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第二部(アレク編)
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※sideアレク
侯爵家の騎士たちの訓練はまず走り込みから始まった。それはまぁどこも変わらないことで、王国騎士団も公爵家の騎士もそうなのだが……遅い。あまりに遅かった。
12歳の子供が付いて走れる程度のスピードと距離を大人の騎士が走るなど……指摘していいものか、他家の騎士に出過ぎた真似だろうかと思いつつ、一緒に走った。
その後も様々な訓練を共にしたが、侯爵家の騎士はレベルが低いという感想しかなかった。この中で訓練していても、オスカー殿が王国騎士になれる日は来ないだろう。侯爵が父に指南役を斡旋してくれと言った理由が分かった。
気が付けばアニーの姿がなかった。始めはアニーに良いところを見せたいと意識していたのだが、いつの間にか忘れてしまっていた。剣術バカで全く女性に好かれない所以だ。
訓練の合間に休憩を挟むのだが、オスカー殿からの騎士に関する質問攻めが落ち着いてきたあたりで、アニーについて聞いてみることにした。
「とても仲がよさそうに見えるが、昔から兄妹仲が良いのか?」
「いいえ、恥ずかしながら兄妹仲だけでなく家族仲が良くなかったのです。それが先月頃からいい雰囲気になりまして、今はとても良い家になったと思っています」
「先月から……」
やはり、アニーも俺と同じように遡ったのだ。そして、不仲であった家族との関係を改善した。
ということは、アニーは再び平民になるような失態は避けるつもりでいるのだろう。以前うまくいかなかったと言っていた婚約者との関係も改善するのだろうか。
俺ともう一度、と言う気持ちは……ないのだろうか。
訓練後、オスカー殿に勧められて来客用の浴室を使わせてもらった。このあと夕食に誘われているので素直に有難かった。着替えは公爵家の者に用意させたが、汗や汚れも落とせるに越したことはない。
身を清めて浴室を出ると、メイドに案内されて食堂に向かう。アニーが作ってくれた食事はどんなものだろうかと楽しみで仕方がない。
食堂にはすでに侯爵家の面々が揃っていて、俺は遅くなったことを詫びながら着席した。
「アレキサンダー卿、紹介させてもらうよ。アニーの母のカーラと、我が家の長女のモンティアナだ。そしてこちらがオスカーに剣の指南をしてくださる王国騎士のアレキサンダー・ノヴァック侯爵令息だ」
紹介してもらい、初めまして、よろしく、といった挨拶を簡単に交わす。
アニーは自分を庶子と言っていたから、アニーの母ということは侯爵の愛妾。であれば侯爵夫人はどこに? あまり夫人と愛妾が食事を同席するというのは考えられないから……今日は外しているのだろうか?
「アーサーの息子である君に隠し事をしても仕方がないから言ってしまうが、妻は領地で蟄居させている」
「……そう、でしたか。私の口からどこかへ漏らすようなことはありませんのでその点はご安心ください」
「君を見ていると、若い頃のアーサーを思い出すよ。『チェンバレンの娘なんかとはやめておけ』と、何度も言われていたんだ。……ハハ、あいつは『だから言ったろう』と笑うだろうな」
「ノヴァック家はチェンバレン家とあまり良い関係ではないのでそういう言動になっただけで、夫人のことを否定したわけではないと思います」
「……そうだな。すまない。ティア、オスカー、お前達に聞かせる内容ではなかった」
侯爵の謝罪に『いえ』とだけ返すモンティアナ嬢とオスカー殿。罰が悪そうな顔をしている侯爵、居心地の悪そうなカーラ様。なんという空気になってしまったのだろう。これを覆す能力は俺には無い。
どうしたものかと思っていると、食堂の扉が開いた。ぴょこっと顔を出して、慌てたような顔をしながら早足でやってくるアニー。
「すみませんっ、大変お待たせをいたしましたっ!」
