嗤うゴシックロリータ

うさぎ猫

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  Ⅲ

 蛍太はいつもひとりぼっちだった。

 ──小学校から帰ると世話を焼いてくれたおばあちゃんは死んだ。ヒトは死ぬのだということを、生まれて始めて知った。この時だけはパパもママも家に帰ってきた。親戚も沢山やって来た。「おばあちゃんが呼んでくれたんだ」と思うと嬉しかった。でも一週間したらパパもママもまた家にいなくなった。

 蛍太はそれから一人で生活した。
 朝は7時に起きた。コンビニで買っておいた弁当をレンジで温めてから食べた。いつも同じ味だった。
 学校に友達は居なかった。四年生のときには虐められていたので、いじめっ子と違うクラスになっただけで蛍太は嬉しかった。毎日、友達のいないクラスに通い続けた。
 クラスでの不満は、だから何もなかった。唯一、あえて言えば体育のときに「友達同士で練習しなさい」と先生が命ずることだった。蛍太には友達がいないことを知っているはずだ。ワザとそんなグループ分けをしているのだと、蛍太は先生といじめっ子をいつしか重ねるようになった。
 進級してから一ヶ月ほどして、その先生は突然先生を辞めた。理由は知らない。新しくやって来た『ミケ先生』は先生らしくない先生だったが、友達同士で練習しろなどと言わなかった。
「クラスメイトはライバルである。一人で戦い抜くサバイバルこそが教育の真髄である」
 そう宣言した。
 だから蛍太はミケ先生のことは好きだった。小学校が少しだけ楽しくなった。
 そんなある日、四年生のときのいじめっ子が公園で蛍太の下校時を待ち伏せていた。連中は3人だった。怯える蛍太を見て喜んだ。
「樫原、おまえ最近いい気になってんじゃねえか!」
 一番躰の大きなリーダー格が、蛍太と同い年とは思えない濁声で怒鳴りあげた。
「俺たちと離れたから調子こいてんだろ」
 リーダーの腰巾着をしている子は痩せた、いかにも喧嘩に弱そうなカマキリ体型だったが、蛍太が手を出さないのを知って掴みかかってきた。
「あ、やめてよ」
「俺に命令してんじゃねえ」
 殴った。蛍太は土の地面に頭から倒れた。
「相変わらず弱っちいなあ」
 ブランドのロゴが入ったティーシャツを着ている、このグループの資金源の子は蛍太が頭から血を流すのを見て笑い転げた。
「おら、かかってこいや」
 リーダー格が挑発するが、蛍太が絶対にやり返さないのを見越してのことだ。倒れたままの蛍太の頭を足で踏む。
「痛いよ、やめてよ」
「やめてください、の間違いだろ」
「やめてください」
「ばーか、こんな楽しいことやめられるかよ」
 カマキリがリーダー格に媚を売るように蛍太の背中を何度も蹴り上げた。ブランドロゴはけらけら高笑いしている。
 公園には先程まで親子連れがいたはずだが、どこかへ行ってしまった。まるで蛍太が虐められているのを避けるように消えてなくなった。
 いつもそうだった。
 学校でも先生の前で、堂々と蛍太は虐められた。否、暴行された。それでも先生は「遊んでいるだけよね」と見ないふりをした。ブランドロゴの父親が地元の代議士だからだ。リーダー格の親父はヤクザと繋がりがあると噂される人物だ。カマキリだけは普通の子だったが、このふたりに引っ付いている限り大人たちは彼を非難しなかった。
 一方で、蛍太の親は海外だ。それなりに裕福な家庭かもしれないが、蛍太はひとりぼっちで暮らしていて庇う大人はいなかった。祖母はいたが、蛍太が心配させまいと黙っているので虐めのことを騒ぎたてしなかった。
 先生だけではなく、大人たちは皆、自分のことで精一杯なのだ。他人の子がどうだろうと、自分に影響しなければ知ったことではない。
 むしろ社会正義的には「いじめっ子にも人権がある」とか「大人が介入すべきでない」「子供の世界で解決すべき問題」とか「虐められる側にも問題がある」などと、したり顔で言えばインテリに見られた。だから虐められる側に協力するなんて愚かしい事を、まともな大人はやらないものだ。
「やめてよッ!」
 蛍太はそれまでに出したことのない大きな声で怒鳴った。一瞬、3人の動きが止まった。けれどリーダー格はより以上に大声で怒鳴りあげた。
「おまえ、誰に言ってんだッ!」
 蛍太の頭をサッカーボールのように蹴り飛ばそうとした、その時だった。強烈な音が響いた。強烈な音は空間を揺さぶり、3人の後ろに生えていた大木を傾け、葉を揺すった。リーダー格の少年が大木に近づいた。めり込んでいたのは銃弾だった。
「あんたら、うっさいのよ。むこうで遊びな」
 拳銃を持つのは同い年くらいの女の子だった。黒衣に身を包んだ、見たことのない顔だった。
「お、おまえが……撃ったのか……」
 リーダー格が尋ねようとして、再び銃声が響いた。ブランドロゴは一目散に逃げ出し、カマキリは腰が抜けたようにしゃがみ込んだ。
「聞こえなかったの? あっちへ行け」
 リーダー格は血相を変えて逃げた。カマキリは必死に起き上がると、それでも足がもつれて何度か転びそうになりながらリーダー格の後を追った。
「ありがとう」
 蛍太が声をかけた。
「そこで、」と公園に設置された遊戯用トンネルを指して「安眠妨害されたからやり返しただけ。あんたの為じゃないわ」
「でも、結果的にぼくは助かったから。ありがとう」
 そんな蛍太を意外そうに見つめる女の子は拳銃をスカートのなかに仕舞いながら言った。
「あんた、悔しくないの」
「その拳銃、本物なんだ。警察に逮捕されるよ」
「ひとの心配している場合か。それに、どうせ信じないわよ。幼い子供が拳銃を持っているなんて非日常に、大人は関心を示さないものよ」
「そんなこと、ないとおもうけど」
「ひとの心配より、ほら、あんた歩けるの?」
 蛍太はゆっくり起き上がると、へへっといつものように笑った。「こんなケガは大したこと無いよ」とアピールをするためだ。
 虐められる行為よりも、虐められていることを同情されるほうが蛍太には苦痛だった。だから、無理にでも明るく振る舞おうとした。誰に対してもそうだったから、まわりの大人たちは『子供の虐め』というやっかいな現実から目を剃らすことが出来た。
「血が出てるよ」
 少女がハンカチで蛍太の頭を抑えた。女の子の香りがした。蛍太の瞳からポロポロと涙があふれた。
「あれ、どうしたんだろうね。変だな」
 蛍太は必死で戯けてみせた。
「痛々しいよ」
 少女が呟いた。
 
