95 / 108
番外編
3
しおりを挟む
涙を堪えるようにきつく閉じていた目を再び開いた結城は、目が少し充血していること以外は平素と変わらない凄味のある顔をしていた。こうして、いつも気を張って、自分を強く見せることを義務付けられている男が、微かに見せた弱味が花月の胸を締め付ける。
『俺は大丈夫だ。割と元気だぞ』
声を掛けたけれど、届きはしない。こんな意味不明な状態ではあるけれど、気付いてはもらえないけれど、せめてそばにいようと思った。ICUから出て行く結城についていく。あともう少しで自身もICUから出るというところで、花月の足は意思に反して止まった。
それは奇妙な感覚だった。なぜかは分からないが、ここから一歩も進んではいけないと頭で理解していた。結城のそばにいたいと感情は叫ぶのに、足は動かない。
『結城!』
そう大声で呼び止めても、口が動いているだけで実際に声が響くことはない。結城はしっかりとした歩調で歩いていく。もうその背中は遠くなっていた。
結城の姿が見えなくなると、なんとなく自分の身体のそばに近寄った。今の自分の状況は、幽体離脱というやつなんだろうか、と考える。それならば身体に戻ればいいだけなんじゃ? とまで考えて、水泳の飛び込みのように勢いよく頭から突っ込んでみたが、目を開けるとそこはベッドの下だった。そりゃそうか、と独り言ちた。その場で立ち上がると、自分の身体の胴体部分から生えているような状態になる。青白い顔をした自分を見下ろしていると、また最悪な気分になった。
勝手に拗ねて、喚いて、飛び出して、事故に遭って。結城に罪悪感を抱かせて、泣かせた。あの結城を、泣かせた。
『……クソすぎる』
聞き分けはいいつもりだった。父親に我が儘を言うこともしなかったし、部活だってサークルだってバイトをする時間に充てた。お金が無いのだから仕方がないと思っていた。家事をすることも、節制した生活を送ることも、嫌だなんて言わなかった。仕方がないから。そう思って生きてきた。
それなのにどうしてだろう。結城には、ついいらないことを言ってしまう。感情に任せて行動してしまって、あとで後悔することが多い。大事な存在なのに。結城の代わりなんて他にいないのに。どうして我が儘ばかり言ってしまうのだろう。なんで、優しくしてあげられないんだろう。
結城はこんなにも、大切にしてくれるのに。だからって、甘えきっていい訳がない。同じだけ、それ以上に、結城を大切にしなきゃいけないのに。
『おい……まじで目は覚めるんだよな? ずっとこのままとか、シャレになんねぇぞ』
眠っている自分に話しかけたところで答えが返ってくるはずもない。
もし、いつまでもこのまま起きなかったら? ここでずっと自分の身体を眺めているのか? 結城が見舞いに来て辛そうにするのを眺めているだけ? いつまで? いつまで結城はここに来てくれる? こんな、眠っているだけの自分に……いつまで付き合っていてくれるのだろうか。
『俺は大丈夫だ。割と元気だぞ』
声を掛けたけれど、届きはしない。こんな意味不明な状態ではあるけれど、気付いてはもらえないけれど、せめてそばにいようと思った。ICUから出て行く結城についていく。あともう少しで自身もICUから出るというところで、花月の足は意思に反して止まった。
それは奇妙な感覚だった。なぜかは分からないが、ここから一歩も進んではいけないと頭で理解していた。結城のそばにいたいと感情は叫ぶのに、足は動かない。
『結城!』
そう大声で呼び止めても、口が動いているだけで実際に声が響くことはない。結城はしっかりとした歩調で歩いていく。もうその背中は遠くなっていた。
結城の姿が見えなくなると、なんとなく自分の身体のそばに近寄った。今の自分の状況は、幽体離脱というやつなんだろうか、と考える。それならば身体に戻ればいいだけなんじゃ? とまで考えて、水泳の飛び込みのように勢いよく頭から突っ込んでみたが、目を開けるとそこはベッドの下だった。そりゃそうか、と独り言ちた。その場で立ち上がると、自分の身体の胴体部分から生えているような状態になる。青白い顔をした自分を見下ろしていると、また最悪な気分になった。
勝手に拗ねて、喚いて、飛び出して、事故に遭って。結城に罪悪感を抱かせて、泣かせた。あの結城を、泣かせた。
『……クソすぎる』
聞き分けはいいつもりだった。父親に我が儘を言うこともしなかったし、部活だってサークルだってバイトをする時間に充てた。お金が無いのだから仕方がないと思っていた。家事をすることも、節制した生活を送ることも、嫌だなんて言わなかった。仕方がないから。そう思って生きてきた。
それなのにどうしてだろう。結城には、ついいらないことを言ってしまう。感情に任せて行動してしまって、あとで後悔することが多い。大事な存在なのに。結城の代わりなんて他にいないのに。どうして我が儘ばかり言ってしまうのだろう。なんで、優しくしてあげられないんだろう。
結城はこんなにも、大切にしてくれるのに。だからって、甘えきっていい訳がない。同じだけ、それ以上に、結城を大切にしなきゃいけないのに。
『おい……まじで目は覚めるんだよな? ずっとこのままとか、シャレになんねぇぞ』
眠っている自分に話しかけたところで答えが返ってくるはずもない。
もし、いつまでもこのまま起きなかったら? ここでずっと自分の身体を眺めているのか? 結城が見舞いに来て辛そうにするのを眺めているだけ? いつまで? いつまで結城はここに来てくれる? こんな、眠っているだけの自分に……いつまで付き合っていてくれるのだろうか。
12
お気に入りに追加
447
あなたにおすすめの小説
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
魔王さんのガチペット
メグル
BL
人間が「魔族のペット」として扱われる異世界に召喚されてしまった、元ナンバーワンホストでヒモの大長谷ライト(26歳)。
魔族の基準で「最高に美しい容姿」と、ホストやヒモ生活で培った「愛され上手」な才能を生かして上手く立ち回り、魔王にめちゃくちゃ気に入られ、かわいがられ、楽しいペット生活をおくるものの……だんだんただのペットでは満足できなくなってしまう。
飼い主とペットから始まって、より親密な関係を目指していく、「尊敬されているけど孤独な魔王」と「寂しがり屋の愛され体質ペット」がお互いの孤独を埋めるハートフル溺愛ストーリーです。
※第11回BL小説大賞、「ファンタジーBL賞」受賞しました!ありがとうございます!!
※性描写は予告なく何度か入ります。
※本編一区切りつきました。後日談を不定期更新中です。
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」
洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。
子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。
人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。
「僕ね、セティのこと大好きだよ」
【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印)
【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ
【完結】2021/9/13
※2020/11/01 エブリスタ BLカテゴリー6位
※2021/09/09 エブリスタ、BLカテゴリー2位
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる