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本編

福運

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※side雪田

「……う、わー。あたまいてー……」

 目が覚めた瞬間に酷い頭痛がして、昨晩バカみたいに飲んだことを思い出す。大学に入って初めて酒を飲んだ時から、4ヶ月。二日酔いになんてなったことがなかったから自分は酒に強いんだと思っていたけれど。俺もやっぱり平凡な日本人だったか。

「大丈夫? 三木さんに頭痛薬あるか聞いてみようか?」

「……竹下さん……?」

「ん?」

「……いつからそこに?」

 そこで初めて周りを見渡した。布団を5組も敷いてもまだ余りある広い和室には、眠っているモトとニーナがいて。そして、今起きたばかりの俺の隣の布団には、同じく起き抜けっぽい竹下さんがいて……寝癖すらもかっこいい。

「いつからって、昨日からずっといたよ。俺と一緒にここに来たの、もしかして覚えてない?」

「…………竹下さんが俺と一緒に?」

「そうだよ。え、昨日の夜のこと全然覚えてないの?」

「……酒を飲んでたとこまでは覚えてるんすけど。俺……なんか失礼なこととかしなかったすか? 変なこと口走ったりとか……」

 なんでだ。なんで何も思い出せないんだ。どうしよう。竹下さんが困ったような顔になってるよ。絶対なんかしたんだ。俺、酔った勢いで竹下さんになんてことを……!

「昨日ね、雪田が俺に言ってくれたことがどういう意味なのか、聞こうと思ってたんだけど。……そっか。覚えてないんだ」

 まさか。まさかまさか。俺……酔っ払って竹下さんに『好き』とか言ってないよな……?
 聞けない。何て言ったのか聞いて、それで本当に『好き』なんて言ってたら……。引かれる。嫌われる。っつーか、すでに引いてたりとか。『どういう意味なのか聞く』なんて、それしか思いつかねぇよ。

「お、俺が昨日なんて言ったか分かんないっすけど、そんなの酔っ払いの戯言っす! 口からでまかせっす! 世迷言っす! 忘れて下さい! お願いします!」

 急に大きな声を出したせいで尋常じゃないくらい頭痛がする。でも、今言わなきゃ。なかったことにしなきゃ、自分を好きな男だなんてバレたら……せっかく、竹下さんと話せるようになれたのに。嫌われたくない。気持ち悪い奴だと思われたくない。

「うん。雪田にとっては、大したことないことだったんだよね。分かった、……忘れるよ」

 そう言った竹下さんの表情は何だか寂しげで、俺まで少し切なくなった。

「まだ寝てんのかー?」

 少し重たい空気をかき消すような勢いで、霧島さんが襖を開けた。

「お。なんだ起きてんじゃん。三木さんのお母さんが朝メシ作ってくれてるから、そこの二人も起こしてキッチンに来い。ここ出て左だぞ」

「はい、了解っす」

「俺は今から三木さんを呼びに行くけど、小野さんも一緒だよな?」

「うん。昨日、三木さんの部屋で寝るって布団運んでたから。あ、入る前に絶対ノックしろよ。絶対だぞ」

「わーってるよ。先輩にそんな失礼なことしねーよ」

 そう言いながら霧島さんは三木さんの部屋があるらしい2階に上がって行った。俺は心の中で『ほんとかよ』と思いつつもあえてそれを口にしなかったが、竹下さんは『嘘つけよ』と言ったので、霧島さんについては竹下さんと同じ認識をしているのだと知る。

「じゃあ、そこの二人起こすか」

 竹下さんは立ち上がって自分が寝ていた敷き布団を三つ折りにし、その上に綺麗に畳んだ薄い掛け布団と枕を乗せた。俺も慌ててそれに倣う。

「俺が二人起こすから、雪田はじゅんぺーが寝るはずだった分の布団も畳んでくれる?」

「あ、はい!」

 そうか。霧島さんはやっぱりここで寝ていないのか。道理で布団が綺麗なままだと……というか、あれだけの女性がいて、霧島さんが霧島さん式恋愛の作法を行っていない訳がない。
 そんなことを考えながら布団を畳んでいると、竹下さんの『メシだぞ、起きろー』という声と、『ぐえっ』という奇妙な声が聞こえた。見ると、さっきまで布団の上で寝ていたはずのモトが畳の上に転がっていた。

「お前もさっさと起きろー」

 竹下さんはそう声を掛けながら、ニーナが寝ている敷き布団を容赦無く引っ張り上げて、ニーナが畳の上に転がり落ちた。モトもそうやって起こされたんだろうと察する。

「何だよもー!」

 寝起きの悪いニーナが不機嫌に声を荒げたが、竹下さんの方がやっぱり上手で。

「何だよじゃねーよ」

 ニーナと一緒に落ちた枕を蹴って、ニーナの顔にヒットさせた。なんというスパルタな起こし方。俺が竹下さんの部屋に泊めてもらった時はあんなに優しく起こしてくれたのに。まさか体調が悪くなければああなっていたんだろうか?