      †††    †††    †††
 
 若葉が摩耶と出会ったのは施設の射撃訓練だった。
 当時はゴスロリではなく、迷彩柄の『作業服』を四六時中着せられていた。
 10歳になってはじめて本物の銃を手にした若葉だが、摩耶は当時から5連装のリボルバー『チーフスペシャル』だった。若葉には気に入った銃などなくて、一番最初はデリンジャーの豆鉄砲で遊んでいた。摩耶がそれを見て笑ったから頭に来て、先生の『コルトガバメント』を借せと騒いだ。手首を損傷した。
「キミはライフルのほうが向いているだろう」
 先生はそういってM4ライフルを渡した。北米の傑作ライフルは木製ボディで重かったが、腹ばいになる寝撃ちの姿勢で施設の記録を塗り替えた。
「すぐにでも戦場で活躍出来るぞ。ロシアのちびっ子探偵に取り立ててもいい」
 先生は興奮気味に語ったが、若葉には興味の無い話しだった。その後、実際にロシアからいろんな人たちが来たが「幼すぎて受け入れ出来ない」と回答された。
 だから若葉は日々空き缶を撃って過ごすことにした。やがて「軽すぎてつまらない」と文句を言うからスイカになった。バラバラに砕けたスイカは、皆で塩をかけて食べた。摩耶が欲しそうにしているから「あんたも食べる?」と聞いたが、「いらない」と強情を張る。若葉は摩耶の口にねじ込んだ。摩耶はキレて若葉に殴りかかり、若葉も負けずに反撃した。
 最初のケンカは互いに何発か殴りあって終わった。けれど金切り声は毎日響いた。
 互いを罵声し合い、髪を引っ張り、服を千切った。ケンカは日々エスカレートしていき、ついに服を脱がし、下着を破って肌が顕わになることもあった。
 けれど、どちらも泣くことはしなかった。先生たちも見守るだけでやめさせようとはしなかった。むしろ格闘訓練の一貫として奨励した。

 そんな最悪な関係のまま3日間不眠不休のサバイバル訓練へと突入した。先生たちは、ふたりを敢えて同じチームに指定した。若葉の射撃能力は折り紙付きだったが、摩耶のガンマンとしての能力も先生たちを期待させた。
 当初、やはりつかみ合いのケンカは起こったが、二日目には「ケンカするより協力し合ったほうが得策」だと気づいた。
 シロクマや大蛇の棲む森で、他の子供たちも銘々チームのなかで頑張った。
 しかし野生動物に食い殺されたり、崖から転落したり、撃ち殺されたりした。発育の良い子は真っ先に狙われて裸に剥かれ、集団から辱めを受けた。狂気のなか支給品のロープで首を括る子もいた。
 若葉と摩耶のコンビはトラを狩り、オオカミを手懐け、ゴリラを自分たちの仲間として躾た。「手段を選ばず潰せ」と命令を受けていた工作員を待機所まで押し掛けて皆殺しにした。泣き叫ぶ隊員も居たが容赦しなかった。
 これは先生たちにとっても予想外だった。
「全員、殺されたのか!?」
 校長は驚愕の顔を隠さなかったが、すぐにニンマリ笑うと椅子にかけたまま、ひとり拍手をした。
 最終日は工作員のいない牧歌的なキャンプ活動になった。そして、ふたりはトップの成績で訓練を終えた。
 これをキッカケに互いを「信頼出来る相棒」と認めるようになって取っ組み合いのケンカはやらなくなった──口げんかは相変わらずだが──おやつの時間には『サミュエル・コルトがリボルバーを創造したワケ』や『ブローニング博士は何故ガンベルトを嫌ったのか』などの他愛もない話で盛り上がった。ふたりは施設で最も成功した例となった。
 けれど、そんなふたりとは正反対の子もいた。
 シャルンホルストだ。
 ワガママで独りよがりな性格はチームからも見放され、常に孤独だった。サバイバル訓練で腹を空かし、摩耶の採ってきた獲物を横取りしたことから「命」まで狙われた。若葉から長距離射撃で遊ばれた恨みは今も消えない。

      †††    †††    †††
 
 蛍太は毎日が楽しかった。夕方、シャルンホルストと遊んでまわった。小学生だけで入れる店には全て入ったし、森や河原でも遊んだ。
 一度、シャルンが拳銃で野ウサギを仕留めたことがあった。焼いて食べると美味しいというが、蛍太は泣いて抗議した。ふたりで墓を作って埋めた。
「シャルンと一緒だと落ち着くんだ」
「わたしもよ、蛍太」
 地べたにしゃがむ蛍太へダッコされる姿勢で、シャルンホルストはゴム鞠のようなお尻を蛍太の下腹部へ押しつける。蛍太は両手でシャルンの躰を抱いた。キラキラ笑うこの少女に、蛍太はもはや虜になっていた。
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