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一年目 春

⑦ 彼

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仕事も無事に終わり、更衣室で着替えです。

その時、ふと気が付きました。

(幸志郎って、私のアップしか見た事無いよね?)

初めて出逢ったダンスイベントでも、再会してからも、彼は私のアップのヘアスタイル姿しか見た事が無いのです。

でも、私の自慢の一つが腰近くまであるロングのストレートヘア。

ロッカーには、女子達の突然のお誘いとかに対応する為に、ヘアアイロンを置いてあって、それにウォーター系の整髪料も用意してあったので、その場でアップに纏めてあった髪を解き、急いでロングに仕立て直しです。

その姿を見た、御局様や先輩から

「 森山さんが、デート?珍しい」

みたいな事を言われながら、大急ぎです。

スマホを確認すると、彼からのメッセージが入ってて、会社を出て、もう待ち合わせ場所の近くって入ってて。

焦ってる私を見かねて、梨紗が後ろを手伝ってくれて

「OK、これで完璧。。。行ってきな!」

って、背中をバンッ!って叩かれて

「 痛いって、もう、いつも力いっぱい・・・でも、ありがとう。行ってくるね」

って言って、更衣室を出ました。

大急ぎて、エレベーターに乗ります。

定時で帰る他の社員も大勢乗ってて、満員だけど何とか乗れて、社を出て急ぎ足で最寄り駅の待ち合わせ場所に向かいました。

でも、待ち合わせ場所に彼の姿は無く

(あれ?先に着いてるはずなのに・・・)

と、駅の出入口を見ていると

「 お待たせ!」

って、後ろから声を掛けられました。

振り返ると、彼が息を切らせて立っていました。

「 どうしたの?そんなに息を切らせて」

「 いや、ちょっと迷って、時間に遅れたから、ちょっと全力疾走・・・」

「 そんなに急がなくても、メッセージで教えてくれたら、待ってるのに」

「 いや、俺が言い出しっぺだし、君を待たせてるって思ったら、落ち着いてなんかいられないし・・・少しでも早く逢いたかったし・・・」

って、最後は小声で言う彼。

「 うん・・・私も」

「 おお!ロングヘア・・・やっぱり凄く良く似合ってるよね。
アップも、首筋から顎のラインが綺麗だし、うなじも綺麗で似合ってるけど、ロングも似合うなって前から思ってたんだよ」

「 えっ?前からって・・・私のロングって見るの初めてじゃ・・・」

「 いや・・・美幸ってモデル・・・してたでしょ?
友達が見付けてくれて、君の載ってる本とかで、君の色々な姿は見てたから」

「 えっ!知ってたの?」

「 ダンスイベントの後に、君に無視されたって落ち込んでたら、親友が偶然に君をレディースファッション誌で見付けて、教えてくれたんだ」

「 じゃぁ・・・私の水着姿も見たの?」

「 あ・・・うん・・・」

「 もう!・・・恥ずかしい」

私、これには絶句して固まってしまいました。

「 でも、そんなグラビアみたいじゃ無くて、あくまでもファッション誌だったから、ぜんぜんエロく無かったし・・・」

「 そんな詳しく言わなくていいんです。。。はぁ~、一生の汚点を見られてたなんて(T_T)」

「 いや、相変わらず綺麗だったし、ホントに全然エロく無かったって」

「 もう・・・いいです」

私、少し不満顔でそう言って、彼の左腕に遠慮気味に右手を絡ませて

「 行きましょう!」

って、話を切り替えて、彼を駅の方へ引っ張りました。

「えっ!そ、そう・・・ お、あ、こっちね」

って、駅とは別の方向に歩き出す彼。

「 えっ?そっち?」

「 うん・・・ちょっと歩くけど大丈夫???」

「 平気だけど・・・何処かで食事でも?」

「 それなんだけど、俺、数日前にこっちに来たばかりだから、店とか全然知らなくて、今になって親友に聞いといたら良かったって後悔してるんだよね」

「 じゃぁ、これは何処に向かってるの?」

「 二人っきりになれる所」

「 えっ!?」

(確か、この先、10分ぐらい歩けば・・・ホテル街があるはず)

「 あ、あの、展開が早すぎません?あの・・・まだ付き合い始めたばかり・・・」

って、戸惑う私に構う事無く、ドンドンと歩く彼。

そして、あるビルに入って行きます。

(何が有るの?)

