勘当された悪役令嬢は平民になって幸せに暮らしていたのになぜか人生をやり直しさせられる

千環

文字の大きさ
上 下
94 / 100
第三部(貴族学校入学編)

28

しおりを挟む
 曲が終わってダンスフロアを離れる。これはこの年にデビュタントを迎える我々に向けての予行演習であり、課題を見つけるためのものなので、昼間に学校内で行われているけれども、実際に開かれる夜会と遜色ないパーティーになっている。
 給仕係が持っていたドリンクを受け取って、一息つく。リリーとルーカスもやってきて、リリーが軽食を取ってこようかと気を遣ってくれたが断った。

「リリー、今日は侍女の仕事なんてしなくていいのよ。あなたをウィリアムの婚約者として周知させる目的もあるのだから」

「……そうでした。貴族令嬢らしく振る舞えと言われていたのでしたね」

 それでも職務に忠実で、根っからの真面目な子であるリリーはどこか不満そうな顔をしていて可愛い。

「別に、アニーの侍女としてじゃなく友人としてそばにいるというなら公爵家から諸々費用負担するんだけどな」

「お金のためだけにアドリアーナ様に尽くしているのではないので」

「分かってるよ。そうじゃなきゃ今もお前が侯爵家の使用人のままなわけがない」

「ご理解いただき恐縮です」

「学生の間だけだぞ」

「ありがとうございます」

 公爵令息の婚約者が侯爵家で使用人をしているという事実は、それ自体が恋をするきっかけであったことも知られているため醜聞ではないが、婚約を結んで以降もそのまま使用人で居続けることはノヴァック公爵家の沽券に関わるだろう。
 お義父様とお義母様がいくら寛大であっても、リリーが今後も侍女を続けるのはやめさせたいはずである。だからこそ結婚後は姉妹として仲良くしなさいとやんわり釘を刺した。そして学生の間だけ侍女を続けるという譲歩は、おそらくウィリアムが漕ぎ着けたのだと思う。リリーが望んでいるから、と。
 私の侍女をすることがそこまで価値のあるものだとは思えないが、リリーは侍女の仕事に誇りを持っているようなので他ならぬ私からやめなさいと言うのは憚られる。結局、判断は大人に任せるのが一番と静観しているのである。それに、私はリリーが侍女として友人として常に一緒にいてくれるのがとても心強いのだ。

「このあとはどうする? 俺とリリーはまた踊りに行くけど」

「私はまだここにいるわ」

「そうか。じゃあリリー、行こう」

 もうすぐ4曲目が終わる。ウィリアムとリリーを見送っているとサラがそっと近付いてきた。

「見て。ヒロインったらとんでもない顔よ」

 サラの見ている方に視線を移す。すると、フロアで踊っているユウカ嬢が、ウィリアムとリリーの方を見ながら驚いたような顔をしていた。

「リリーとウィリアムが踊ることが気に食わないんでしょうね。『何であんたなんかがウィリアムと踊るのよ』と顔に書いてあるようだわ」

「……そうね」

 まさにそのような表情をしているユウカ嬢が踊り終えてフロアを離れる。そして反対にフロアに向かうウィリアムとリリーから視線を外さない様は、恐ろしささえ感じる。

「サラ」

「どうかした? セレスト」

「すまない。僕は少し離れるから君はしばらくアドリアーナ嬢と一緒にいてくれるか」

「えぇ、分かったわ」

 そう言って去って行くセレスト殿下の背を目で追っていると、出入り口のそばに殿下の側近が立っていた。普段なら午後には公務をされているはずだからその関係かしらと思った。あの側近は以前の人生でもセレスト殿下の秘書をしていたなぁと考えていた時だった。

「アニー、お客様よ」

「え?」

 サッと美しい所作で扇を広げ、口元を隠した。そして目だけで私に合図を送ってくる。その視線の先を見ると、こちらに向かってくるユウカ嬢の姿があった。

「まさか、こっちへ?」

「罵られにくるのかしらね?」

 フフッと笑うサラ。全く笑えない私。何が始まるのかとドキドキしてしまう。

「大丈夫よ、いつも通りのアニーでいなさいな。ルーカス、少しだけ離れていてちょうだい」

「え、ですが……」

「平気よ。何かあれば騎士がいるし、危害を加えようとしてくる訳じゃないと思うから」

「……では少しだけ」

 ルーカスは少し悩んでから離れることを選んだ。不自然にならないようにか、軽食が並ぶ一角に向かって行った。そしてサラはアレクやお兄様といった護衛の騎士様達にも視線を送り、今は近付かないようにさせたようだった。
 私は動揺を隠すために扇を広げて目元以外を隠す。そしてユウカ嬢を待った。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

最後にひとつだけお願いしてもよろしいでしょうか

鳳ナナ
恋愛
第二王子カイルの婚約者、公爵令嬢スカーレットは舞踏会の最中突然婚約破棄を言い渡される。 王子が溺愛する見知らぬ男爵令嬢テレネッツァに嫌がらせをしたと言いがかりを付けられた上、 大勢の取り巻きに糾弾され、すべての罪を被れとまで言われた彼女は、ついに我慢することをやめた。 「この場を去る前に、最後に一つだけお願いしてもよろしいでしょうか」 乱れ飛ぶ罵声、弾け飛ぶイケメン── 手のひらはドリルのように回転し、舞踏会は血に染まった。

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?

いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、 たまたま付き人と、 「婚約者のことが好きなわけじゃないー 王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」 と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。 私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、 「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」 なんで執着するんてすか?? 策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー 基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】「君を愛することはない」と言われた公爵令嬢は思い出の夜を繰り返す

おのまとぺ
恋愛
「君を愛することはない!」 鳴り響く鐘の音の中で、三年の婚約期間の末に結ばれるはずだったマルクス様は高らかに宣言しました。隣には彼の義理の妹シシーがピッタリとくっついています。私は笑顔で「承知いたしました」と答え、ガラスの靴を脱ぎ捨てて、一目散に式場の扉へと走り出しました。 え?悲しくないのかですって? そんなこと思うわけないじゃないですか。だって、私はこの三年間、一度たりとも彼を愛したことなどなかったのですから。私が本当に愛していたのはーーー ◇よくある婚約破棄 ◇元サヤはないです ◇タグは増えたりします ◇薬物などの危険物が少し登場します

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ
ファンタジー
 圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。  アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。  ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?                        それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。  自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。  このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。  それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。 ※小説家になろうさんで投稿始めました

[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・

青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。 婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。 「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」 妹の言葉を肯定する家族達。 そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。 ※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。

処理中です...