「……あ、竹下さん。おはようございます」

「起こして下さってありがとうございます」

「はいはい、メシ食いに行くぞ」

 パパッと二人の布団も畳み終えた竹下さんが次に発した声は、さっきまでとは全然違っていて。なんだか俺は妙な気分になる。

「雪田、布団畳めた? じゃあ行こっか?」

 竹下さんが俺にだけ特別に優しいんじゃないかって勘違いしそうになるほど、それは甘い声で、柔らかい口調だった。
 もしも本当に昨晩俺が竹下さんに『好き』と言っていたとして。今朝、恋愛感情としての『好き』なのだと言っていたら。竹下さんは、何て答えてくれたんだろう……? そう考えて、気が付いた。
 竹下さんに好きな人ができたからって、俺の片想いが終わるわけじゃない。そうだ。俺の気持ちを竹下さんに伝えない限り、終わったりはしないのだ。
 望みがないのは初めから分かっていた。最近は少し欲張りになっていたけれど、元々竹下さんは手の届かないような人なんだから。俺はこのままずっと、自分の気持ちを隠したまま、竹下さんの後輩としてそばにいる道を選べばいい。
 高校時代を思い返してみろ。俺は今、あの頃の俺の何百倍も何千倍も幸せ者だぞ。だから、いいんだ。このままで。

 今朝もまた小野さんは、三木さんのお母さんを褒めちぎり、三木さんに怒られていた。気に入られようという下心が見え見えなので小野さんには少し呆れるが、三木さんのお母さんが美人で料理上手だという点を否定はしない。

 今日も海で遊んでから帰るということになった。体調があまり優れないと言う三木さんと、三木さんに付き添いたいと言う小野さんを置いて、5人で海に向かった。
 女と遊びたいなら別行動をする。そう竹下さんが言った結果、霧島さん、モト、ニーナの三人と、竹下さんと俺の二人に分かれることになった。
 何というラッキー! 海で竹下さんと二人で遊べるなんて!
 そう思ったのもつかの間。さて、海で二人で何をしよう? と話している間に、女性から声を掛けられてしまった。やっぱり竹下さんはモテるなぁなんて感心しながら他人事のような顔をして女性の相手を竹下さんに丸投げしていたせいか、竹下さんの機嫌がみるみる内に悪くなっていくのに焦った。

 海にいると邪魔が入るから、帰る時間までこの町をブラブラしてみないかという竹下さんの提案に、俺は即座に大賛成。
 服に着替えたり、出掛ける準備をするために一度三木さんの家に戻ってから、海とは反対の方角へ歩き出した。

 何があるという訳ではなかった。住宅街を抜けると商店街やJRの駅があって、少し大きめのデパートがあった。買い食いしたり、服を見たり、歩いて話したり。それだけのことだったけれど、俺は舞い上がっていた。遠い存在だった憧れの先輩と二人で、まるでデートのような時間を過ごせたから。
 同じ大学に入って良かったと、心の底から思った。

 そして、帰り道。昨日今日でたくさんの女性の連絡先をゲットしたと霧島さんがホクホクしていたり、モトとニーナが撃沈している車内で。

「今度二人でメシ食いに行かない? 前に朝メシのお礼するって言ったのもまだだったし」

 と、竹下さんから誘われた。何が起こっているというのだ。俺の人生こんなに順調でいいのかと、逆に不安になりつつも。

「すみません。明日から幼馴染みが俺の部屋に泊まりに来るんすよ。それでしばらく体が空きそうにないっす」

「そうなんだ」

「竹下さんとお食事はまじで行きたいんすよ。ていうか、前に合コンで体調崩した時のことも、昨日お世話になったこともお礼したいんで、是非俺に奢らせて欲しいんすけど。また今度、俺から誘ってもいいっすか?」

