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第二部(アレク編)
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※sideアレク
うだうだとしている間にスタングロム侯爵家に行く日になった。アニーに会うのがつらくてオスカー殿の指南を辞めてしまいたい気持ちと、そんな無責任なことはできないという気持ちがせめぎ合って、結論は出ないまま。
いつものようにアニーとオスカー殿とニコラスがで迎えてくれた時に、アニーから夕食後に二人で話す時間が欲しいと言われた。あぁ、何を言われるのだろう。少し億劫だなと思った。
夕食後、俺を見送りに行くと言うアニーを侯爵が止めて、それをカーラ様に嗜められて、渋々認めるというよく分からない構図を眺めながら、かつての自分とアニーとチェルシーの生活に思いを馳せた。
あの幸せだった日々には戻れないのだろうか……。
暑い季節とはいえ夜は冷えるので、公爵家の馬車の中で話をしようと提案した。馬車の外には御者もいるし、侯爵家のメイドも控えている。ドアを少しだけ開けておけば、密室に二人きりにはならない。……まぁ6歳の女の子相手に何があるというわけでもないと思うが、念のため。
「アレク様、聞きたいことがあるのです」
「あぁ、何でも聞いてくれ」
「ご婚約者はいらっしゃるのですか?」
「まだいないが……それが?」
「アレク様は結婚について、どうお考えですか? いつ頃とか、どんな女性と、とか」
君が成人したらすぐに、君と結婚したいと言えたなら、どんなにいいだろう。
「結婚について、今は何も口にできることはない。ただまぁ俺と結婚したいという物好きな令嬢はいないな」
父に似て、女性に全く好感を持たれない強面。剣にばかり夢中になって育ってきたせいか女性の気持ちなど全く察せない。公爵家と縁を結びたい親に連れられて顔を合わせても、俺の風貌に慄く令嬢ばかりだ。
「アレク様は公爵家嫡男で王国騎士様ですし、引くて数多ではないですか?」
「肩書きは立派なものかもしれないが、この顔に、剣術しか頭になくデリカシーの欠片もない男だ。女性には好かれないさ」
「なにをっ? その素敵なお顔が欠点だとでも!? それにデリカシーがないなんて思ったことは一度もないですし、いつだって紳士でいらっしゃいますわ!」
アニーが本当にそう思ってくれているなら、他の誰にどう思われていようが構わないと本気で思う。
「そう言ってくれるのは嬉しいが、俺が女性に好かれないのは事実だ」
「アレク様は魅力的な方です! 私、アレク様と結婚したいとお父様に言いました!」
「……な、に……俺と?」
頭が真っ白になる。
まさか、そんな話になるとは思っていなかった。てっきりアニーは別の男と婚約したいのだとばかり思っていた。
「私はまだ6歳で、成人まで12年もかかってしまいますが、どうか私と婚約をしてくださいませんか?」
「……本気で言っているのか?」
「本気です」
「本当に、俺でいいのか?」
「アレク様がいいのです」
まず思ったのは、すごく嬉しい、ということ。そして、本当に俺でいいのだろうかと自信の無い自分が頭を擡げる。
「……アニーが、貴族学校へ入った一年目の夏。それまで気持ちが変わらなかったら、婚約しよう」
「それは子供相手に使う断りの常套句では」
「そうじゃない。俺はそれまで婚約をしたり、恋人を作ったりすることはしないと誓う」
「本当ですか? 私の気持ちが変わらなかったら本当に婚約してくださいますか?」
「……本当だ」
アニーの必死さが嬉しい。今これだけ望んでくれている内に婚約を結んでしまって逃げられなくしてしまおうかという考えを何とか押さえ込み返事をする。
するとアニーが疑いの眼差しで見てくるので、人の気も知らないでと少し恨めしい気がしてくる。
「こんな口約束で済ませようとするのは君のためだ。今後、俺なんかよりもっといい男にいくらでも出会うだろうから、そうなれば……」
「アレク様より素敵な男性なんておりませんわ!」
「それならそれで、君が貴族学校に入学した最初の夏に正式に婚約しよう」
「そのお言葉、絶対に忘れないでくださいませ」
「……忘れるものか」
君が無かったことにしましょうと言わないことをただただ願う。
俺はこれから、俺と結婚することを君が周りから羨ましがられるような男になる。公爵令息として、騎士として、紳士として、立派な男になってみせる。
