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ひとりのアルファ
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「どうか、話しかけてくれないかな。お医者様は聞いている訳じゃないと言うけれど……たとえ眠っていてもこの子にはちゃんと届いていると思うんだよ」
——親心にそう思っていたいだけかもしれないけどね。
そう言った小柄な男性は、つい先日まで元気だった息子が急に寝たきりの状態になって辛いだろうに、寝具の横に立って息子の寝顔を眺めている表情は穏やかだった。
半刻ほど前、あの子がいる病室に案内されて入った先で、両親と名乗る二人の男性と対面したレイヴンは、まず謝罪をした。
「この度は私の不得を致すところによって、大事な御子息を危険な目に合わせてしまい、申し訳ありませんでした。何度、あの時気付けていればと後悔したか分かりません。誠に申し訳ありませんでした」
鋭く痛む腹を無視して、レイヴンは頭を下げ続けた。ふと視界に、腹に巻かれた包帯にじわりと血が滲むのが見えた。
しかし、一度は塞がった傷が開くことなど二人の……いや、深い傷を心に負った三人の気持ちを考えれば些末な事だった。
「お金で許して欲しいとは思っていません。ですが此度の事は全て私に非があります。刺した男が私と無関係な人物であっても、私は刃物を持った人物が近くにいることに気付けなかった。実際に怪我を負ったのは私ですが、御子息にも危険が迫っていたその状況に対処出来なかったのはアルファとして不甲斐なく、お二人にとって到底看過できない事であると重々承知しています。
その責任として、御子息が健やかに暮らせるようになるまでの援助を私にさせて下さい。そして……もしお許しいただけるのならもう一度、彼に会わせて下さい。お願いします」
顔を上げて二人を見据え、誠意を持って再度頭を下げたレイヴンの謝罪をじっと聞き入れていた二人は、やがて目を合わせて頷くと立ち上がり、レイヴンに頭を上げて下さいと促した。
そして、アルファだろう身長が高い男性が落ち着いた様子で静かに話し始めた。
「いいえ、私達は決してあなたを咎めるつもりはありません。あなたは出逢うべくしてこの子に出会った、そして運悪く事件に巻き込まれてしまっただけ。そうですよね?」
「……!」
丁寧ながらも言い聞かせる様な彼の言葉に、レイヴンは頷くしかなかった。レイヴンの罪悪感で苛まれた心にじわりと温かさが灯った。
「ありがとう、ございます……」
その言葉を聞き入れたアルファの男性は背後の仕切られた布を少し開き、レイヴンを手招きする。
「どうぞ、あなたの子に会ってやってください」
「少しでもいいんだ、話しかけてあげてくれないかな。お医者様は聞いている訳じゃないと言うけれど……たとえ眠っていてもこの子にはちゃんと届いていると思うんだよ。特に君ならなおさら、ね?」
アルファの男性の隣にいたオメガだろう小柄な男性もレイヴンに会わせる事を許諾してくれた。
「色々と整理したい事もあるでしょう。私達は暫く席を外します。……どうか、この子の事で気に病まないでくださいね。きっとこの子も、あなたに出逢えて幸せでしょうから」
そう言い残し、二人は病室から出て行った。
最後までレイヴンを労って。
レイヴンは寝具の周りを囲み仕切る布の隙間から身体を差し込み、そこに横たわる彼を見下ろした。
鼻をつんざく消毒液の匂いだけが辺りに立ち込めている。そこにあの日嗅いだ彼の香りはなかった。レイヴンは鼻がいい。だからこそあの日、遠く離れていたにも関わらず運命の番の匂いに気付けた。
医師の言葉に間違いはなかったのだ。
そうと分かってもなお、レイヴンはまた彼に出会えた喜びで悲観してはいなかった。否、認めたくなかった。あの日の、運命の番を前にして溢れるほどに身体の芯から湧き上がる歓喜を感じない己の身体から目を背き、嘆き悲しむ心に奥底に蓋をして。
「あぁ……無事で本当に良かった。俺だ、分かるか? 君はあの日、運命だと俺に言ってくれたんだ。運命の糸は切れてなんかない。だって、こんなにも君が目を覚ましてその綺麗な瞳に俺を映してくれるのを願ってる」
床に膝をつき、祈るように彼の細くて日焼けのしていない白い肌をした手を握る。彼の手は少しひんやりとしていた。
閉じられた瞳以外は初めて会った時の彼の顔そのままだった。外傷もなく、言われなければただ寝ているとしか思わなかっただろう。それくらい、彼は綺麗だった。
「君も俺を望んでくれているだろう? こんな事はもう二度と起こさせやしない、そう誓う。だから……早く君と話したい。どうか、目を開けてはくれないか……」
