17 / 98
第一部(侯爵家編)
17
しおりを挟む
侯爵家の騎士に混じっての訓練が走り込みから始まった。お兄様は遅れずに走り切った。それだけでもすごいと、私は思う。
だって12歳よ? それが大人の騎士と同じだけ走るんだもん。本当にすごいわ。
走って、跳んで、格闘して、剣を打ち合って、馬に乗って走らせて……数時間に及ぶ訓練を最初から最後までやり切ったお兄様は、ヘトヘトになりながら、でもしっかりとした足取りで、私の元へと戻って来られた。
「こんなに長くただ見ているだけで、退屈じゃなかったか?」
「退屈だなんてとんでもない! お兄様のこれまでの努力を思うと、感動したくらいです!」
「俺なんてまだまださ」
「そんなことありません! まだたったの12歳なんですよ!?」
「6歳に言われてもな」
「それは、確かに。その通りですけれど」
尻すぼみになっていく私に苦笑しながら、隣に腰を下ろしたお兄様。タオルで荒々しく顔に流れてくる汗を拭うと口を開いた。
「騎士は、王国直轄の王国騎士団と、一貴族が私兵として所持している騎士団の二通りだ。実力は当然、王国騎士の方が高いし、王国騎士は武勲をあげると一代限りの爵位だが騎士爵を授与されることもある。私兵としての騎士とは全く別物なんだ」
「そうなんですね」
「王国騎士になるには、まず従騎士となる試験に受かり、またさらに正騎士となる試験に受かる必要があるんだ。従騎士試験は14歳から受けることができる」
「あと二年ですね!」
「……俺は受けられないさ」
「どうしてです? ちゃんと実力をお持ちじゃないですか。あと二年あればさらに……」
「スタングロム侯爵は代々文官だ。武官は過去一人もいない」
「お兄様が一人目になればいいではないですか」
「あの人が許すわけがないだろ」
「ジュディスお母様ですか?」
「……ああ」
お兄様もお姉様同様にジュディスお母様の価値観に縛られているのね。あの人って本当、母親として褒められた人じゃないわ。おそらくは彼女なりに二人を大事にしているんでしょうけれど、彼女の思う幸せを押し付けられた子供が苦しんでいると気付いていない。
第一王子殿下の婚約者、未来の王妃の道も。
代々文官として確固たる地位を持つスタングロム侯爵の道も。
本人がなりたいと思っていなければ、ただの柵でしかないのに。
「では、今から私について来てください」
「……は?」
「従騎士試験を受けられるよう、直談判しに行きましょう!」
「はぁ!?」
話してみなければ分からない。
人生をやり直してから私が何度も何度も実感していることだ。
前の人生では、お兄様は貴族学校で算術を専門に学び、卒業後文官となるべく、お父様の下で執務に励んでいた。だけど実は、王国騎士になる夢を諦めて、その道を歩んでいたのだ。
私は王国騎士になる夢を諦めて欲しくない。諦めるにしても、できることを全部やってからにして欲しい。
そんな思いで、私は戸惑うお兄様の手を引いて歩き出した。
だって12歳よ? それが大人の騎士と同じだけ走るんだもん。本当にすごいわ。
走って、跳んで、格闘して、剣を打ち合って、馬に乗って走らせて……数時間に及ぶ訓練を最初から最後までやり切ったお兄様は、ヘトヘトになりながら、でもしっかりとした足取りで、私の元へと戻って来られた。
「こんなに長くただ見ているだけで、退屈じゃなかったか?」
「退屈だなんてとんでもない! お兄様のこれまでの努力を思うと、感動したくらいです!」
「俺なんてまだまださ」
「そんなことありません! まだたったの12歳なんですよ!?」
「6歳に言われてもな」
「それは、確かに。その通りですけれど」
尻すぼみになっていく私に苦笑しながら、隣に腰を下ろしたお兄様。タオルで荒々しく顔に流れてくる汗を拭うと口を開いた。
「騎士は、王国直轄の王国騎士団と、一貴族が私兵として所持している騎士団の二通りだ。実力は当然、王国騎士の方が高いし、王国騎士は武勲をあげると一代限りの爵位だが騎士爵を授与されることもある。私兵としての騎士とは全く別物なんだ」
「そうなんですね」
「王国騎士になるには、まず従騎士となる試験に受かり、またさらに正騎士となる試験に受かる必要があるんだ。従騎士試験は14歳から受けることができる」
「あと二年ですね!」
「……俺は受けられないさ」
「どうしてです? ちゃんと実力をお持ちじゃないですか。あと二年あればさらに……」
「スタングロム侯爵は代々文官だ。武官は過去一人もいない」
「お兄様が一人目になればいいではないですか」
「あの人が許すわけがないだろ」
「ジュディスお母様ですか?」
「……ああ」
お兄様もお姉様同様にジュディスお母様の価値観に縛られているのね。あの人って本当、母親として褒められた人じゃないわ。おそらくは彼女なりに二人を大事にしているんでしょうけれど、彼女の思う幸せを押し付けられた子供が苦しんでいると気付いていない。
第一王子殿下の婚約者、未来の王妃の道も。
代々文官として確固たる地位を持つスタングロム侯爵の道も。
本人がなりたいと思っていなければ、ただの柵でしかないのに。
「では、今から私について来てください」
「……は?」
「従騎士試験を受けられるよう、直談判しに行きましょう!」
「はぁ!?」
話してみなければ分からない。
人生をやり直してから私が何度も何度も実感していることだ。
前の人生では、お兄様は貴族学校で算術を専門に学び、卒業後文官となるべく、お父様の下で執務に励んでいた。だけど実は、王国騎士になる夢を諦めて、その道を歩んでいたのだ。
私は王国騎士になる夢を諦めて欲しくない。諦めるにしても、できることを全部やってからにして欲しい。
そんな思いで、私は戸惑うお兄様の手を引いて歩き出した。
44
お気に入りに追加
932
あなたにおすすめの小説
モブに転生したので前世の好みで選んだモブに求婚しても良いよね?
狗沙萌稚
恋愛
乙女ゲーム大好き!漫画大好き!な普通の平凡の女子大生、水野幸子はなんと大好きだった乙女ゲームの世界に転生?!
悪役令嬢だったらどうしよう〜!!
……あっ、ただのモブですか。
いや、良いんですけどね…婚約破棄とか断罪されたりとか嫌だから……。
じゃあヒロインでも悪役令嬢でもないなら
乙女ゲームのキャラとは関係無いモブ君にアタックしても良いですよね?
婚約破棄の現場に遭遇した悪役公爵令嬢の父親は激怒する
白バリン
ファンタジー
田中哲朗は日本で働く一児の父であり、定年も近づいていた人間である。
ある日、部下や娘が最近ハマっている乙女ゲームの内容を教えてもらった。
理解のできないことが多かったが、悪役令嬢が9歳と17歳の時に婚約破棄されるという内容が妙に耳に残った。
「娘が婚約破棄なんてされたらたまらんよなあ」と妻と話していた。
翌日、田中はまさに悪役公爵令嬢の父親としてゲームの世界に入ってしまった。
数日後、天使のような9歳の愛娘アリーシャが一方的に断罪され婚約破棄を宣言される現場に遭遇する。
それでも気丈に振る舞う娘への酷い仕打ちに我慢ならず、娘をあざけり笑った者たちをみな許さないと強く決意した。
田中は奮闘し、ゲームのガバガバ設定を逆手にとってヒロインよりも先取りして地球の科学技術を導入し、時代を一挙に進めさせる。
やがて訪れるであろう二度目の婚約破棄にどう回避して立ち向かうか、そして娘を泣かせた者たちへの復讐はどのような形で果たされるのか。
他サイトでも公開中
辺境は独自路線で進みます! ~見下され搾取され続けるのは御免なので~
紫月 由良
恋愛
辺境に領地を持つマリエ・オリオール伯爵令嬢は、貴族学院の食堂で婚約者であるジョルジュ・ミラボーから婚約破棄をつきつけられた。二人の仲は険悪で修復不可能だったこともあり、マリエは快諾すると学院を早退して婚約者の家に向かい、その日のうちに婚約が破棄された。辺境=田舎者という風潮によって居心地が悪くなっていたため、これを機に学院を退学して領地に引き籠ることにした。
魔法契約によりオリオール伯爵家やフォートレル辺境伯家は国から離反できないが、関わり合いを最低限にして独自路線を歩むことに――。
※小説家になろう、カクヨムにも投稿しています
世界最強の公爵様は娘が可愛くて仕方ない
猫乃真鶴
ファンタジー
トゥイリアース王国の筆頭公爵家、ヴァーミリオン。その現当主アルベルト・ヴァーミリオンは、王宮のみならず王都ミリールにおいても名の通った人物であった。
まずその美貌。女性のみならず男性であっても、一目見ただけで誰もが目を奪われる。あと、公爵家だけあってお金持ちだ。王家始まって以来の最高の魔法使いなんて呼び名もある。実際、王国中の魔導士を集めても彼に敵う者は存在しなかった。
ただし、彼は持った全ての力を愛娘リリアンの為にしか使わない。
財力も、魔力も、顔の良さも、権力も。
なぜなら彼は、娘命の、究極の娘馬鹿だからだ。
※このお話は、日常系のギャグです。
※小説家になろう様にも掲載しています。
※2024年5月 タイトルとあらすじを変更しました。
地味薬師令嬢はもう契約更新いたしません。~ざまぁ? 没落? 私には関係ないことです~
鏑木 うりこ
恋愛
旧題:地味薬師令嬢はもう契約更新致しません。先に破ったのはそちらです、ざまぁ?没落?私には関係ない事です。
家族の中で一人だけはしばみ色の髪と緑の瞳の冴えない色合いで地味なマーガレッタは婚約者であったはずの王子に婚約破棄されてしまう。
「お前は地味な上に姉で聖女のロゼラインに嫌がらせばかりして、もう我慢ならん」
「もうこの国から出て行って!」
姉や兄、そして実の両親にまで冷たくあしらわれ、マーガレッタは泣く泣く国を離れることになる。しかし、マーガレッタと結んでいた契約が切れ、彼女を冷遇していた者達は思い出すのだった。
そしてマーガレッタは隣国で暮らし始める。
★隣国ヘーラクレール編
アーサーの兄であるイグリス王太子が体調を崩した。
「私が母上の大好物のシュー・ア・ラ・クレームを食べてしまったから……シューの呪いを受けている」
そんな訳の分からない妄言まで出るようになってしまい心配するマーガレッタとアーサー。しかしどうやらその理由は「みなさま」が知っているらしいーー。
ちょっぴり強くなったマーガレッタを見ていただけると嬉しいです!
乙女ゲームのモブに転生していると断罪イベント当日に自覚した者ですが、ようやく再会できた初恋の男の子が悪役令嬢に攻略され済みなんてあんまりだ
弥生 真由
恋愛
『貴女との婚約は、たった今をもって解消させてもらう!!』
国のこれからを背負う若者たちが学院を卒業することを祝って開かれた舞踏会の日、めでたい筈のその席に響いた第一皇子の声を聞いた瞬間、私の頭にこの場面と全く同じ“ゲーム”の場面が再生された。
これ、もしかしなくても前世でやり込んでた乙女ゲームの終盤最大の山場、“断罪イベント”って奴じゃないですか!?やり方間違ったら大惨事のやつ!!
しかし、私セレスティア・スチュアートは貧乏領地の伯爵令嬢。容姿も社交も慎ましく、趣味は手芸のみでゲームにも名前すら出てこないザ・モブ of the モブ!!
何でよりによってこのタイミングで記憶が戻ったのか謎だけど、とにかく主要キャラじゃなくてよかったぁ。……なんて安心して傍観者気取ってたら、ヒロインとメインヒーローからいきなり悪役令嬢がヒロインをいじめているのを知る目撃者としていきなり巻き込まれちゃった!?
更には、何でかメインヒーロー以外のイケメン達は悪役令嬢にぞっこんで私が彼等に睨まれる始末!
しかも前世を思い出した反動で肝心の私の過去の記憶まで曖昧になっちゃって、どっちの言い分が正しいのか証言したくても出来なくなっちゃった!
そんなわけで、私の記憶が戻り、ヒロイン達と悪役令嬢達とどちらが正しいのかハッキリするまで、私には逃げられないよう監視がつくことになったのですが……それでやって来たのが既に悪役令嬢に攻略され済みのイケメン騎士様でしかも私の初恋の相手って、神様……これモブに与える人生のキャパオーバーしてませんか?
婚約破棄された貧乏令嬢ですが、意外と有能なの知っていますか?~有能なので王子に求婚されちゃうかも!?~
榎夜
恋愛
「貧乏令嬢となんて誰が結婚するんだよ!」
そう言っていましたが、隣に他の令嬢を連れている時点でおかしいですわよね?
まぁ、私は貴方が居なくなったところで困りませんが.......貴方はどうなんでしょうね?
一家の恥と言われた令嬢ですが、嫁ぎ先で本領を発揮させていただきます
風見ゆうみ
恋愛
ベイディ公爵家の次女である私、リルーリアは貴族の血を引いているのであれば使えて当たり前だと言われる魔法が使えず、両親だけでなく、姉や兄からも嫌われておりました。
婚約者であるバフュー・エッフエム公爵令息も私を馬鹿にしている一人でした。
お姉様の婚約披露パーティーで、お姉様は現在の婚約者との婚約破棄を発表しただけでなく、バフュー様と婚約すると言い出し、なんと二人の間に出来た子供がいると言うのです。
責任を取るからとバフュー様から婚約破棄された私は「初夜を迎えることができない」という条件で有名な、訳アリの第三王子殿下、ルーラス・アメル様の元に嫁ぐことになります。
実は数万人に一人、存在するかしないかと言われている魔法を使える私ですが、ルーラス様の訳ありには、その魔法がとても効果的で!? そして、その魔法が使える私を手放したことがわかった家族やバフュー様は、私とコンタクトを取りたがるようになり、ルーラス様に想いを寄せている義姉は……。
※レジーナブックス様より書籍発売予定です!
※本編完結しました。番外編や補足話を連載していきます。のんびり更新です。
※作者独自の異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。
※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる