99 / 108
番外編
7(完)
しおりを挟む
次に意識が戻った時、そこは結城の腕の中だった。いつもの部屋、いつものベッド、いつもの体勢で抱き締められている。混乱したのは一瞬で、すぐに安心した。悪い夢を見ただけだ。ああ、よかった……と。
ベッドから抜け出てコーヒーを淹れる。昨日まで当たり前にしていたことが妙に久し振りで、その当たり前を幸せに感じる。のそのそと起きてくる結城におはようと声を掛ける。ご機嫌な様子の花月を少し不思議がりながらもおはようと返してくれる。
いつもの朝、いつもの二人。
結城が出かけると同時に現れる山下の顔を見ると涙が出そうになった。なぜか様子のおかしい花月に首を傾げながらも山下はいつも通り朝食を作り始める。
「山下さん! 今日は俺いっぱい食べますよ!」
やたらと太らせたがる山下の喜びそうなことを口にする。とにかく山下に感謝の気持ちを伝えたかった。夢の中の出来事だったのだから、実際には山下は何もしていないのだが。
しかし、現実に起きたとしても、山下なら同じことをしてくれるだろうという確信がある。
「えらいご機嫌ですね。何かええことあったんですか?」
「ひどい夢を見たんですよ。当たり前だと思ってた日常がめちゃくちゃ幸せだったんだって感動するくらい辛い夢で。山下さんとこんな風に普通に喋れるだけで嬉しいんです」
「どんな悪夢やったんですか、やばいな。せやけど花月さんらしいですね。あー夢でよかった、で終わらんと、日常大事にしよって思ってはるんでしょ? 例えばそれが今日一日だけやったとしてもめっちゃ有意義な気ぃしますね」
山下の言う通りかもしれない。また眠って目が覚めて、なんて事ない日常が当たり前に続く。花月がこんなに日常を愛おしく思えるのは今だけなのかもしれない。それもまた、自分らしいと花月は自嘲気味に笑った。
その晩、結城が帰ってからの会話に花月は酷くデジャヴを覚えた。
「そろそろお前の父親の三回忌だろ。どうするんだ?」
「親戚のおっさんが色々手配してくれるらしい。葬式ん時もそうだったけどな。……結城は、来てくれるのか?」
「行けねぇよ」
ああ、この会話は完全に、今朝の夢と同じだと気が付いた。
「忙しいのか?」
「時間が作れないことはないが、それは関係なくそもそも行く気が無い。俺が行ける訳ねぇだろ、普通に考えろ」
「なんで、何でそうなんだよ。俺が来てくれって言ってんのに」
「俺が極道で、お前の周りはそうじゃない。だからお前の父親の三回忌なんざに俺は顔を出せねぇ。それだけだ。もちろん香典は用意する」
「お前がヤクザかどうかなんか関係ねぇよ! 俺のそばにいてくれって言ってるだけだろ」
「……無理だ。またどっかで時間作って二人で墓参りに行くぞ。それでいいだろ」
このあと花月は言うのだ。『もういい!』と。そして外へ飛び出し、居眠り運転の車に轢かれる。
つい口から出そうになった言葉を寸前で飲み込んだ。
「……約束だからな」
結城は正直驚いた。花月の性格ならば確実にここで引くことはない。キレて罵声を飛ばし、この場から離れるくらいはするだろうと思っていたからだ。
親戚とは上手くいっていないことくらい想像が付く。大きな借金を抱えていた父親は親戚から疎ましく思われていただろうし、加えて父子家庭だった。その環境で育った花月を快く思う親戚はそういないだろう。
きっと花月は、親戚などよりも組員の方が家族に近い存在なのだろうと、同じ思いの結城は感じていた。
「あぁ。約束だ」
結城に促されて腕の中に収まった。しばらくして、どこかで救急車のサイレンが鳴るのが聞こえてくる。
花月は知っている。その救急車で運ばれるのは一人。居眠り運転で事故を起こした運転手のみ。そして、運転手は検査の結果、無傷だと。
ふ、と鼻から息を洩らすように笑った花月の頬に、結城が軽くキスをした。
end.
ベッドから抜け出てコーヒーを淹れる。昨日まで当たり前にしていたことが妙に久し振りで、その当たり前を幸せに感じる。のそのそと起きてくる結城におはようと声を掛ける。ご機嫌な様子の花月を少し不思議がりながらもおはようと返してくれる。
いつもの朝、いつもの二人。
結城が出かけると同時に現れる山下の顔を見ると涙が出そうになった。なぜか様子のおかしい花月に首を傾げながらも山下はいつも通り朝食を作り始める。
「山下さん! 今日は俺いっぱい食べますよ!」
やたらと太らせたがる山下の喜びそうなことを口にする。とにかく山下に感謝の気持ちを伝えたかった。夢の中の出来事だったのだから、実際には山下は何もしていないのだが。
しかし、現実に起きたとしても、山下なら同じことをしてくれるだろうという確信がある。
「えらいご機嫌ですね。何かええことあったんですか?」
「ひどい夢を見たんですよ。当たり前だと思ってた日常がめちゃくちゃ幸せだったんだって感動するくらい辛い夢で。山下さんとこんな風に普通に喋れるだけで嬉しいんです」
「どんな悪夢やったんですか、やばいな。せやけど花月さんらしいですね。あー夢でよかった、で終わらんと、日常大事にしよって思ってはるんでしょ? 例えばそれが今日一日だけやったとしてもめっちゃ有意義な気ぃしますね」
山下の言う通りかもしれない。また眠って目が覚めて、なんて事ない日常が当たり前に続く。花月がこんなに日常を愛おしく思えるのは今だけなのかもしれない。それもまた、自分らしいと花月は自嘲気味に笑った。
その晩、結城が帰ってからの会話に花月は酷くデジャヴを覚えた。
「そろそろお前の父親の三回忌だろ。どうするんだ?」