……この顔は、どうしようもないけれど。
うだうだとしている間にスタングロム侯爵家に行く日になった。アニーに会うのがつらくてオスカー殿の指南を辞めてしまいたい気持ちと、そんな無責任なことはできないという気持ちがせめぎ合って、結論は出ないまま。
いつものようにアニーとオスカー殿とニコラスがで迎えてくれた時に、アニーから夕食後に二人で話す時間が欲しいと言われた。あぁ、何を言われるのだろう。少し億劫だなと思った。
夕食後、俺を見送りに行くと言うアニーを侯爵が止めて、それをカーラ様に嗜められて、渋々認めるというよく分からない構図を眺めながら、かつての自分とアニーとチェルシーの生活に思いを馳せた。
あの幸せだった日々には戻れないのだろうか……。
暑い季節とはいえ夜は冷えるので、公爵家の馬車の中で話をしようと提案した。馬車の外には御者もいるし、侯爵家のメイドも控えている。ドアを少しだけ開けておけば、密室に二人きりにはならない。……まぁ6歳の女の子相手に何があるというわけでもないと思うが、念のため。
「アレク様、聞きたいことがあるのです」
「あぁ、何でも聞いてくれ」
「ご婚約者はいらっしゃるのですか?」
「まだいないが……それが?」
「アレク様は結婚について、どうお考えですか? いつ頃とか、どんな女性と、とか」
君が成人したらすぐに、君と結婚したいと言えたなら、どんなにいいだろう。
「結婚について、今は何も口にできることはない。ただまぁ俺と結婚したいという物好きな令嬢はいないな」
父に似て、女性に全く好感を持たれない強面。剣にばかり夢中になって育ってきたせいか女性の気持ちなど全く察せない。公爵家と縁を結びたい親に連れられて顔を合わせても、俺の風貌に慄く令嬢ばかりだ。
「アレク様は公爵家嫡男で王国騎士様ですし、引くて数多ではないですか?」
「肩書きは立派なものかもしれないが、この顔に、剣術しか頭になくデリカシーの欠片もない男だ。女性には好かれないさ」
「なにをっ? その素敵なお顔が欠点だとでも!? それにデリカシーがないなんて思ったことは一度もないですし、いつだって紳士でいらっしゃいますわ!」
アニーが本当にそう思ってくれているなら、他の誰にどう思われていようが構わないと本気で思う。
「そう言ってくれるのは嬉しいが、俺が女性に好かれないのは事実だ」
「アレク様は魅力的な方です! 私、アレク様と結婚したいとお父様に言いました!」
「……な、に……俺と?」
頭が真っ白になる。
まさか、そんな話になるとは思っていなかった。てっきりアニーは別の男と婚約したいのだとばかり思っていた。
「私はまだ6歳で、成人まで12年もかかってしまいますが、どうか私と婚約をしてくださいませんか?」
「……本気で言っているのか?」
「本気です」
「本当に、俺でいいのか?」
「アレク様がいいのです」
まず思ったのは、すごく嬉しい、ということ。そして、本当に俺でいいのだろうかと自信の無い自分が頭を擡げる。
「……アニーが、貴族学校へ入った一年目の夏。それまで気持ちが変わらなかったら、婚約しよう」
「それは子供相手に使う断りの常套句では」
「そうじゃない。俺はそれまで婚約をしたり、恋人を作ったりすることはしないと誓う」
「本当ですか? 私の気持ちが変わらなかったら本当に婚約してくださいますか?」
「……本当だ」
アニーの必死さが嬉しい。今これだけ望んでくれている内に婚約を結んでしまって逃げられなくしてしまおうかという考えを何とか押さえ込み返事をする。
するとアニーが疑いの眼差しで見てくるので、人の気も知らないでと少し恨めしい気がしてくる。
「こんな口約束で済ませようとするのは君のためだ。今後、俺なんかよりもっといい男にいくらでも出会うだろうから、そうなれば……」
「アレク様より素敵な男性なんておりませんわ!」
「それならそれで、君が貴族学校に入学した最初の夏に正式に婚約しよう」
「そのお言葉、絶対に忘れないでくださいませ」
「……忘れるものか」
君が無かったことにしましょうと言わないことをただただ願う。
俺はこれから、俺と結婚することを君が周りから羨ましがられるような男になる。公爵令息として、騎士として、紳士として、立派な男になってみせる。
……この顔は、どうしようもないけれど。
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