って、私、不安になってました。

ビルに入って地下に降りて・・・そして、駐車場に入って、ある車の前で止まりました。

シルバーの大きな車です。

低くて後ろに大きな羽根が付いてて、スポーツカーみたいです。

私、二十歳の時に運転免許は取得していて、運転は好きで多少は車にも興味が有るので、それがスポーツカーだと言うのは何となく分かりました。

あまり、前は尖って無いけど、普通じゃ無い車だって、雰囲気で分かりました。

「 えっ?車???」

って、私が言うと

「 この方が自由に動けるかなって思って」

「 貴方の車?」

「 うん・・・もう古いけどね」

「 えっ?こんなに綺麗なのに古いの?」

私、その車の横に立って、光り輝くその車を眺めて

(凄い・・・綺麗・・・カッコイイ)

って、ちょっと感動してました。

「 うん、中古だし、とりあえず乗って」

「 中古?  はい!」

って、頷いて扉を開けます。

ツードアのそのドアが、また長くて大きいんです。

駐車スペースが狭くて、隣の車との隙間も狭いので、あまり扉が開きません。。。

私、免許を取ってから、何回か友達とレンタカーを借りて遊びに行った事もあるし、モデル時代のマネージャーの車も運転してたし、昔は兄の車にも乗せて貰った事もあるんですけど、この車は何かまったくの別物だと感じました。

なんとか身体を捻ってシートに腰を降ろしました。

中は黒が基調の内装で、シートが物凄く低い位置にあって、そこに腰を下ろすと、地べたに座ってる?って思うぐらいです。

そのシートも、身体を包み込むような形をしていて、まさに乗り込むって感じです。

そこで彼がおもむろに車のエンジンを掛けました。

『 キュキュン、ボォンッボボボボボボ!』

爆音です!

私、思わず

「 キャ!」

って、悲鳴をあげてしまいました。

「 あ、ごめん、扉閉めて」

私、言われた通り、さっさと扉を閉めました。

閉めると、かなり音はマシになりましたが、車に包まれてる感じがするくらい重厚な室内です。

で、足元は広いんですけど・・・膝上丈のスカートだと・・・中が外から丸見えになってしまうんです。

 慌てて、彼の方に両膝を倒すと

「 それは・・・僕へのサービスかな?」

って、目ざとく彼が言います。

「 もう! 外から下着、丸見えだし、隠しようが無いの!!!」

って、スカートの裾に両手を翳して隠していると、彼が後部座席からブランケットを取って渡してくれました。

「 これ、仮眠用のだけど、使って」

「 あ、ありがとう・・・」

この素早い対応に感謝です。

そして、改めて車内を観察すると、何故か車内に太いパイプみたいなのがあちこちに有って

(これは???)