アニーの可愛らしさに、空気が和んだのは言うまでもない。
侯爵家の騎士たちの訓練はまず走り込みから始まった。それはまぁどこも変わらないことで、王国騎士団も公爵家の騎士もそうなのだが……遅い。あまりに遅かった。
12歳の子供が付いて走れる程度のスピードと距離を大人の騎士が走るなど……指摘していいものか、他家の騎士に出過ぎた真似だろうかと思いつつ、一緒に走った。
その後も様々な訓練を共にしたが、侯爵家の騎士はレベルが低いという感想しかなかった。この中で訓練していても、オスカー殿が王国騎士になれる日は来ないだろう。侯爵が父に指南役を斡旋してくれと言った理由が分かった。
気が付けばアニーの姿がなかった。始めはアニーに良いところを見せたいと意識していたのだが、いつの間にか忘れてしまっていた。剣術バカで全く女性に好かれない所以だ。
訓練の合間に休憩を挟むのだが、オスカー殿からの騎士に関する質問攻めが落ち着いてきたあたりで、アニーについて聞いてみることにした。
「とても仲がよさそうに見えるが、昔から兄妹仲が良いのか?」
「いいえ、恥ずかしながら兄妹仲だけでなく家族仲が良くなかったのです。それが先月頃からいい雰囲気になりまして、今はとても良い家になったと思っています」
「先月から……」
やはり、アニーも俺と同じように遡ったのだ。そして、不仲であった家族との関係を改善した。
ということは、アニーは再び平民になるような失態は避けるつもりでいるのだろう。以前うまくいかなかったと言っていた婚約者との関係も改善するのだろうか。
俺ともう一度、と言う気持ちは……ないのだろうか。
訓練後、オスカー殿に勧められて来客用の浴室を使わせてもらった。このあと夕食に誘われているので素直に有難かった。着替えは公爵家の者に用意させたが、汗や汚れも落とせるに越したことはない。
身を清めて浴室を出ると、メイドに案内されて食堂に向かう。アニーが作ってくれた食事はどんなものだろうかと楽しみで仕方がない。
食堂にはすでに侯爵家の面々が揃っていて、俺は遅くなったことを詫びながら着席した。
「アレキサンダー卿、紹介させてもらうよ。アニーの母のカーラと、我が家の長女のモンティアナだ。そしてこちらがオスカーに剣の指南をしてくださる王国騎士のアレキサンダー・ノヴァック侯爵令息だ」
紹介してもらい、初めまして、よろしく、といった挨拶を簡単に交わす。
アニーは自分を庶子と言っていたから、アニーの母ということは侯爵の愛妾。であれば侯爵夫人はどこに? あまり夫人と愛妾が食事を同席するというのは考えられないから……今日は外しているのだろうか?
「アーサーの息子である君に隠し事をしても仕方がないから言ってしまうが、妻は領地で蟄居させている」
「……そう、でしたか。私の口からどこかへ漏らすようなことはありませんのでその点はご安心ください」
「君を見ていると、若い頃のアーサーを思い出すよ。『チェンバレンの娘なんかとはやめておけ』と、何度も言われていたんだ。……ハハ、あいつは『だから言ったろう』と笑うだろうな」
「ノヴァック家はチェンバレン家とあまり良い関係ではないのでそういう言動になっただけで、夫人のことを否定したわけではないと思います」
「……そうだな。すまない。ティア、オスカー、お前達に聞かせる内容ではなかった」
侯爵の謝罪に『いえ』とだけ返すモンティアナ嬢とオスカー殿。罰が悪そうな顔をしている侯爵、居心地の悪そうなカーラ様。なんという空気になってしまったのだろう。これを覆す能力は俺には無い。
どうしたものかと思っていると、食堂の扉が開いた。ぴょこっと顔を出して、慌てたような顔をしながら早足でやってくるアニー。
「すみませんっ、大変お待たせをいたしましたっ!」
アニーの可愛らしさに、空気が和んだのは言うまでもない。
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