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9章

帰還

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 ハヤトはリリスの為に十分休憩を取り、またエルマ方面へと歩き出す。

 暫く歩いた所で、リリスの足の状態が良くない事を心配したハヤトが再度、休憩をする事を伝える。普通に歩けば、1時間30分程の道のりだが、出発してすでに2時間は経とうというのに、皆目進まない。

 そんな中、大きな木の下でリリスを休ませ、どうした物かと考えていると、空が段々と暗くなり、雲が厚くなってきた。

「マズイな……雨が降りそうだ……」

 ハヤトはこの世界に来てまだ、1年も経っていないので、季節的な事に詳しくはないが、今の時期は日本の四季で言えば『秋』に近い感じだ。昼間、晴れていれば少し汗ばむ位に暑く、雨が降れば急激に気温が下がり、肌寒くなる事もある。

 しかも、雨が降ると木が湿ってしまう為、火が起こせず、暖が取れない。

「雨が降ってくる前に、適当な木を集めておくか。なあ、えーっと……リリスさんだったか?」

「マリアよ……」

「えっ……」

「だから、私の名前でしょ?」

「あ……ああ……じゃあ、マリアさん。オレは今から薪を集めに行ってくるから、そこで休んでろよ。あっ! それから、オレはハヤトだ。よろしくって言うのも変だけど、まぁ……よろしく」

 ハヤトは、リリスにそう言うと、木を集めに行こうとしたが、少し遅かったようで、雨が降り出してきてしまった。

「しまった! もう降ってきた…………仕方ない、ここでこのまま雨宿りするか……」

 シトシトと雨が降る中、やはり肌寒くなって来た為、リリス……いやマリアにさっきの布を渡す。

 「要らないわ……」

 強がってはいるが、身体は小刻みに震えている。

「いいから、着てろって。着ないなら片付けるぞ」

 そう言うと、ハヤトはマリアに布を渡す。

「…………」

ーーーー

 雨宿りをして、1時間程経った頃ようやく空が明るくなり、雨が上がり始めた。
 今の内に少しでもエルマ方面へ進もうと考え、マリアに出発する事を伝えようとしたが、なにやら彼女の様子がおかしい事に気づく。

「おい……? どうした?」

 マリアは息が荒くなり、顔も紅くなっていて、意識を失っている。

 ハヤトはマリアの額を触ってみる……

「熱いな……セラ、どうかな?」

「診断します……体温は39.2℃で疲労の蓄積と空腹でウィルス感染を起こしていると思われます。地球で言うところの『風邪』に近い症状ですが、このまま拗らせると危険です」

「わかった、10%の身体強化をしてくれ、このまま彼女をおぶって町まで行く」

 ハヤトは、身体強化をしマリアをおぶってエルマの町へ急ぎ出発した。

「お父様……お母様……ユーリ……」

 途中マリアはハヤトの背中で、父親と母親、そして姉妹であろうか、うわ言の様に家族の名を呟き、涙を流していた。

「くそっ…………」

 マリアのうわ言に、辛い過去があったであろう事は容易に想像できる。だが、『黒衣の執行者』として、今まで沢山の人の命を奪って来た可能性がある事もまた事実。

 ハヤトは、背中で苦しそうに魘されているマリアに同情しながらも、ギルドへ引き渡した後の事を考えると、このままでいいのか、彼女を救えないかと、複雑な気持ちになる。

 そんな事を考えながら、1時間程歩いたところで町が見えてきた。身体強化のおかげで、かなり早く着いた。
 
 エルマの町の門前には、当然兵士が立って、町に入る人に対して警戒体制がとられている。そして、何時もならこの時間は行列が出来るのだが、今日は昼頃だと言うのに行列は出来ておらず、すんなりと門前まで来られた。

「身分証の提示を……この町にはどう言った用で?」

 兵士が何時もの様に尋ねて来たが、かなり警戒している様子だ。

ハヤトは身分証を提示し、自分がギルドの特別依頼を受け、モンスターの討伐に出た冒険者である事を伝える。

「あんた達なら聞いていると思うが、オレは昨日この町からモンスターの討伐に出たブロンズランクの冒険者でハヤトだ。この女性は、討伐作戦中にモンスターに襲われて負傷した一般人だ。かなり衰弱していて、早く治療しないとあぶない」

 ハヤトが事情を説明すると兵士達は、すぐに門を開けた。

「ランジ様から聞いている行ってくれ」

「ありがとう」

 ハヤトは短く礼を言うと、急いでギルドへと向かった。

 ギルドに着きウエスタンドアを開いて中に入ると、ハヤトはすぐに受付けに向かい、受付嬢にランジの事を聞く。

「あの、ランジさんはいますか?」

 受付け嬢のリエットは、ハヤトの顔を見て驚いた様に目を見開らいた。

「ハヤトさん、ご無事だったんですね」

「ああ」

「よかった……すぐに呼んできます!」

 そう言うとリエットは、2階の執務室へパタパタと駆け足で向かった。

 すると、すぐに、これまた慌てた様子でランジが階段を駆け下りてくる。

「ハヤトさん! よかった……」
 
 そう言うランジの後ろから、見知らぬ男性が着いて来ている。

 スラッとした体型で、身長も標準的だが、衣服は魔法使いのローブの様な物を着ていて、かなり高級そうに見える。右の胸の部分にはギルドの象徴である「鷹の様な鳥」の紋章が入っている為、ギルドの幹部なのかも知れないとハヤトは考えた。だが、今はそれどころではないのだ。

「ランジさん、事情は後で話します。ですから、すぐに彼女の手当をお願いします」

 ランジは何事かと目を丸くしたが、マリアの様子を見ると、すぐに教会からヒーラーを呼んでくれた。

「ヒーラーが来るまで、こちらの部屋で休ませましょう」

 ランジの案内でギルド1階奥の部屋に通されると、そこには簡素ではあるがベッドが置かれていて、応急処置が出来る道具も置かれている。

「彼女は病気の様ですので、ここの回復薬では治せませんが、すぐに教会から、ヒーラーの方が来ると思います」

 すると、扉をノックする音が聞こえる。

「失礼します」

 聞いたことのある声が聞こえてくる。

「どうぞ」

 ランジがドアを開けると、そこにはエリーヌが立っていた。

「エリーヌさん! よかった……無事に戻れたんですね」

「ハヤトさん、あなたの方こそ良くぞご無事で……それと、急病人がいると聞いたのですが」

 ハヤトは、再会を喜んだが、それと同時にマリアの正体が『黒衣の執行者』であるとバレるのではないかと、心配になった。

 確かに、今のマリアはエリーヌ達が見たときとは違い、フードを目深に被っていたので顔もそこまでハッキリとは分からないだろう。だが、服だけは変わっていない。そう、『黒衣の執行者』のローブを着たままなのである。

 今は、肩まで毛布の様な布を掛けられているので、分からないが治療の過程で毛布が取られれば、絶対にバレてしまう。

 だが、ハヤトは今更そんな事を考えても仕方がないと諦め、バレた時はバレた時だと思う事にした。

「では、皆さま部屋から退出して下さい」

 当然だが皆、エリーヌに追い出されてしまった。

「さて、彼女の治療の間に、私達はこちらの部屋で何があったのか聞かせて貰いましょう」

 ランジに促されるように、向かいの部屋へと入る。この部屋は、ハヤトが始めて冒険者登録をした時に、リエットから説明を受けた部屋である。

 4人掛けのテーブルにハヤト、向かいにランジと見知らぬ男性が座る。

「ハヤトさん、まずは紹介します。こちらの方は、この国のギルドマスター、ロム・マイロン様です。先日のモンスターの群れ討伐作戦の成否の確認を私と一緒に伺います」

「他のパーティーの人達から報告を受けていないのですか?」

 ハヤトが不思議に思ってランジに問う。

「実は、昨日帰ってきたパーティーの方達はエリーヌさんを除いて皆、話を聞ける状態ではなかったので、ギルドとしてはまだ、詳細を聞いていません。エリーヌさんも教会で全員の回復を手伝って貰っていたので……今、初めて合ったところです。ですので、ハヤトさん、聞かせてもらえますか?」

「そう言う事でしたか、分かりました。それでは、お話しします」

ーーーー

 ハヤトは現場で起こった事を詳細に話し、最終的に作戦は成功したと言えるのではないかと、付け加えた。

「黒衣の執行者ですか……イーブス教が関わっていそうだと言う事は、可能性として予想していましたが、まさか『人外』の黒衣の執行者が2人も出てきたとは…………フレアライト級の冒険者パーティーが2組は必要ですね……ただ、作戦は成功したとはどう言う事なのでしょうか?」