レイヴンの言葉に返事をするかの如く、彼のけぶるような睫毛がぶるりと震えた。
しかし、それは決して目覚めの兆候ではない事をレイヴンは事前に医師から説明を受けていた。意識がなくとも瞼の奥が動くことがある、そう医師は言っていたのだ。
「あぁ、あの人が言ったように、俺の声は君に届いているかもしれないな。いい機会だ、君の話は君の口から聞くとして、まずは俺の話をしておこうか」
そうして時間の許す限り、レイヴンは自分の辿ってきた足跡と現在の事を彼に聞かせた。
▽▽▽
一台の寝台とテレビの置かれた真っ白な病室内に一日の始まりを告げる爽やかな日差しが差し込む。
その光に照らされて眩しいほどに輝いている、静かな呼吸を続ける彼——フィアにレイヴンは今日も話しかけた。
「おはよう、フィア。今日も可愛いな。早朝に悪いな起こしてしまって。今日は大事な会議で夜は来られないんだ。詫びと言ってはなんだがフィアに似た綺麗な花を見つけたんだ。ここに飾って置くよ。……それじゃあ、また明日来るよ」
フィアの前髪を掻き上げ、額にキスをひとつ落としてレイヴンはベストの上に上等な生地で作られた紺色のジャケットを羽織り、鰐革で出来た鞄を下げて病室を立ち去った。
そして約束通り翌日もさらにその後も毎日2回、朝と晩にレイヴンはフィアの元に通った。
そして決まって、額にキスをひとつ落とした。唇は彼が目覚めて、レイヴンを受け入れてくれるその日までお預けだと言って。
▽▽▽
ーーーーーーーー作者のどうでもいい独り言。
運命の絆や繋がりってどこまで有効なのか気になって、一応自分なりに思う線引きを取り入れてみました。
ここまでのお話で言うと、レイヴンの心肺が停止した、という部分です。
作者にも彼が三途の川を渡ったのかは分かりませんが、"消える" "いなくなる" と心の底から感じた時や絶対な意志を持って拒絶した時に初めて糸がぷつりと切れる。そう考えています。
切った側はもとより、切られた側にそれが伝わってしまうのかは……皆様のご想像にお任せします。レイヴンの性格も含めて、その辺りを補完していただけたら嬉しいです( ✌︎'ω')✌︎イエーイ
と言いつつも読み返してみた後でその辺りに補足を入れてしまいました。申し訳ない。
それでは、皆様おやすみなさい(_ _).。o○
また明日、お会いしましょう。良い夢を……
※オメガバースの設定については各位皆様の考えがあるかと思います。作者も幾つか異なる考えを持っています。従ってこのお話ではこうなのだと、ご理解頂けますと幸いです。
——親心にそう思っていたいだけかもしれないけどね。
そう言った小柄な男性は、つい先日まで元気だった息子が急に寝たきりの状態になって辛いだろうに、寝具の横に立って息子の寝顔を眺めている表情は穏やかだった。
半刻ほど前、あの子がいる病室に案内されて入った先で、両親と名乗る二人の男性と対面したレイヴンは、まず謝罪をした。
「この度は私の不得を致すところによって、大事な御子息を危険な目に合わせてしまい、申し訳ありませんでした。何度、あの時気付けていればと後悔したか分かりません。誠に申し訳ありませんでした」
鋭く痛む腹を無視して、レイヴンは頭を下げ続けた。ふと視界に、腹に巻かれた包帯にじわりと血が滲むのが見えた。
しかし、一度は塞がった傷が開くことなど二人の……いや、深い傷を心に負った三人の気持ちを考えれば些末な事だった。
「お金で許して欲しいとは思っていません。ですが此度の事は全て私に非があります。刺した男が私と無関係な人物であっても、私は刃物を持った人物が近くにいることに気付けなかった。実際に怪我を負ったのは私ですが、御子息にも危険が迫っていたその状況に対処出来なかったのはアルファとして不甲斐なく、お二人にとって到底看過できない事であると重々承知しています。
その責任として、御子息が健やかに暮らせるようになるまでの援助を私にさせて下さい。そして……もしお許しいただけるのならもう一度、彼に会わせて下さい。お願いします」
顔を上げて二人を見据え、誠意を持って再度頭を下げたレイヴンの謝罪をじっと聞き入れていた二人は、やがて目を合わせて頷くと立ち上がり、レイヴンに頭を上げて下さいと促した。
そして、アルファだろう身長が高い男性が落ち着いた様子で静かに話し始めた。
「いいえ、私達は決してあなたを咎めるつもりはありません。あなたは出逢うべくしてこの子に出会った、そして運悪く事件に巻き込まれてしまっただけ。そうですよね?」
「……!」
丁寧ながらも言い聞かせる様な彼の言葉に、レイヴンは頷くしかなかった。レイヴンの罪悪感で苛まれた心にじわりと温かさが灯った。
