花を愛でる獅子【本編完結】

千環

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番外編

7(完)

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 次に意識が戻った時、そこは結城の腕の中だった。いつもの部屋、いつものベッド、いつもの体勢で抱き締められている。混乱したのは一瞬で、すぐに安心した。悪い夢を見ただけだ。ああ、よかった……と。
 ベッドから抜け出てコーヒーを淹れる。昨日まで当たり前にしていたことが妙に久し振りで、その当たり前を幸せに感じる。のそのそと起きてくる結城におはようと声を掛ける。ご機嫌な様子の花月を少し不思議がりながらもおはようと返してくれる。
 いつもの朝、いつもの二人。

 結城が出かけると同時に現れる山下の顔を見ると涙が出そうになった。なぜか様子のおかしい花月に首を傾げながらも山下はいつも通り朝食を作り始める。

「山下さん! 今日は俺いっぱい食べますよ!」

 やたらと太らせたがる山下の喜びそうなことを口にする。とにかく山下に感謝の気持ちを伝えたかった。夢の中の出来事だったのだから、実際には山下は何もしていないのだが。
 しかし、現実に起きたとしても、山下なら同じことをしてくれるだろうという確信がある。

「えらいご機嫌ですね。何かええことあったんですか?」

「ひどい夢を見たんですよ。当たり前だと思ってた日常がめちゃくちゃ幸せだったんだって感動するくらい辛い夢で。山下さんとこんな風に普通に喋れるだけで嬉しいんです」

「どんな悪夢やったんですか、やばいな。せやけど花月さんらしいですね。あー夢でよかった、で終わらんと、日常大事にしよって思ってはるんでしょ? 例えばそれが今日一日だけやったとしてもめっちゃ有意義な気ぃしますね」

 山下の言う通りかもしれない。また眠って目が覚めて、なんて事ない日常が当たり前に続く。花月がこんなに日常を愛おしく思えるのは今だけなのかもしれない。それもまた、自分らしいと花月は自嘲気味に笑った。

 その晩、結城が帰ってからの会話に花月は酷くデジャヴを覚えた。

「そろそろお前の父親の三回忌だろ。どうするんだ?」

「親戚のおっさんが色々手配してくれるらしい。葬式ん時もそうだったけどな。……結城は、来てくれるのか?」

「行けねぇよ」

 ああ、この会話は完全に、今朝の夢と同じだと気が付いた。

「忙しいのか?」

「時間が作れないことはないが、それは関係なくそもそも行く気が無い。俺が行ける訳ねぇだろ、普通に考えろ」

「なんで、何でそうなんだよ。俺が来てくれって言ってんのに」

「俺が極道で、お前の周りはそうじゃない。だからお前の父親の三回忌なんざに俺は顔を出せねぇ。それだけだ。もちろん香典は用意する」

「お前がヤクザかどうかなんか関係ねぇよ! 俺のそばにいてくれって言ってるだけだろ」

「……無理だ。またどっかで時間作って二人で墓参りに行くぞ。それでいいだろ」

 このあと花月は言うのだ。『もういい!』と。そして外へ飛び出し、居眠り運転の車に轢かれる。
 つい口から出そうになった言葉を寸前で飲み込んだ。

「……約束だからな」

 結城は正直驚いた。花月の性格ならば確実にここで引くことはない。キレて罵声を飛ばし、この場から離れるくらいはするだろうと思っていたからだ。
 親戚とは上手くいっていないことくらい想像が付く。大きな借金を抱えていた父親は親戚から疎ましく思われていただろうし、加えて父子家庭だった。その環境で育った花月を快く思う親戚はそういないだろう。
 きっと花月は、親戚などよりも組員の方が家族に近い存在なのだろうと、同じ思いの結城は感じていた。

「あぁ。約束だ」

 結城に促されて腕の中に収まった。しばらくして、どこかで救急車のサイレンが鳴るのが聞こえてくる。
 花月は知っている。その救急車で運ばれるのは一人。居眠り運転で事故を起こした運転手のみ。そして、運転手は検査の結果、無傷だと。

 ふ、と鼻から息を洩らすように笑った花月の頬に、結城が軽くキスをした。



 end.
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