灰色の天使は翼を隠す

めっちゃ抹茶

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本編〜出会い編〜

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「行ってきます」

 誰もいない家に向けてひとり呟く。
 今週もまた、曇り空の日を選んで街に向かう。

 普段は静かな森がざわりと音を立てた。僅かに不安を覚え、ローブの端をぎゅっと握って早足で森を抜ける。

 辿り着いた街にいつもの賑やかさはなかった。
 ただ、慌ただしく人々が動いている。曇りの日は普段目にしない有翼種も大きな荷物を持って人混みを駆け抜けていく。

 尋常じゃない慌て具合に何事かと思えば、「魔物が都に襲撃した」と言う声が聞こえた。
 どうやら、都にいた人たちが僕らの住む街まで避難して来たらしい。

 混乱の中、商売しても売れないと判断して踵を返す。長く日持ちする物は来週に売りに来て、残りは僕が食べよう。売り物はあまり多くは作っていないから、日をかければ食べ切れるはずだ。

 今後、街に増えるだろう有翼種に不安を覚えながら街を出て森に入る。
 獣道をまっすぐ歩き、木々が深くなってきた時、倒れ込んでピクリとも動かない足が木の根本から覗いて見えた。
 その地面は赤く染まっていて、明らかに負傷しているとわかる。

 人が寄りつくことなどない森で、誰かが倒れている。

 見て見ぬふりができるはずもなく、大丈夫と心で呟き、ローブをぎゅっと握りながらそっと近付いた。

 負傷したその人は灰色の大きな耳と尻尾を持った獣人で、騎士の服を身につけていた。
 さらりとした黒髪が艶やかで閉じられた瞳を縁取る黒い睫毛は長い。眠った状態でもおそろしく造形が整っていることが一目でわかる。

 思わず見惚れてしまっていると、その獣人は「うっ」と呻き声を上げた。

「大丈夫ですか? 歩けますか。助けは来ますか?」

 辛抱強く声をかけ続けると声が届いたのか、薄く目を開いて焦点の定まっていない目で視線を彷徨わせる。
 暫くして僕と目が合った。


「……天使が、迎えに来たのか」


 掠れた声で呟いた獣人は眠るように、そのまま意識を失ってしまった。

 呼吸は浅いがまだ助けられる。
 何となく、この獣人を失ってはいけない気がして、雨に打たれる前に、破れた服の隙間から覗くお腹の大きな傷に触らないように抱えて、僕の家に連れていくことにした。

 

 
 やっと辿り着いたベッドに巨体を乗せ、服を脱がせてお腹の傷を見る。
 三本の爪でつけられた傷は出血が酷く、見るに耐えない状態だった。

 濡らした清潔な布で患部を拭き、傷によく効く塗り薬を塗る。
 痛みが走るのか呻き声と荒い呼吸が聞こえるが、額に浮かぶ玉のような汗を拭いながら処置を続ける。

 胴体に包帯を巻き付けて固定すれば応急処置は終わった。
 後は痛み止めになる葉をすり鉢ですり、お湯に入れて溶かせて飲ませれば、暫くは安全だろう。
 そう考えてリビングに行き準備をしていると、奥から物音がして、獣人が苦痛に顔を歪ませながら出てきた。


「助けてくれたのか。すまない、世話になった。この恩は必ず……」

 話の途中で僕の後ろを見て、固まってしまった。

「……っ、すみません。醜いですよね、今隠しますから」


 家に入る時にローブは脱いでしまったから、僕の灰色の翼は見えてしまっている。
 獣人は思わずといった顔で、耳をぺたりと垂らして言う。


「あ、いや……違う、そうじゃない。悪い、無神経なこと言った。隠さなくてもいい。君の羽は柔らかそうでとても綺麗だ」

「嫌じゃないですか……? 僕の羽。こんなどっちにもなりきれない色なんて半人前みたいで」


 有翼種の羽は白か黒が一般的だ。
 雨を降らせる雨雲のような中間色の灰色は、関われば羽を汚し穢されると、良くない象徴として同族から忌み嫌われている。

 何故だろう。普段ならばしない奥底にしまった感情も今は口に出てしまう。


「俺は獣人だから羽の美醜なんてわからないが、君のは綺麗じゃないか。大切に手入れされているのがわかる。俺も灰色だぞ? だけど面倒くさがって手入れはしないからなぁ。最悪な触り心地だよ。君とは大違いだ」


 ぽんっと頭に大きな手を乗せられてぐしゃぐしゃと撫でられた。
 頭二つ分ほど高い顔を見れば、ニカッと笑う灰色の耳と尻尾を持った獣人の姿が瞳に映る。

 初めて触れた優しさが沁みて不意に涙が込み上げそうになる。
 これ以上情けない姿は晒したくなくて、グッと力を入れて堪えて、僕も笑顔を返す。


「獣人さんの耳と尻尾は素敵ですよ。大きくて、ブラッシングしたらとても気持ちよさそう」


 獣人は番以外の人に耳と尻尾を触られることを嫌う。急所を触っていいのは心を許した人にだけ。有翼種も同じで、番だけにしか翼を触らせない。


「おっ、じゃあ今度してもらおうかな。ついでに俺も君の羽に触れてみたい」

「ふふっ、そのためにも今は安静にしてくださいね。ベッドで休んでいてください。後でお薬持っていきます」

「すまない。この恩は必ず返すから」


 彼は申し訳なさそうにしつつも痛みを堪えながら、尻尾をふさふさと揺らしておとなしくベッドに戻っていく。

 冗談のような軽いやり取りが後に本当のことになるなんて、この時は知る由もなかった。


◇◇◇
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