言うと、前回の『モンスターの群れ討伐依頼』(赤依頼)の達成と、その後の『イーブス教残党の捕縛依頼』の達成と言う業績により、ギルドランクは既にシルバーランクに上がっていた。

 そして、ハヤトは『赤依頼』の追加報酬として武具ではなくマジックバッグを貰い受けた。

 実は、この世界ではマジックバッグはかなり高価な物で、通常でも王金貨1ほどの値段がし、収納量の多い物になると王金貨5枚以上と、さらに希少価値が上がる。しかし、収納量は多い物でも現代の中型キャリーケース程で、通常の物は、リュックサック程度しか入らない。

 そんな高価な物だ、当然ハヤトが追加報酬で貰い受けたのはマジックバッグである。

 だが実はハヤト、そのバッグをセラに解析してもらい、大き目の家が丸々入るくらいの容量にまで拡張し、ほとんどの荷物をバッグの中に仕舞込んでいる。特にマジックバッグは中に入れている物の時間を止めてくれるので、食べ物や、魔物の素材などが痛んだり、腐ったりすることはない。

 そして、今は見た目だけは小さいマジックバッグと先日、やっと完成した『刀』によく似た武器を持ち、街で依頼をこなしていたが、やはり目立つ事は避ける為、『黒衣の執行者の捕縛』の依頼達成は『イーブス教残党の捕縛』と言うように、ギルドにより偽装されていた。

 だが、これはセラがハヤトに対し提案した内容で、ファルハンのギルドマスターであるロムも納得してのことである。

 もし、黒衣の執行者を単独で倒せる者がいると各国の上層部に知られれば、ハヤトを取り込もとうと、必ず良からぬ事を考える輩(国)が現れる。そしてそれが、また予期せぬ争乱をを呼ぶきっかけになる可能性も十分に考えられるため、セラが予防策として提案した内容である。

 だが、いくらギルドが隠そうとしても、噂は必ず広がる。ここが問題の肝である。
ブロンズランクの冒険者が『黒衣の執行者を捕縛』この噂に対して、世間はこう考えるだろう。
「そんな馬鹿な! 誰がそんなデマを信じるんだよ!」と…だが、こう言う突拍子のない噂と言うものは以外と広がるものである。そして、その中から、何かを嗅ぎつける勘の鋭い連中なら「ギルドに出向き、念のため探りを入れろ」となるのである。

 では、『イーブス教残党の捕縛』これについてはどうだろう……「まーなくもないが……だからどうした……」である。
そしてそんな普通の情報は噂にもならない。
 完璧な案と言う事ではないが、最良の案であることは間違いない。

 だが、それでも類まれない才能の持ち主(勘の鋭い人物)は存在する。

 ブライム・ファンゼス侯爵もその一人である。ファルハン王国貴族の重鎮の1人で、歳は50歳前後、鍛え上げられた肉体で剣の腕も相当な物だと言う。

 元は、王国騎士団第一大隊隊長をしていたらしく、『ファルハンの騎士』と言う称号と共に、侯爵にまで登りつめた。

 もし、ブライム侯爵が冒険者をしていれば、間違いなくフレアライト級の冒険者だと、皆が口々に言うくらいだ。

 そして、ブライム侯爵は、そのギルドで話題になっているハヤトと言う冒険者に早々に目を付け、今回彼が受けた依頼『ホルス山脈のモンスター調査・討伐依頼』に密偵を送っていた。

 そして、そんな事とはつゆ知らずハヤトとマリアはエルマの町からホルト村へ向け乗合い馬車で街道を進んでいた。今は丁度、昼前であるが街道に人目など無く閑散としている。だが、それはホルト村とエルマを結ぶ街道なので、通る人物も限られているからである。

