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幕間
とある公爵令嬢の失恋
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「まさかこの私が第一王子殿下の婚約者になるとはな」
「意外か? 順当だと思うが」
私の自嘲にも近い言葉に、従兄であるアレキサンダー・ノヴァックが応える。
顔が恐くて近寄り難いと令嬢達から避けられているこの男は、まぁ確かに蝶よ花よと育てられ、見目麗しい男と御伽噺のような恋を夢見るふわふわした令嬢からしてみれば恐いだろう。
短く切り揃えられた金髪に、ルビーのように赤赤とした瞳は鋭い三白眼で、唇は常に真一文字に結ばれていて笑みを湛えるなどということはない。話せば簡潔な言葉しか出てこないし、冗談や甘い言葉なんて吐こうものならそれこそ翌日は豪雪だ。
「私は君と結婚するものだと思っていたよ」
でもそんなアレキサンダー・ノヴァックが好きだった。
騎士の家系に生まれ、ひたむきに剣の腕を磨き、いつも生傷を作っていた。自分にとても厳しいのに、他人には優しく、いつも寛大で。嘘も、おべっかも言わない真面目で律儀な君の隣にずっといたいと思っていた。
だが、貴族令嬢として生まれたからには、御伽噺のような恋などやはり夢でしかなく、政略結婚の駒にされてしまうのだ。
「二代続けてフォーサイスの美姫を娶ったら、この国の貴族からノヴァック家が呪い潰される」
「君にしては面白い冗談だ」
「冗談じゃない。本気だ」
「社交界の華と呼ばれるシルヴィア伯母様と私は違うさ」
「何を言う。リディアも母上に負けず劣らず美しいよ」
私の顔が綺麗なことは知っている。
フォーサイス家は美形ばかりが生まれる家系だ。綺麗な顔の持ち主しかいないのだから、綺麗な顔の持ち主が嫁いできて、また綺麗な顔が生まれる。当然のことである。
そんなフォーサイス家の中でも一際美しいと言われてきたのが、アレキサンダーの母であり、私の父の姉、シルヴィア伯母様で。そのシルヴィア伯母様が惚れ込み、口説き落としたのがアレキサンダーの父、アーサー伯父様である。
美女と野獣とまで言われた二人の恋物語はふわふわした令嬢達の憧れとなっているにも関わらず、アレキサンダーは全くモテない。とても不思議で、でもそれが有り難かった。
もう私には関係のないことだけれど。
「よければ信頼のおける女性騎士を紹介してくれ。君と気安い関係であれば尚良い」
「どうしてだ?」
「アズール殿下の婚約者になるのだからそのうち騎士が付けられるだろう? 男性騎士だと厄介な事になるかもしれないから、最初から女性の方がいい。君はアズール殿下の騎士になるんだろ? 連携を取りやすい方がやりやすいんじゃないか?」
「あー……いや、いくら何でも騎士が護衛対象に懸想したりしないだろう」
「君は伯母様とウィリアムの顔で見慣れているから私にも何も感じないだけだ」
「うーん、まぁ、リディアがそう望むならアズール殿下や父上に進言しておく」
「すまないな」
こういう場面ですぐに折れるアレキサンダーを好ましく思う。自分も騎士なのに、騎士であるということに誇りを持っているのに、仲間の騎士を軽んじられているというのに。私を否定しない。
一緒にいればいるほどに、好きだと思わされてしまうのに、私はアズール殿下に嫁ぎ、アレキサンダーはアズール殿下の騎士になる。
大好きな人の前で、他の男の妻となる。
貴族令嬢になんて、生まれなければよかったと生まれて初めて思うのだ。あぁ、私はなんと幸せで、滑稽な存在なのだろう。
「意外か? 順当だと思うが」
私の自嘲にも近い言葉に、従兄であるアレキサンダー・ノヴァックが応える。
顔が恐くて近寄り難いと令嬢達から避けられているこの男は、まぁ確かに蝶よ花よと育てられ、見目麗しい男と御伽噺のような恋を夢見るふわふわした令嬢からしてみれば恐いだろう。
短く切り揃えられた金髪に、ルビーのように赤赤とした瞳は鋭い三白眼で、唇は常に真一文字に結ばれていて笑みを湛えるなどということはない。話せば簡潔な言葉しか出てこないし、冗談や甘い言葉なんて吐こうものならそれこそ翌日は豪雪だ。
「私は君と結婚するものだと思っていたよ」
でもそんなアレキサンダー・ノヴァックが好きだった。
騎士の家系に生まれ、ひたむきに剣の腕を磨き、いつも生傷を作っていた。自分にとても厳しいのに、他人には優しく、いつも寛大で。嘘も、おべっかも言わない真面目で律儀な君の隣にずっといたいと思っていた。
だが、貴族令嬢として生まれたからには、御伽噺のような恋などやはり夢でしかなく、政略結婚の駒にされてしまうのだ。
「二代続けてフォーサイスの美姫を娶ったら、この国の貴族からノヴァック家が呪い潰される」
「君にしては面白い冗談だ」
「冗談じゃない。本気だ」
「社交界の華と呼ばれるシルヴィア伯母様と私は違うさ」
「何を言う。リディアも母上に負けず劣らず美しいよ」
私の顔が綺麗なことは知っている。
フォーサイス家は美形ばかりが生まれる家系だ。綺麗な顔の持ち主しかいないのだから、綺麗な顔の持ち主が嫁いできて、また綺麗な顔が生まれる。当然のことである。
そんなフォーサイス家の中でも一際美しいと言われてきたのが、アレキサンダーの母であり、私の父の姉、シルヴィア伯母様で。そのシルヴィア伯母様が惚れ込み、口説き落としたのがアレキサンダーの父、アーサー伯父様である。
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もう私には関係のないことだけれど。
「よければ信頼のおける女性騎士を紹介してくれ。君と気安い関係であれば尚良い」
「どうしてだ?」
「アズール殿下の婚約者になるのだからそのうち騎士が付けられるだろう? 男性騎士だと厄介な事になるかもしれないから、最初から女性の方がいい。君はアズール殿下の騎士になるんだろ? 連携を取りやすい方がやりやすいんじゃないか?」
「あー……いや、いくら何でも騎士が護衛対象に懸想したりしないだろう」
「君は伯母様とウィリアムの顔で見慣れているから私にも何も感じないだけだ」
「うーん、まぁ、リディアがそう望むならアズール殿下や父上に進言しておく」
「すまないな」
こういう場面ですぐに折れるアレキサンダーを好ましく思う。自分も騎士なのに、騎士であるということに誇りを持っているのに、仲間の騎士を軽んじられているというのに。私を否定しない。
一緒にいればいるほどに、好きだと思わされてしまうのに、私はアズール殿下に嫁ぎ、アレキサンダーはアズール殿下の騎士になる。
大好きな人の前で、他の男の妻となる。
貴族令嬢になんて、生まれなければよかったと生まれて初めて思うのだ。あぁ、私はなんと幸せで、滑稽な存在なのだろう。
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