「うん。もちろん。でも、雪田に奢らせはしないけどね」

 にっこりと笑いながら、竹下さんがそう言ってくれて。この旅行で竹下さんと親睦を深められたのでは! と思っていた俺の淡い期待は、ものの数秒で小野さんに打ち砕かれた。

「ユキがだめだったんならさー、俺とメシ行かねぇ? 竹下に話したいことあるんだよな」

「あ、俺も小野さんに聞きたいことがあるんですよ。是非。行きましょう」

 なんでそんなにイキイキしてるんだよ。明らかに俺を誘った時より乗り気じゃん。普通にヘコむ。

「……小野さん。もし余計なこと言ったら、縁を切りますから。分かってますよね?」

「お、おっす」

「竹下も。何のこと言ってんのか分かるよな? 絶対に聞くな。聞いたらお前の痛い発言を暴露するぞ」

「……肝に命じます」

 何のことを言っているのか俺には全く分からなかったが、小野さんと竹下さんがアイコンタクトを交わすのを見て、この人達は三木さんの忠告を無視する気だということは分かった。
 俺に分からないことを、竹下さんと共有する小野さんに嫉妬する自分が嫌だった。


「で? 憧れの竹下さんとはどうなった?」

 幼馴染みと数ヶ月ぶりに会って、数日の間はお互いの近況とか、家族の話や共通の友人の話をしていたのだけれど。ついに来ましたか。やっと話せますか! いやー、自分から竹下さんのネタ振るのはなんか違うと思って待ってたけど、ほんと長かった。

「聞いてくれ。俺に奇跡が起こった」

「は?」

「仲良くなれたんだよ! 竹下さんと!」

「まじで言ってんの?」

「嘘偽りなく言ってます。二人で遊んだこともあるし、お互いの家に行ったこともあるぜ!」

「……ふーん」

 え、それだけ? それで何をしたとか聞いてくれよ。もっと竹下さんの話をさせろ。お前しか言える奴いないんだから。
 表情からするともう竹下さんの話を聞く気は全くないようだ。メニューを見つめて何を食おうかとしか考えてなさそうな様子にがっかりする。

 子供の頃からの付き合いだ。俺の好きな物も嫌いな物もばっちり把握してくれているのだから、オーダーは任せてしまおうと思い、俺は入り口の方をボーッと見ていた。すると、引き戸が開いて入ってきたのは、なんと竹下さんだった。

「竹下さん! と、小野さん」

 おっと。物凄くおまけ感が出てしまった。『おい、俺はおまけか』と言いたそうな小野さんの表情が何とも言えない。

「あ、そっか。雪田ん家この辺だもんね。すごい偶然だね」

 数日ぶりに見る竹下さんの笑顔。眩しいです。かっこいいです。

「そうっすね! 今日はあれっすか? 前に言ってた、お二人で話したいことがあるっていう……」

「お、おー! あれな! ……そんなことより、一緒にいるのが幼馴染み君? 紹介してくれよ」

「あ、幼馴染みの笹川那央っす。俺と同い年っす」

 言われる前に紹介するべきだったかな? いやでも、わざわざ幼馴染みを先輩に紹介するものか? と、少しだけ疑問に思いつつ紹介する。

「で、こちらがサークルの先輩の小野さんと、竹下さん」

 竹下さんのことは那央も当然知っているのだけれど、しっかりと紹介する。竹下さんからすれば、初対面なのだから。

「初めまして。笹川です。もし宜しければご一緒にいかがですか? 俺達もまだ席に着いたばかりで注文はまだですし。それに、こいつの大学での様子もお聞きしたいですから。こいつの両親からも頼まれているので」

「えっ、まじで? もー、何でもかんでも那央に言っときゃいいってとこあんだよな。うちの親って」

「お前がきちんと電話に出たり、メールを返せば、こういうことにはならないんだよ」

「だーってさー……」

「よーし! じゃあ俺らも一緒に飲もうかな! なっ、竹下!」

 小野さんが俺の言葉を遮るようにそう言った。こちらから誘っておいて、身内ネタをいつまでも先輩達の前で続けるところだった。何て失礼な奴だ。
 小野さんは一緒に飲もうと言ってくれたけど、竹下さんはそれでいいのかな? 俺は結構期待を込めた顔をして、竹下さんの答えを待った。

「そうですね。迷惑じゃなければ」

「迷惑なんてあるわけないっす! じゃあどうぞどうぞ!」

 那央と向かい合って座っていた席から立ち、先輩達に勧めた。そして、俺は那央の隣に座り直した。狙った訳ではないが、竹下さんの正面ゲット! 何だか今日はツイてるなー。
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