「ありがとう、ございます……」
その言葉を聞き入れたアルファの男性は背後の仕切られた布を少し開き、レイヴンを手招きする。
「どうぞ、あなたの子に会ってやってください」
「少しでもいいんだ、話しかけてあげてくれないかな。お医者様は聞いている訳じゃないと言うけれど……たとえ眠っていてもこの子にはちゃんと届いていると思うんだよ。特に君ならなおさら、ね?」
アルファの男性の隣にいたオメガだろう小柄な男性もレイヴンに会わせる事を許諾してくれた。
「色々と整理したい事もあるでしょう。私達は暫く席を外します。……どうか、この子の事で気に病まないでくださいね。きっとこの子も、あなたに出逢えて幸せでしょうから」
そう言い残し、二人は病室から出て行った。
最後までレイヴンを労って。
レイヴンは寝具の周りを囲み仕切る布の隙間から身体を差し込み、そこに横たわる彼を見下ろした。
鼻をつんざく消毒液の匂いだけが辺りに立ち込めている。そこにあの日嗅いだ彼の香りはなかった。レイヴンは鼻がいい。だからこそあの日、遠く離れていたにも関わらず運命の番の匂いに気付けた。
医師の言葉に間違いはなかったのだ。
そうと分かってもなお、レイヴンはまた彼に出会えた喜びで悲観してはいなかった。否、認めたくなかった。あの日の、運命の番を前にして溢れるほどに身体の芯から湧き上がる歓喜を感じない己の身体から目を背き、嘆き悲しむ心に奥底に蓋をして。
「あぁ……無事で本当に良かった。俺だ、分かるか? 君はあの日、運命だと俺に言ってくれたんだ。運命の糸は切れてなんかない。だって、こんなにも君が目を覚ましてその綺麗な瞳に俺を映してくれるのを願ってる」
床に膝をつき、祈るように彼の細くて日焼けのしていない白い肌をした手を握る。彼の手は少しひんやりとしていた。
閉じられた瞳以外は初めて会った時の彼の顔そのままだった。外傷もなく、言われなければただ寝ているとしか思わなかっただろう。それくらい、彼は綺麗だった。
「君も俺を望んでくれているだろう? こんな事はもう二度と起こさせやしない、そう誓う。だから……早く君と話したい。どうか、目を開けてはくれないか……」
レイヴンの言葉に返事をするかの如く、彼のけぶるような睫毛がぶるりと震えた。
しかし、それは決して目覚めの兆候ではない事をレイヴンは事前に医師から説明を受けていた。意識がなくとも瞼の奥が動くことがある、そう医師は言っていたのだ。
「あぁ、あの人が言ったように、俺の声は君に届いているかもしれないな。いい機会だ、君の話は君の口から聞くとして、まずは俺の話をしておこうか」
そうして時間の許す限り、レイヴンは自分の辿ってきた足跡と現在の事を彼に聞かせた。
▽▽▽
一台の寝台とテレビの置かれた真っ白な病室内に一日の始まりを告げる爽やかな日差しが差し込む。
その光に照らされて眩しいほどに輝いている、静かな呼吸を続ける彼——フィアにレイヴンは今日も話しかけた。
「おはよう、フィア。今日も可愛いな。早朝に悪いな起こしてしまって。今日は大事な会議で夜は来られないんだ。詫びと言ってはなんだがフィアに似た綺麗な花を見つけたんだ。ここに飾って置くよ。……それじゃあ、また明日来るよ」
フィアの前髪を掻き上げ、額にキスをひとつ落としてレイヴンはベストの上に上等な生地で作られた紺色のジャケットを羽織り、鰐革で出来た鞄を下げて病室を立ち去った。
そして約束通り翌日もさらにその後も毎日2回、朝と晩にレイヴンはフィアの元に通った。
そして決まって、額にキスをひとつ落とした。唇は彼が目覚めて、レイヴンを受け入れてくれるその日までお預けだと言って。
▽▽▽
ーーーーーーーー作者のどうでもいい独り言。
運命の絆や繋がりってどこまで有効なのか気になって、一応自分なりに思う線引きを取り入れてみました。
ここまでのお話で言うと、レイヴンの心肺が停止した、という部分です。
作者にも彼が三途の川を渡ったのかは分かりませんが、"消える" "いなくなる" と心の底から感じた時や絶対な意志を持って拒絶した時に初めて糸がぷつりと切れる。そう考えています。
切った側はもとより、切られた側にそれが伝わってしまうのかは……皆様のご想像にお任せします。レイヴンの性格も含めて、その辺りを補完していただけたら嬉しいです( ✌︎'ω')✌︎イエーイ
と言いつつも読み返してみた後でその辺りに補足を入れてしまいました。申し訳ない。
それでは、皆様おやすみなさい(_ _).。o○
また明日、お会いしましょう。良い夢を……
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