「黒衣の執行者の実行犯はリリス、監視役と思われる者はレギオンと呼ばれていました。ですが、後者はすでに撤退しています」

「では、リリスと残りのモンスターは?」

 ギルドマスターのロムが口を開く。

「モンスターは全て倒しました。実行犯のリリスは……」

 ランジとロムは驚いた様に口をあんぐりさせている。そして、ロムはハッと気づいた様にもう一度、リリスについて質問をする。

「で……では、リリスとやらの方は? こちらも、撤退したのですか?」

 ハヤトは、自分の背中で泣いていたマリアに同情してしまい、中々言い出せない。こう言うところこが、良くも悪くもお人好しの日本人である……が隠し通す事も出来ないので言いにくそうにしながらも正直に話す。それに、エリーヌが治療の過程で毛布を捲れば、マリアの着ているローブの紋章でバレてしまうのだから。

「…………今、エリーヌさんが治療に当たっているのが、そのリリスです。情報を聞き出そうと思い、捕まえました」

 ランジとロム、2人の顔が一気に青ざめて行く。そして、2人が同時に席を立った瞬間、コンコンと部屋の扉がノックされた。

「エリーヌです。少しお話ししたい事があります」

 タイミングよく……かは分からないが、エリーヌがやってきたため、ランジが急いでドアを開ける。
急にドアが開いたため、エリーヌは驚いた顔をしていたが、落ち着いた様子でドアの前に立つ。

「エリーヌさん、無事で良かった……どうぞ入って下さい」

 ランジが声を掛ける。

「失礼します」

 エリーヌはランジの言葉の意味を悟っているかの様にランジに対し、ニコやかに笑う

「エリーヌさん、あの者の様子はどうですか」

 矢継ぎ早にランジが質問すが、エリーヌは、ランジの質問には答えずにハヤトに問い掛ける。

「はい……その前にハヤトさん、あの方はもしや、イーブス教の……?」

「ええ……あの時オレ達を襲って来た黒衣の執行者です」

「やはりそうですか……最初は分からなかったのですが、毛布を捲った時に、ローブと紋章で気が付きました。一応、治療も終わり、今はまだ眠っていますが、どうなさるおつもりですか?」

 ハヤトは、ランジにマリアの今後を聞いてみる。

「ギルドに引き渡せばこの後どの様になりますか?」

「私の方から答えましょう」

 ロムが代わりに答える。

「今後彼女は、ファルハン王国に引き渡され、形式的な裁判を受けて有罪となり、獄中でイーブス教の情報を聞き出すのに拷問を受け、最終的にに死刑になりますね」

 ロムは、さも当然と言わんばかりにマリアの今後は、拷問と死刑が確定していると言う。

「ですが、彼女はイーブス教のもう1人の執行者『レギオン』に強力な精神支配を受けていた様です。しかも、昨日の戦いでオレに負けてイーブス教からも見捨てられた。それを考慮しても結果は変わりませんか?」

 ハヤトは、言葉には出さないが、何とか情状酌量を願えないかと、マリアが、精神支配で操られていた事にし、ロムに食い下がる。

「無理ですね。操られてやった事なのかどうかを実証出来ません。それに数ヶ月前にエルカレート連合国にあるガストールと言う町がモンスターの大群に襲われ、町の住人2000人近くが殺され、未だ行方の知れ無い人が1000人以上います。そして、この時も『黒衣の執行者』が目撃されています。こんな状態で、ファルハンで捉えられている『黒衣の執行者』を死刑にしていないなんてエルカレートに知れたら、友好的な両国の関係が崩れる可能性があります。ですので、ファルハンとしては、貸しを作ると言う意味も含めて、エルカレートに引き渡す事はあっても、死刑にしない理由などありません」

 当然と言えば当然だろう。ガストールと言う町へモンスター達を放って、住民を殺戮したのが、マリアであると言う確証は無いが、黒衣の執行者の仲間となれば、人の命の重さが軽いこの世界では、問答無用で死刑だろう。

 ハヤトは肩を落とし、どうしようもない事を悟った……自分の背中で魘され身体を震わせて、涙を流していたマリアを助ける方法が思い浮かばない事に……
 
 
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