「今日は、久しぶりに村長に会えるな。元気にしてればいいんだが……」

 ハヤトはこの世界に来て、最初に世話になった老夫婦の事を思い出していた。
 
「ハヤト様はホルト村ご出身なのですか?」

 マリアが聞いてくる。

「そうか、今日でマリアとパーティーを組んで丁度10日か……話しておくか……」

 マリアがキョトンとした顔で、ハヤトを眺めている。

「マリア、今から大切な話しをする。簡単には信じられないだろうけど、全て事実だから、聞いて欲しい」

 いつに無く真剣なハヤトの表情に、マリアも真剣な顔をする。

「実は、オレはこの世界の人間じゃないんだ。地球と言う世界から、どうやって来たかは分からないけど、気が付いたらこの世界のホルス山脈で倒れていた。」

 マリアは、そんな突拍子も無い話を真剣な表情で聞き、何か納得したように大きく頷いている。

「マリア……信じてくれるのか?」

「もちろんです。確かに普通であれば、そんなバカな話と思うところでしょうが、ハヤト様の魔法を初めて見たときに不思議な魔法を使う方だなと思っていましたので……特に、ゴーレム2体を一瞬にして吹き飛ばし、バラバラにした魔法、あの様な魔法は私の知る限り、見た事も聞いた事もありません。それどころか、どんな属性の魔法なのかも分かりませんでした。その後の水属性魔法も、私の魔法を追いかける様に迎撃されました。あの様な魔法もこの世界ではありません。ハヤト様? ハヤト様の世界はどの様な世界なのですか?」

 マリアは、何時もの様に優しくハヤトに問い掛けてくる。

「オレの元いた世界には、魔法や精霊、亜人などは存在しない世界で、代わりに科学が発展しているんだ。」

 マリアが不思議な顔をする。この世界では、科学は原始的な物しかなく魔法がある為、科学の進歩は全くと言っていい程に停滞している。いや、最早科学とは呼べない様なレベルである。簡単に言えば、この世界では火を使う場合は魔法で火を付けている。だが、魔法が使えない場合は魔道具を使う。
 万が一、それすら使えないのであれば、木と木を擦り合わせれば火を起こす事が出来る。と、この程度の知識なのだ。要するに、何故、『木と木を擦り合わせれば火が起こるのか』と言う原理までは理解されていないのである。
 
「カガク……ですか? カガクとはどう言った物なのでしょうか?」

「マリアは、なぜ火が燃えるのか説明できるか?」

「えっ……えっと………………」

 そう、この世界では火とは『火』その物なので、恐らく質問の意味すら理解出来ていないのである。

「火が燃えるには、3つの要素が必要で、1つ目は『燃える物』2つ目は『点火物』最後、3つ目は『酸素』この3つの内、1つでも欠ければ火は付かない」

 マリアは目を皿の様にして聞き入っている。そして、最後の聞き慣れない言葉に対して質問をする。

「ハヤト様、1つ目と2つ目は分かりますが、3つ目の『サンソ』と言う物は聞いた事がありません」

「酸素と言うのは……そうだな、マリアは呼吸をして生きているだろ? 呼吸が出来なくなれば、死んでしまうよな?」

「はい」

「この世界にも目には見えない『空気』と言う物が有って、それを吸う事によって皆んな生きる事が出来る。そして、酸素と言うのはその『空気』の中に含まれる成分の事で、火もその酸素を消費して燃えている。だから、その酸素の供給を断ってやれば火は消えるし、酸素が無ければ火は付かない」

「はぁ……」

 やはり簡単には理解出来ない様で、マリアは気の抜けた返事をする。

 「まだ少し早すぎたかな」

 ハヤトは少し苦笑いをし、日本についてまた違う話をした。

----------------------------

 そんな事を話しているうちに、ホルト村が見えてきた。

「あ! 着いたな」

 ホルト村の門前に着くと、門番の男がハヤトに声を掛けてきた。

「おお~ハヤトじゃないか! 久しぶりだな、元気にしてたか」

 声を掛けてきた男は、比較的大柄で気さくな人物だ。ハヤトも村に居た頃は世話になった人である。

「ロッブさん、お久しぶりです。村長さんは居ますか?」

「村長な~居るには居るんだが少し前、山菜取りに出かけた時に、野生の獣に襲われて、怪我をして動けないんだ。けど、お前が行けば少しは元気になるだろう。早く行って顔を見せてやれよ」

 そう言って、門を開けると、ハヤト達が乗っている馬車を通過させる。

 ハヤト達は村の中央で馬車を降り、村長の家まで移動する。小さな村だが、中央を歩いていると、色んな人がハヤトに声を掛けてくる。
 その人達に挨拶をしながら歩いているうちに、村長宅が見えてきた。

 ハヤトは家の前に着くと扉をノックする。

「村長、オレです。ハヤトです」

 少しして扉が開く。そこには、少し疲れた表情のポーラ(村長の奥さん)が出迎えてくれた。

「おばさん、村長……おじさんは……」

「あぁ……ハヤト久しぶり、よく来てくれたね~けど、主人は少し前から熱を出してね、今は寝てる所だよ」

「そうですか……」

「そちらのお嬢さんは?」

 マリアは、頭を下げ自己紹介をする。

「ハヤト様とパーティーを組んでいるマリアと申します。よろしくお願い致します」

「そうかいそうかい、よろしくね」

 ポーラは、優しく微笑んでマリアに言う。

 そのやり取りが終わり、ハヤトが時間を置いてまた来ると言う事を伝えようとしたところ、家の奥から声が、聞こえてきた。

「ポーラ……誰か来たのか?」

「ちょっと待っててね」

 そう言って、ポーラは家の奥へと入って行くと、すぐに戻って来た。

「主人が起きたみたいだから、顔を見せてくれるかい? マリアさんも」

「もちろんです」

 ハヤトが返事をすると、後ろからハヤトに問い掛ける声がする。

「よろしいのですか?」

「ああ、行こう」

 ハヤトは、マリアを伴って家に入る。

「おお~……ハヤト、よく来たの~……儂は、この通り動けないが大丈夫じゃから……心配はいらないぞ……」

 強がってはいるが、かなり辛そうなのが一目で分かる。顔色も悪く傷も多い、中には化膿し出血の止まっていない傷もある。

「おじさん……少し触っても良いですか?」

 そう言ってハヤトは、フォーグの腕を触る。そして、心の中でセラに診断させた。

(セラ、どうかな?)

「……結果をお伝えします。発熱、右手首骨折、腰椎の損傷、擦過傷多数。このままでは感染症を引き起こし、危険な状態となります」
 
「くそっ……これじゃあ、ポーションでは治せない。ハイポーション以上が必要だ。けど、今は持っていないし……」

「ハヤト様、私で良ければ治療をさせて頂きますよ」

 マリアが申し出る。

「マリアさんは治療が出来るのかい?」

 ポーラが驚いて聞いて来た。

「そう言えば、回復魔法が使えると言っていたけど、治せるのか?」

「大丈夫だと思います」

「!! じゃあ頼む」

「わかりました」

「待っとくれ! 回復魔法は有難いけど、お金が払えないのよ……実は怪我をした2日後にエルマの司祭様の所まで行って治療をしてもらったんだけどね……良くならなくて……」

 この世界では、司祭になる為にはハイプリーストの称号が不可欠である。
 比較的小さい村などでは、プリーストの称号持つ牧師が、その村の病院の様な役割も担ってもいるが、エルマ規模の町になると、牧師ではなく司祭の称号を持つハイプリーストが教会を管理し、プリースト見習いの称号を持つシスター達が、看護師の様な役割を担っている。

「ポーラおばさん、お金なんて必要無いよ……な? マリア」

「もちろんです。お任せ下さい」

「ハヤト……マリアさん、ありがとうね」

 ポーラは2人にお礼を述べる。

「では村長様、気を楽にして下さい……『大いなる癒しの力よ、この者の傷を癒したまえ……グランドキュア』」

 フォーグの身体が光り出し、顔の血色が良くなり、化膿していた傷も見る見る回復して行く。

「おお~~何と言う事じゃ……身体の痛みが取れて行く」

「あなた……」

 エルマの司祭ですら治せなかった傷を、目の前の若い女性が容易く治療して行く。

 またハヤトも、マリアの回復魔法の効果を見て素直に感心し、マリアにお礼を述べる。

「マリア、ありがとうな」

「いえ、ハヤト様のご命令であればなんなりと」

「マリアさん。本当にありがとう」

 ポーラもマリアにもう一度お礼を伝えた。

 恭しく頭を下げるマリアを見ていたポーラが、ハヤトに尋ねる。

「ハヤト? マリアさんとは交際しているのかい?」

「えっ……!」

 その言葉にハヤトよりも早く反応するマリア。顔を紅く染めて俯きながらハヤトの答えを伺っている。

「ち、違いますよ! さっきも言いましたが、少し前から一緒にパーティーを組んだ仲間です」
 
 即座に否定したハヤトの言葉に、マリアは残念そうな表情をしている。

 だが、そんなマリアに気が付かないハヤトを横目に、その表情を見逃さなかったポーラは、ハヤトに対し(残念な子ね~)と心の中で思うのであった。


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