花を愛でる獅子【本編完結】

千環

文字の大きさ
上 下
98 / 108
番外編

6

しおりを挟む
「ガキの頃以外だったら、お前の家に乗り込んだ時が俺との初対面だと思ってただろ。俺に接客したこと忘れてな。薄情な奴だ。それか、眼鏡フェチか」

『はぁ?』

 それまで結城の話をしんみりと聞いていた花月が素っ頓狂な声を出した。それは当然『眼鏡フェチ』という言葉に対してのリアクションである。

「自分の人相が悪いことぐらい自覚してるからな。まあ、こんな商売だから人相なんざ悪いくらいでちょうどいい。ただな、お前にビビられでもしたらと思うと、俺でもそれなりにダメージがある。それで、眼鏡で行った。……温和に見られる鳴海の奴も眼鏡無しだと冷血漢を絵に描いたような目をしてやがる。それなら俺でもインテリ臭い眼鏡を掛ければ堅気に見えるだろうと思ってな」

 花月は噴き出した。ブフッ、と盛大に。それでもその場は静かなものだったが。

「その格好で何回も店に行ったし、お前に接客もされた。お前、俺がいつも頼むものまで覚えてたぞ。顔と好みまで認識しておいて、眼鏡外したら気付かないなんて薄情者か、眼鏡フェチだな」

 花月の意識が無いと思って散々な言いようである。それにこの話はおそらく結城の中では恥部なのだろう。だからこそ二年もの間話さずにいたのだ。

「いらっしゃいませ、って俺を迎え入れるお前を抱きしめてやりたいと何回思ったか。お前に笑顔を向けられる度に子供の頃のことを覚えてないか確かめたくて仕方なかった。どうしたら俺のものになるかって、そんなことばかり考えながらコーヒーを飲んでいた」

 自嘲するような笑みを浮かべて、結城は花月の頬を撫でる。そして苦しそうに顔を歪めて、絞り出すように口を開いた。

「……お前の目が覚めるなら、俺が代わりになってもいいって、そんなことすら言ってやれない俺を……許してくれ」

 結城には立場がある。責任もある。野望も、夢も、思い描く未来も。仮に身代わりになるなんて言われたとしても、花月はそれを喜ばない。けれど、そもそもが非現実的な仮定なのに、そうしてやれないと本気で苦しむ、その想いが嬉しかった。

「代わってはやれない。それでも、お前が起きるまで、何があっても、絶対……そばにいる」

『バーカ、それで十分だよ』

「……じゃあ、寝るか」

『おう。休め休め。お前の顔色悪すぎだぞ』

 自分の声が聞こえていない。山下となら感じなかった虚しさや寂しさが花月の胸を蝕んだ。最後に結城に掛けた言葉が憎まれ口だなんて耐えられないと思った。結城以上に大切な人間なんていないと思うほど、結城を想っているのに。大好きだと、愛していると満足に伝えることもできず、このまま死んでしまったら……そんな恐怖でいっぱいになる。

『……おい、起きろ。いい加減に目ぇ覚ませよ、俺。結城も……ぶん殴ってでもいいから、とにかく起きさせてくれ。それで、お前に、ちゃんと……もう一回会いたい……』

 花月の懇願は誰にも届かない。結城にも伝わらない。絶望感に包まれた花月が涙を流した時、まさにその目元に結城の唇が触れた、ように感じた。おやすみ、という結城の声がしたと思うと、花月の意識が遠のいていった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

嫌われ公式愛妾役ですが夫だけはただの僕のガチ勢でした

ナイトウ
BL
BL小説大賞にご協力ありがとうございました!! CP:不器用受ガチ勢伯爵夫攻め、女形役者受け 相手役は第11話から出てきます。  ロストリア帝国の首都セレンで女形の売れっ子役者をしていたルネは、皇帝エルドヴァルの為に公式愛妾を装い王宮に出仕し、王妃マリーズの代わりに貴族の反感を一手に受ける役割を引き受けた。  役目は無事終わり追放されたルネ。所属していた劇団に戻りまた役者業を再開しようとするも公式愛妾になるために偽装結婚したリリック伯爵に阻まれる。  そこで仕方なく、顔もろくに知らない夫と離婚し役者に戻るために彼の屋敷に向かうのだった。

【完結】嘘はBLの始まり

紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。 突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった! 衝撃のBLドラマと現実が同時進行! 俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡ ※番外編を追加しました!(1/3)  4話追加しますのでよろしくお願いします。

すべてを奪われた英雄は、

さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。 その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。 その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。 早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。 乃木(18)普通の高校三年生。 波田野(17)早坂の友人。 蓑島(17)早坂の友人。 石井(18)乃木の友人。

処理中です...