って、不思議ワールドです。

ダッシュボードとかには、何一つアクセサリー等は無くて、スッキリしてる印象でした。

「 いつ車を取ってきたの?」

「 うん? 今日、午後に会社から僕の部屋の近くまで出向く予定だったから、君に確認したら一緒に帰れるって、だから乗ってきた」

「 そうだったんだ・・・車、持ってたんですね」

「 うん。何回聞くのかな?衝撃的過ぎた???」

って、笑顔で答える彼。

「 でも、ずっと海外で・・・」

「 あぁ、コレは大学時代から乗ってるからね。
向こうに行ってる間は、実家のガレージに置いてあったんだよ。
こっちに来る時、乗ってきた」

「 えっ!関西から?」

「 うん、そう。
コイツだと、そんなに遠くないからね」

「 ええ!500キロぐらい・・・ですよね?」

「 そうだね。
それぐらいなら、1回休憩したら充分だからね。
ところで、これからどうしよう?
何処かで夕御飯にしないとね。
良い店、知ってる?」

「 えー・・・えっ・・・と・・・私もあまり行かないから・・・あの、私の家の駅近くなら、良いお店あるんですけど・・・」

「 ふ~ん・・・、せっかく車なのに、この時間に家方向に戻るのも・・・まぁ、良っか!・・・そこ、行こう!
ちょっと待ってね・・・」

って、スマホを取り出して何かを始める彼。

ちょっと待つと、そのスマホをダッシュボードに置いて、彼は車を発進させました。

「 先に謝っとくけど、この車、乗り心地は悪いからね。ゴメンね」

って、優しく言って苦笑いを浮かべる彼。

ゆっくりと地下駐車場を走って、地上へ。

道に出る所の段差で、彼は凄くゆっくりと走らせたけど

『 ドンッ!ドンッ!』

って、かなりキツい衝撃があって

「 ウッ!」

って、私、小さく声が出ちゃって

「 キツかったよね、ゴメン」

って、謝る彼。

私、そんな彼がおかしくって

「 さっきから、謝ってばかりですね」

って言って、笑っちゃいました。

「 いや。この車、基本的に女性を乗せる事は考えて無いから、悪いなって」

「 でも、乗せたかった・・・んですよね?」

「 まぁ、僕の一部みたいなもんだから」

そんな会話をしながら、彼は車を走らせます。

この時、私、気が付きました。

「あ、あの運転・・・」

「 あ!ゴメン、荒かった?」

「 いえ、違うんです。あの、道は分かります?」

「 いや、スマホのカーナビ頼みだけど・・・」

「 この道は、走るの初めて?」

「 うん、初めて」

「 ふ~ん・・・運転・・・凄く御上手なんですね」

「 えっ?そんなん女の子やのに分かるん???」

「 はい、関西弁」

「 あ、ゴメン」

「 私、兄の車には何回か乗せてもらいましたし、こっちに来てからはタクシーも何回か利用してますし、モデル時代には、移動の時に色々な人の運転に乗りました。
私、車酔いするタイプで、兄が運転しようが誰が運転しようが、いつも車酔いしてたんです。
でも、幸志郎の運転、初めて走る道なのに、周りよりも明らかに速くて、交通量も多いのに、私、車酔いしてないんです。
何故かな?って思って、注意して見てて、分かりました。
滑るように、物凄くスムーズに走らせてて、まったくギクシャクしなくて、凄いなって」

「 え~!普通、そんなん見てるか?」

「 もう!こうちゃん、関西弁!」

「 いやいや、ビックリして、関西弁ですわ」

「 私も免許は持ってて、車の運転好きなんです。
だから、女なのにMT免許です」

「 えー!?」

「 レンタカー借りて、遊びに行ったりもしてましたから、車には少し興味があって、でも、人の運転では酔うんです。
けど、幸志郎だと大丈夫みたい」

「 でも、走り始めて10分程で・・・」

「 車酔いって、酔う時は一瞬ですから、普通ならこんなスピードで走られたら、既に撃沈してます」

「 そうなの? まぁ、君が乗ってるし、気を付けて運転はしてるけど、意外な所を見てるんだね」

「 おかしいですか?」

「 いや、おかしく無いけど・・・普通じゃ無いかも」

「 私に普通じゃ無いって言います~?
この車も幸志郎も、普通じゃ無いでしょ?」

「 そうだね・・・うーん・・・美幸、二人きりだし、こういう話になったから、ちょっと僕の話をしておくね」

「 幸志郎の話?」

「 そう、僕の生い立ちみたいなの。
お互い、好き同士だけど、お互いに相手の事、ほとんど知らないでしょ?
だから、まずは僕から君に話しとこうと思って」

「 はい」

「 うん、まぁ、この車を見れば分かると思うけど、僕は車が好きなんだけど、こうなったのには理由があるんだ」

そう言いながら、他の車を置き去りにして走る彼。

速いのにスムーズで流れる明かりが綺麗で速くて・・・でも怖くなくて、安心できてる自分が居て・・・不思議な空間の中で彼は話し始めました。

「 僕はね、物心ついた時には親父が家に居なかったんだ。

何が原因だったのかは知らないんだけど、親父と母親は仲が悪くて、妹が生まれてすぐに親父が家を出て、それから別居。

僕は、小6になるまで親父の顔もハッキリとは知らずに育ったんだ。

でも、小6の時に親父が頭を下げる形で母親とヨリを戻して、同居し始めたんだけど、
親父はちょっと癖の強い人でね、それまで、母親と僕と妹の三人でずっと暮らしてたから、僕にとっては物凄く居心地の悪い状態になったんだ。

一緒に暮らしだしても両親は仲が悪くて、その両親のあいだで板挟み状態になって・・・親も信じられなくなって、その時から僕は、人間不信なんだよ。

そんな中で、さっき君を本で見付けたって親友が居たでしょ、奴と中学で出会って、そいつの影響で高校生の時にバイクに乗るようになって、それが楽しくて、その世界にどっぷり浸かっちゃって、親は学業さえちゃんとやってれば何も言わ無かったし、金が要るって言ったら出してくれたんだ。

何故、この世界が好きなのか?って自分でも思うし、人にも聞かれたりするけど、たぶん本気で走って、そのスピード域に飛び込むと、人間不信とか総ての事が頭から消え去って・・・ただ、それだけに集中する事が出来るからだと思う。

で、結構才能あったみたいで、バイクの世界でいい所まで行ったんだけど、そこで大転倒して全治3ヶ月の大怪我して、親に泣き付かれてバイクを降りたんだ。

それが大学2年の夏の話。

親父が、『 言う事を聞いてバイクを降りるなら、欲しい車を買ってやる!』って約束したから、それで手に入れたのが、この車って訳。

だから、僕は本当はバイクが好きなんだけど、その代わりに、この五月蝿い車に乗ってるんだ。

それと、昨日の電話でも話したけど、あまり女性に積極的では無かったのは、僕にとっては、女性よりもスピードだったんだよ。
速く走る事ばかり考えてたからね。
それと、やっぱり両親を見てて、幻滅してたのも有るんだと思う。

だから、君の存在は僕にとって、本当に特別なんだ」

「 幸志郎って・・・暴走族だったの?」

「 えっ!また、答えにくい事を聞きますなぁ・・・まぁ、最初だけね。
直ぐにサーキットに行くようになったから」

「 サーキット・・・私、サーキットに行った事、有るんですよ。
私が運転が好きなのも、それが影響してると思います」

「 ホントに?何故?・・・何処の?」

「 モデルの仕事で・・・初めての仕事で、急病の先輩モデルの代役で、キャンギャルの仕事を一回だけした事があって、鈴鹿サーキットに」

「 鈴鹿・・・ひょっとして俺達、その頃にニアミスしてたかも」

「 私が高二だから、六年前の夏の話です。
すごく暑くて、キツイ仕事でした。
恥ずかしいし・・・」

「 あれ?・・・それって、僕が大怪我をした時と重なってるんじゃ・・・夏の鈴鹿で大転倒したから」

「 えっ!じゃあ、二人とも同じ時に鈴鹿に居たんですか?」

「 多分、そうなるんじゃないかな。年も一緒だし、7月の末の話なんだけど」

「 あ、当たってます。7月の末でした」

「 じゃあ、間違いない」

「 凄い偶然ですね」

「 その時に会いたかったなぁ」

「 えっ!何故ですか?」

「 だって、美幸のキャンギャル姿を拝めたんでしょ?
見たかった~!」

「 馬鹿!もう、最悪な仕事だったんだからァ!
突然、事務所に呼び出されて、キャンギャルの衣装を試着させられて、私が一番似合ってるって事で行く事になったけど、先輩モデルと私じゃあ身長が5cmも違うから、サイズ的には合ってても、所々、かなり際どくて・・・マネージャーさんもドキドキもんだったって、しかも、年齢を18歳って誤魔化さなきゃならなかったし、恥ずかしいし、気を付けてても日焼けはするし、物凄いハイヒールなのに、立ちっぱなしか歩きっぱなしで、二度としたくない仕事です!」

「 そうなんだ・・・でも、似合ってただろうなぁ」

「 もう・・・幸志郎って、今の話は嘘でしょ?
何が女性に積極的じゃ無い・・・よ、絶対に沢山の女と付き合って来たでしょ?
普通にスケベだし、痴漢だし!」

「 付き合って来なかったとは言わないけど、僕から告白した恋愛は無いよ。
男だし、普通はスケベでしょ?
痴漢は、美幸が誘ったから・・・」

「 違います!誘ってません!!!ただの好奇心だったんです!!!!」

「 ふ~ん・・・もう、そういう事にしとくけど・・・言い方変えれば、痴女だよな」

「 誰がよ!馬鹿!!!」

二人共に納得出来ないって顔だったと思います。

初めての喧嘩だったのかも。

それでも彼は、変わらずに車を走らせます。

少し会話が途切れて、私は幸志郎の車の室内にゆっくりと視線を巡らせていました。

そして

(アナタには幸志郎の思いが沢山詰まってるのね。
沢山、幸志郎と走ってきたのよね。
そんなアナタのここに、私、乗ってても良いのかな?
嫌だったら謝るから、ゴメンね。
でも、これから、乗る事が多くなると思うけど、嫌がらずに載せてね。
よろしくね)

と、心の中で彼の車に語り掛けていました。

そして車は、私の家近くの駅に到着です。

そこから、私が案内して『 槌の子』カフェ近くの駐車場に車を停めました。

降りる時に、私、扉を閉めるのと同時に

「 ありがとう」

って、思わず車に御礼を言ってしまいました。

それを彼に聞かれてしまって

「 え!今、コイツに『 ありがとう』って言った?」

って聞かれて

「 あ・・・うん、変だよね?ゴメン」

「 いや、俺もよく有るから、全然、変じゃないよ。
けど、俺と同じ事するから、ちょっと驚いた」

「 私の母親が、この世の総ての物、たとえそれがただの鉛筆であっても、ただの雑草であっても、総て魂が宿ってて、口が効けないだけで心は有るって教えられて育ったから・・・だから、思い入れの有る物には語り掛けたりしちゃうの」

「 へぇー・・・それって、俺の母親も同じ事を言ってたわ。
だから俺も、思い入れのある物を擬人化して話し掛けたりするんだよね」

「 幸志郎も?」

「 そう、だから今もコイツって言ったろ?」

「 そうね・・・ふふふ」

「 だろ?・・・えへへ」

二人で笑いあって・・・『 槌の子』へ入って行きました。(つづく)
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