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幕間
とある王子様の惚気
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舗装された道が途切れて、ガタガタと揺れ出した馬車の中。向かいに座る愛しい人は穏やかな表情で景色を眺めている。
「ティア、疲れてない?」
「えぇ、大丈夫です。オーキッド様は?」
「私も大丈夫だよ。今日の夕方には城に着くはずだ」
「そうですか」
楽しみですね、と微笑むティアは本当に楽しみに思っていそうな顔をしている。
「もう今更だけれど、本当にあの領でよかったのかい? 王都とも、スタングロム領とも離れているけど」
「オーキッド様が厳選された王室直轄領の中から私が選ばせてもらったのですよ? 比較的温暖で雪もあまり降らず、他国と隣接しておらず、平地が多い良い土地です」
「それはそうなんだけれど……」
兄が立太子するより前に、私の王位継承権を捨てて、私の貴族学校卒業に合わせて臣籍降下し、王室直轄領の一つと侯爵位を賜った。すぐにオーキッド・シェイファーとしてティアと結婚し、そして今、そのシェイファー領へと向かっているのである。
予定では貴族学校卒業後にティアも王宮に入り、半年ほど後に結婚をするはずだった。しかし『第二王子派』と勝手に集っている連中の動きだったり、側妃である母の体調であったり、とにかくさっさと王族辞めたい事案がいくつかあってこういうことになった。
そもそも第二王子派ってなんだ。第一王子派が無いのに第二王子派とか成立しないだろう。大体本人である私が第二王子派じゃない。王太子はアズール兄さん。それでいいのだ。
「私、初めて自分の家、自分の家族と呼べるものができる気がして……わくわくしているんです」
「その気持ちはとてもよく分かるよ」
「王都ともスタングロム領とも遠いのがいいのですわ。あなたとお義母様と私で、新しい家族を作っていきたいのです」
「そうだね。ありがとう」
ティアの母親は、スタングロム領で過ごしているらしいが、会いに行くつもりも手紙を書いたりする気もないという。『自分は弱い人間だから、母に関わるとまたお人形のようになってしまう気がする』とティアは言う。
そのお人形というのは、少し前までの母のような感じなのだろうか。父王の言うなりで、自分の考えを言えず、言えないからと諦めて考えることすら放棄する。健全ではない愛のかたち。
父王は母をとても愛していた。
正妃様より母を。アズール兄さんやセレストより私を。父王は我々二人を愛していて、それを隠しもしなかった。
おかげで母は正妃様の嫌がらせを受け精神を病み、父王の歪んだ愛にさらされてあまり喋るということをしなくなった。
私はそんな母を少しでも守れるよう常に笑顔を貼り付け、穏やかな振りをして、父王からの愛情も、王位などという大それた権力も、私は望んでいないんですよという顔をして生きることを強いられた。
そうして長い時間をかけて、ようやく私と母は王宮から逃げられた。ティアという可愛いお嫁さんも一緒に。
「お義母様は、シェイファーで楽しく過ごされているようですよ」
「もうあっちに移って半年程になるからね。少しは慣れたようで安心したよ」
「私たちもあちらで少し落ち着いたら歓迎会を開いてくださるそうです。その時にタキシードとウェディングドレス姿を見せて欲しいとお手紙に書いてありましたわ」
「あぁ、それはいいね。母は参列できなかったから」
「領民の皆さんも招いて盛大にできると嬉しいのですけれど」
「そんなに大きな領ではないけれど、皆んなは無理かな。主要人物くらいだろう。でも落ち着いたら領内の視察に回るから、ティアも無理のない範囲で一緒に挨拶へ行こう」
「はい! ありがとうございます」
未来のことを、楽しみだねと話せる相手がいることが私にとってどれほどの幸せか、ティアに伝わっているだろうか。
君が隣にいてくれてよかったと思うたび、私は惜しみなくそれを伝えていく。
