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第三部(貴族学校入学編)

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 曲が終わってダンスフロアを離れる。これはこの年にデビュタントを迎える我々に向けての予行演習であり、課題を見つけるためのものなので、昼間に学校内で行われているけれども、実際に開かれる夜会と遜色ないパーティーになっている。
 給仕係が持っていたドリンクを受け取って、一息つく。リリーとルーカスもやってきて、リリーが軽食を取ってこようかと気を遣ってくれたが断った。

「リリー、今日は侍女の仕事なんてしなくていいのよ。あなたをウィリアムの婚約者として周知させる目的もあるのだから」

「……そうでした。貴族令嬢らしく振る舞えと言われていたのでしたね」

 それでも職務に忠実で、根っからの真面目な子であるリリーはどこか不満そうな顔をしていて可愛い。

「別に、アニーの侍女としてじゃなく友人としてそばにいるというなら公爵家から諸々費用負担するんだけどな」

「お金のためだけにアドリアーナ様に尽くしているのではないので」

「分かってるよ。そうじゃなきゃ今もお前が侯爵家の使用人のままなわけがない」

「ご理解いただき恐縮です」

「学生の間だけだぞ」

「ありがとうございます」

 公爵令息の婚約者が侯爵家で使用人をしているという事実は、それ自体が恋をするきっかけであったことも知られているため醜聞ではないが、婚約を結んで以降もそのまま使用人で居続けることはノヴァック公爵家の沽券に関わるだろう。
 お義父様とお義母様がいくら寛大であっても、リリーが今後も侍女を続けるのはやめさせたいはずである。だからこそ結婚後は姉妹として仲良くしなさいとやんわり釘を刺した。そして学生の間だけ侍女を続けるという譲歩は、おそらくウィリアムが漕ぎ着けたのだと思う。リリーが望んでいるから、と。
 私の侍女をすることがそこまで価値のあるものだとは思えないが、リリーは侍女の仕事に誇りを持っているようなので他ならぬ私からやめなさいと言うのは憚られる。結局、判断は大人に任せるのが一番と静観しているのである。それに、私はリリーが侍女として友人として常に一緒にいてくれるのがとても心強いのだ。

「このあとはどうする? 俺とリリーはまた踊りに行くけど」

「私はまだここにいるわ」

「そうか。じゃあリリー、行こう」

 もうすぐ4曲目が終わる。ウィリアムとリリーを見送っているとサラがそっと近付いてきた。

「見て。ヒロインったらとんでもない顔よ」

 サラの見ている方に視線を移す。すると、フロアで踊っているユウカ嬢が、ウィリアムとリリーの方を見ながら驚いたような顔をしていた。

「リリーとウィリアムが踊ることが気に食わないんでしょうね。『何であんたなんかがウィリアムと踊るのよ』と顔に書いてあるようだわ」

「……そうね」

 まさにそのような表情をしているユウカ嬢が踊り終えてフロアを離れる。そして反対にフロアに向かうウィリアムとリリーから視線を外さない様は、恐ろしささえ感じる。

「サラ」

「どうかした? セレスト」

「すまない。僕は少し離れるから君はしばらくアドリアーナ嬢と一緒にいてくれるか」

「えぇ、分かったわ」

 そう言って去って行くセレスト殿下の背を目で追っていると、出入り口のそばに殿下の側近が立っていた。普段なら午後には公務をされているはずだからその関係かしらと思った。あの側近は以前の人生でもセレスト殿下の秘書をしていたなぁと考えていた時だった。

「アニー、お客様よ」

「え?」

 サッと美しい所作で扇を広げ、口元を隠した。そして目だけで私に合図を送ってくる。その視線の先を見ると、こちらに向かってくるユウカ嬢の姿があった。

「まさか、こっちへ?」

「罵られにくるのかしらね?」

 フフッと笑うサラ。全く笑えない私。何が始まるのかとドキドキしてしまう。

「大丈夫よ、いつも通りのアニーでいなさいな。ルーカス、少しだけ離れていてちょうだい」

「え、ですが……」

「平気よ。何かあれば騎士がいるし、危害を加えようとしてくる訳じゃないと思うから」

「……では少しだけ」

 ルーカスは少し悩んでから離れることを選んだ。不自然にならないようにか、軽食が並ぶ一角に向かって行った。そしてサラはアレクやお兄様といった護衛の騎士様達にも視線を送り、今は近付かないようにさせたようだった。
 私は動揺を隠すために扇を広げて目元以外を隠す。そしてユウカ嬢を待った。
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