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009 襲っちゃうぞ!
しおりを挟む「ただいまー」
愛理は高級マンションの玄関ドアの鍵を開けて、元気よく入っていった。
開いた扉は目の前で徐々に閉まっていくが、私はとくに気にすることなく進んでいく。
スーーー
私は玄関を突き抜けて入っていった。もう慣れたものである。幽体に物理的な障害は関係がない。
これをうっかりと愛理の前ですると愛理がとても怒る。人間なら開けてから入るべきだと言うのだ。そのために私はいちいち、念動力を使ってこれを開けなければならなくなった。
便利になったことに対して不自由を味わう毎日は、不満ではあるけど人として接している愛理からの至福感も味わえた。なのでこうした行為は、愛理が見ていないことが限定になる。
《愛理》《理香》
部屋の扉にある、並んだ2つのプレートにつけられた名前が目についた。もうすでに《愛理》のプレートのある部屋からは、活動する人間特有の生活音がしていた。
いつもなら《愛理》の部屋を入っていく私だったけど、私は立ち止まってから《理香》のプレートがついた部屋の中へ、3ヵ月ぶりに足を伸ばしてみた。
中へ入ってみると、家具のみが引っ越し屋さんによって配置がなされていた、殺風景になる生活空間が広がっていた。
隅の一角を見てみると、そこにはまだ何も開かれてもいない、引っ越し会社のロゴ入りのダンボール箱が山と積まれていた。
私は部屋の真ん中へと進み佇むと、辺りを一回り見渡して、思わずあの時の感傷に浸った。
あの日は中学校の卒業式のお祝いをした日で、両親と一緒に小高い丘にあったお洒落なレストランへ、タクシーで愛理と出かけて行ったんだっけ。
私たちは引っ越し前の家で、ようやく最後の荷物を出した後に、街へでかけて入学式のお祝いをプレゼントしてもらい、夜にはホテルに泊まって、次の日には新居の高級マンションへ出かけることになっていた。
楽しい会話に夜も遅くなって、パパとママは久しぶりの二人だけのデートを楽しんでくるといって、別々のタクシーに別れていった。
タクシーがしばらく走っていると、反対車線のほうからやってきた、クラクションを鳴らし続ける車が近づいてきた。
どうやら無茶な追い越しをしたりして、それを快感にして楽しんでいるようだ。
「もう、危ないわね」
「この時期になると、たまにああいったのが増えるんですよ」
運転手さんは相槌を打って、少々うんざりしたように話していた。
ニュースで見たことがある。高校を卒業した人たちがお祝いでお酒を内緒で飲んだりして、公道を慣れない運転で暴走行為をする人たちが、一部でいたりすることを。
「ああやって、本当に無茶な運転で追い越しを、、、ウアアッー!」
キキキキキィィッ!!!
それは一瞬の出来事で、反対車線を走っていた
暴走車は、無茶な追い越しをして前の車と接触事故を起こし、制御のできない状態となってこちら側へと飛び込んできた。
ドンッ、ガンッ!!
パリンッ!
「キャアアアッー!!!」
車体が砕けて出す悲鳴の音と、ガラスが割れた音がして、車はグシャグシャになってしまい、強い衝撃を受け続けていた。
私は恐怖から目を強く閉じてしまって、その後のことは何ひとつ覚えていない。
いや、ひとつだけある。
「りさァーッ!」
いざとなると愛理はお姉さんらしく、衝突の瞬間にはとっさに私を庇っていた。
体が密着したときに温かい体温と強い怯えが、愛理から伝わってきたことを覚えている。
外の風景はいつのまにか夕方になって、日の波長によって赤くなっていた。
バタン
「もーここにいたのね。ずいぶんと探したんだから」
「ゴメンゴメン、ちょっと一人で感傷にひたっていたかったから、、、って、愛理! その格好で?」
見ると愛理は、肩のヒモが緩んだ下着姿で立っている。呼吸のほうも乱れがちになっていた。
「エヘヘへ。いいじゃん、他には誰もいないんだし」
ニヘラ、と笑っているそぶりの顔をしているけれど、すこし震えていたようだった。心のうちの中では一人となってから、恐怖のトラウマがまた蘇ってきてしまって、それに怯えながらも私を探しにきていたのだろう。
きっと同じなんだ。
「あーあ、早く目が覚めてくれないかしら」
「ん? なんて言ったの?」
「何でもなーい。それよりいつまでもそんな格好をしてると、私が襲っちゃうぞ。ガオー、ガオオ!」
「キャー! ヤダーー! やめてよ、またリカったらもぅーーー」
ドタバタと続けられる高梨家の騒動は、日が落ちるまで続いていくのであった。
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