「ティア、愛してるよ」
照れた顔で『私もお慕いしています』と言ってくれる君が、いつまでも隣で笑っていてくれますように。
「ティア、疲れてない?」
「えぇ、大丈夫です。オーキッド様は?」
「私も大丈夫だよ。今日の夕方には城に着くはずだ」
「そうですか」
楽しみですね、と微笑むティアは本当に楽しみに思っていそうな顔をしている。
「もう今更だけれど、本当にあの領でよかったのかい? 王都とも、スタングロム領とも離れているけど」
「オーキッド様が厳選された王室直轄領の中から私が選ばせてもらったのですよ? 比較的温暖で雪もあまり降らず、他国と隣接しておらず、平地が多い良い土地です」
「それはそうなんだけれど……」
兄が立太子するより前に、私の王位継承権を捨てて、私の貴族学校卒業に合わせて臣籍降下し、王室直轄領の一つと侯爵位を賜った。すぐにオーキッド・シェイファーとしてティアと結婚し、そして今、そのシェイファー領へと向かっているのである。
予定では貴族学校卒業後にティアも王宮に入り、半年ほど後に結婚をするはずだった。しかし『第二王子派』と勝手に集っている連中の動きだったり、側妃である母の体調であったり、とにかくさっさと王族辞めたい事案がいくつかあってこういうことになった。
そもそも第二王子派ってなんだ。第一王子派が無いのに第二王子派とか成立しないだろう。大体本人である私が第二王子派じゃない。王太子はアズール兄さん。それでいいのだ。
「私、初めて自分の家、自分の家族と呼べるものができる気がして……わくわくしているんです」
「その気持ちはとてもよく分かるよ」
「王都ともスタングロム領とも遠いのがいいのですわ。あなたとお義母様と私で、新しい家族を作っていきたいのです」
「そうだね。ありがとう」
ティアの母親は、スタングロム領で過ごしているらしいが、会いに行くつもりも手紙を書いたりする気もないという。『自分は弱い人間だから、母に関わるとまたお人形のようになってしまう気がする』とティアは言う。
そのお人形というのは、少し前までの母のような感じなのだろうか。父王の言うなりで、自分の考えを言えず、言えないからと諦めて考えることすら放棄する。健全ではない愛のかたち。
父王は母をとても愛していた。
正妃様より母を。アズール兄さんやセレストより私を。父王は我々二人を愛していて、それを隠しもしなかった。
おかげで母は正妃様の嫌がらせを受け精神を病み、父王の歪んだ愛にさらされてあまり喋るということをしなくなった。
私はそんな母を少しでも守れるよう常に笑顔を貼り付け、穏やかな振りをして、父王からの愛情も、王位などという大それた権力も、私は望んでいないんですよという顔をして生きることを強いられた。
そうして長い時間をかけて、ようやく私と母は王宮から逃げられた。ティアという可愛いお嫁さんも一緒に。
「お義母様は、シェイファーで楽しく過ごされているようですよ」
「もうあっちに移って半年程になるからね。少しは慣れたようで安心したよ」
「私たちもあちらで少し落ち着いたら歓迎会を開いてくださるそうです。その時にタキシードとウェディングドレス姿を見せて欲しいとお手紙に書いてありましたわ」
「あぁ、それはいいね。母は参列できなかったから」
「領民の皆さんも招いて盛大にできると嬉しいのですけれど」
「そんなに大きな領ではないけれど、皆んなは無理かな。主要人物くらいだろう。でも落ち着いたら領内の視察に回るから、ティアも無理のない範囲で一緒に挨拶へ行こう」
「はい! ありがとうございます」
未来のことを、楽しみだねと話せる相手がいることが私にとってどれほどの幸せか、ティアに伝わっているだろうか。
君が隣にいてくれてよかったと思うたび、私は惜しみなくそれを伝えていく。
「ティア、愛してるよ」
照れた顔で『私もお慕いしています』と言ってくれる君が、いつまでも隣で笑っていてくれますように。
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