「親戚のおっさんが色々手配してくれるらしい。葬式ん時もそうだったけどな。……結城は、来てくれるのか?」
「行けねぇよ」
ああ、この会話は完全に、今朝の夢と同じだと気が付いた。
「忙しいのか?」
「時間が作れないことはないが、それは関係なくそもそも行く気が無い。俺が行ける訳ねぇだろ、普通に考えろ」
「なんで、何でそうなんだよ。俺が来てくれって言ってんのに」
「俺が極道で、お前の周りはそうじゃない。だからお前の父親の三回忌なんざに俺は顔を出せねぇ。それだけだ。もちろん香典は用意する」
「お前がヤクザかどうかなんか関係ねぇよ! 俺のそばにいてくれって言ってるだけだろ」
「……無理だ。またどっかで時間作って二人で墓参りに行くぞ。それでいいだろ」
このあと花月は言うのだ。『もういい!』と。そして外へ飛び出し、居眠り運転の車に轢かれる。
つい口から出そうになった言葉を寸前で飲み込んだ。
「……約束だからな」
結城は正直驚いた。花月の性格ならば確実にここで引くことはない。キレて罵声を飛ばし、この場から離れるくらいはするだろうと思っていたからだ。
親戚とは上手くいっていないことくらい想像が付く。大きな借金を抱えていた父親は親戚から疎ましく思われていただろうし、加えて父子家庭だった。その環境で育った花月を快く思う親戚はそういないだろう。
きっと花月は、親戚などよりも組員の方が家族に近い存在なのだろうと、同じ思いの結城は感じていた。
「あぁ。約束だ」
結城に促されて腕の中に収まった。しばらくして、どこかで救急車のサイレンが鳴るのが聞こえてくる。
花月は知っている。その救急車で運ばれるのは一人。居眠り運転で事故を起こした運転手のみ。そして、運転手は検査の結果、無傷だと。
ふ、と鼻から息を洩らすように笑った花月の頬に、結城が軽くキスをした。
end.
14
お気に入りに追加
451
あなたにおすすめの小説
嫌われ公式愛妾役ですが夫だけはただの僕のガチ勢でした
ナイトウ
BL
BL小説大賞にご協力ありがとうございました!!
CP:不器用受ガチ勢伯爵夫攻め、女形役者受け
相手役は第11話から出てきます。
ロストリア帝国の首都セレンで女形の売れっ子役者をしていたルネは、皇帝エルドヴァルの為に公式愛妾を装い王宮に出仕し、王妃マリーズの代わりに貴族の反感を一手に受ける役割を引き受けた。
役目は無事終わり追放されたルネ。所属していた劇団に戻りまた役者業を再開しようとするも公式愛妾になるために偽装結婚したリリック伯爵に阻まれる。
そこで仕方なく、顔もろくに知らない夫と離婚し役者に戻るために彼の屋敷に向かうのだった。
【完結】嘘はBLの始まり
紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。
突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった!
衝撃のBLドラマと現実が同時進行!
俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡
※番外編を追加しました!(1/3)
4話追加しますのでよろしくお願いします。

【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

春を拒む【完結】
璃々丸
BL
日本有数の財閥三男でΩの北條院環(ほうじょういん たまき)の目の前には見るからに可憐で儚げなΩの女子大生、桜雛子(さくら ひなこ)が座っていた。
「ケイト君を解放してあげてください!」
大きなおめめをうるうるさせながらそう訴えかけてきた。
ケイト君────諏訪恵都(すわ けいと)は環の婚約者であるαだった。
環とはひとまわり歳の差がある。この女はそんな環の負い目を突いてきたつもりだろうが、『こちとらお前等より人生経験それなりに積んどんねん────!』
そう簡単に譲って堪るか、と大人げない反撃を開始するのであった。
オメガバな設定ですが設定は緩めで独自設定があります、ご注意。
不定期更新になります。


告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした
雨宮里玖
BL
《あらすじ》
昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。
その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。
その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。
早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。
乃木(18)普通の高校三年生。
波田野(17)早坂の友人。
蓑島(17)早坂の友人。
石井(18)乃木の友人。

婚約者に会いに行ったらば
龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。
そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。
ショックでその場を逃げ出したミシェルは――
何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。
そこには何やら事件も絡んできて?
傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる