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幕間

とある侯爵令息の金蔓

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「ルーカス、今日は公爵家に呼ばれているんだが、お前も行くか?」

 父のその言葉はつまり、俺を一人前と認めたということ。

「行きます!」

 我がフォスター侯爵家は王国最大のウェッブ商団の商団主だ。俺は将来それを継ぎ、もっともっと儲けるつもりである。金は良い。金に勝るものはない。平民相手にも商売をする汚い貴族だと嗤う奴らもいるけれど、平民をただの労働者としてしか見ていないお前らの方が馬鹿だと俺は思うのだ。
 平民は確かに大きな金を使わない。しかし平民がいてくれなければ何もできないことを貴族のほとんどが理解していない。平民の生活をより良くしてあげることこそが貴族のするべきことなのだ。

 そんな持論を持つ俺にこの日、父親について行った公爵家で、素晴らしい出会いがあった。

「こんなものがあるといいなと考えていた物があって、それを作ってもらうことはできますか?」

 ノヴァック公爵家で、公爵夫人と共にドレスや宝飾品を見ていた少女が言った。その子はスタングロム侯爵家のご令嬢で、ノヴァック公爵家とは懇意にしていて、この日の買い物もほとんど公爵夫人からご令嬢へのプレゼントのようだった。

「どんなものでしょう?」

「授乳をする頃の母親や、乳母が身に付ける下着なんですが、こういう仕掛けが付いていて、この上にこういった綿の生地が……」

 という風に、紙に絵を描きながら説明してくれた。授乳をする際に乳房を出し入れする手間を極限まで減らしたい。というのがご令嬢の意図らしく、さらにはドレスまでも授乳に適した構造にして表面上は美しく、しかし乳房を出すことが容易にできるデザインを描いてくれた。
 そもそも貴族夫人は授乳をしないことの方が多く、子育てのほとんどを乳母に任せるのが常識である中、自分は子供に授乳をして自分で育てたいのだと言い切った。
 平民であっても買い求められるよう安価で作成する案も出してくれて、貴族夫人に受け入れられることはまぁ無いだろうが、乳母や平民の女性向けであれば商品化もありだというのが俺と父の答えだった。
 つまりは、このアイディアをもとに商売をさせて欲しいと、こちらが逆にご令嬢にお願いすることになったのである。

「将来私が手に入れられるようになるのであれば、そちらが儲けようが損しようが私は構いませんわ」

 ご令嬢にアイディア料を提案すると、もし売れなかった場合に責任だなんだと言われては堪らないのでいりません。と、すっぱり断られた。
 その代わり、また欲しい物があったら作って欲しいと言われた。有り難い提案過ぎて戸惑うほどだった。

 そして、ご令嬢からもらったアイディアを商品にすると、これがまた結構売れるのだ。その後も女性向けや子供向けのアイディアをくれるのだが、悉く売れる。
 そんな訳で、ご令嬢は我が商団にとって金のなる木になった。ご令嬢のお相手担当は同い年で話しやすいと俺になり、いつしかノヴァック公爵家も俺が任されることになって、ウィリアムとも交流を持つようになっていた。



 貴族学校の入学試験を間近に控え、三人で勉強会をしていると、アドリアーナが口を開いた。

「もう入学試験は来週ね」

「試験が終わったら一緒に城下に遊びに行かないか? 寮に入ってしまったら外出する機会も減ってしまうだろうしな」

「いいわね! 甘い物でも食べに行きましょうよ」

「あぁ、アニーもルークも帰りの馬車はいらないって御者に伝えておけよ」

「やったー! 公爵家のフワフワ馬車で移動よー!」

 意見の合う時だけは本当に仲の良い二人である。うちも爵位は侯爵なのだが、スタングロム侯爵家のように古参の由緒正しい家門ではなく、商売でのし上がった新興貴族なため、アドリアーナとウィリアムのそばにいるのは少し気が引ける。しかし、二人はそんなことを全く気にする風ではなく、気さくに接してくれるのだった。
 学校でも同じクラスだったらいいなと思う。それは入学試験の結果次第なのだけれど……俺は無理そうかな。

「同じクラスになれなくても、ランチや寮で話しかけてくれよ?」

「何言ってるのよ。諦めてないで試験頑張って!」

「あと数日しかないじゃないか」

「頭に詰め込め!」

「無茶を言うなよ」

 俺の頭の中は基本的に金儲けのことばかりが詰まっている。
 あとは、アドリアーナのことくらい。

 アドリアーナがウィリアムの兄上を好きなことは知っている。もうあと数ヶ月もすれば婚約をすることも聞いている。
 それでもやっぱりアドリアーナのことが好きだという気持ちは消えることはなく、心の片隅にポッと小さく、温かな光のように、俺を励まして、幸せにしてくれるのだ。
 理解されない俺の持論を、まるっと全て簡単に受け入れてくれたご令嬢は、領民に対してとても優しい公爵夫人になるのだろう。

 どうかいつまでも、そんなアドリアーナのことをそばで見ていられますように。友人としてで十分だから。
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