花を愛でる獅子【本編完結】

千環

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番外編

4(完)

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「刺され……えっ!?」

「俺が刺されたくらいで死ぬわけないじゃん。鈴音置いて一人で死ぬなんて、死んでもヤダもん」

「そういう話をしてんじゃねーよ、バカ犬」

 またもや始まった痴話喧嘩だが、それどころではないので花月は結城に向き直った。

「なあ、そんなんだったら俺まじで遊園地行けなくていいからな?」

「お前は何も気にすんな。俺が勝手に敵を作ってるだけだ。お前にこれ以上不自由な思いはさせたくねぇ」

「でも」

「遊園地くらい、いくらでも連れて行ってやる。他にも行きたい所があんなら言えばいいし、欲しい物も言え。我慢すんのに慣れんなバカ」

 これが結城の優しさ。ぶっきらぼうで乱暴な男の精一杯の言葉。結城の不器用な愛情に触れるたび、自分は大事にされているのだと、花月は胸がキュッと苦しくなる。

「ありがとう。俺、めっちゃ嬉しい! 明日が楽しみすぎる!」

 この場に狼と鈴音がいなければ、掻き抱いて息が止まるくらいめちゃくちゃにキスをしてやったものを、と結城は思う。パッと花が咲いたように笑った花月は、それこそ悶絶しそうなくらいに可愛い。無表情を貫いた顔の下で、結城は悶えに悶えた。

「んじゃねー、また明日。っつっても接触はしねーけどな!」

「明日、よろしくお願いします。おやすみなさい」

 花月と鈴音が挨拶を交わし、結城と狼は視線を合わせただけで別れた。
 宿泊するホテルの部屋に着くと、花月はテーマパークのパンフレットを広げた。このアトラクションに乗ってみたい、パレードも見たい、これ食べてみたい、お土産はこれがいい。楽しそうに計画を立てる花月を膝の上に抱く結城も違う意味で楽しそうである。
 文句一つ言わずに結城の膝の上に座り、結城が撫でたりキスをしても、花月はそれに笑顔で応えていた。普段の花月ならば、拒絶をすることは無いが結城の好きにさせているだけという感じで、自ら結城の背に手を回したり、結城に擦り寄ることは無い。
 テーマパークに連れて行くだけで、こんなに素直に甘えてきてくれるのであれば、毎月でも連れて行きたいものだと思う結城だった。

 そして翌朝。ウキウキし過ぎた花月がアラームをセットした時間よりも早く目を覚ました。前日の晩に早く寝たせいでもある。なぜかなかなか就寝させたがらない結城を説得し、半ば無視するような形で眠ったため、結城がいつ寝たのかは分からない。
 結城はまだ目覚めそうにない。普段よりも素直で可愛い花月といつまでもイチャイチャとしていたかったのだが、先に花月が寝てしまったため、軽く寝酒をしてみたり、花月の寝顔を堪能してみたりと一人でもそれはそれで楽しんでいた。

 そして、鈴音に用意させた衣服を身に付けてチェックアウトを済ませ、遊園地へと向かう。その道中も花月はウキウキ、ワクワク、ニコニコといった様子で結城を喜ばせる。
 実際に入場し、よく知るマスコットの着ぐるみに遭遇した時には、まるで子供のようにはしゃいで、しかし律儀に『握手して下さい!』と右手を真っ直ぐ差し出す花月に、結城は笑ってしまった。抱き合ったりされた日には嫉妬に狂うのは間違いないだろうが、握手するのはそれはそれででおかしいだろう。マスコットと自身の恋人が熱く握手を交わす光景は、なかなかに面白いものだった。
 あまりに興奮冷めやらぬ状態が続いているからと、そのあと売店でマスコットの耳が付いた被り物を購入すると、意外にもかなり嬉しそうに被る花月だった。そのとんでもない可愛さに結城が内心悶えたことは言うまでもない。

 一頻り遊んで、ショーを見ながらディナーを食べているその最中、花月は何気ない風を装って、結城に尋ねる。

「なんで今日ここに連れてきてくれたんだ?」

「……なんででもいいだろ」

「気になる。だってこんなのお前らしくねぇもん」

 結城は口籠った。なぜここに連れてきたのか。なぜこんなにも似合わない真似をしているのか。全く気が付かない花月に言うのが、少し……いやかなり気恥ずかしくもあり、がっかりした心地でもあった。

「なあ。なんで?」

「……今日が、お前と付き合い始めた日だから。忘れんな、バカ」

 付き合って一年の記念日。結城は結城なりに、何か特別なことをしたいと考えた。その相談をした相手が、鳴海……を介した真守。友人ならば何をすれば花月を喜ばせられるか分かるだろうと考えてのことだったが、間に鳴海を挟むしか無かったが故にここまで大仰なことになってしまったのだった。しかしながら、鳴海が関与したおかげで休日らしい休日を作れたのだから結果オーライではある。
 しばらくポカーンとしていた花月は、みるみるうちに照れ臭そうに破顔し、結城にこう言うのだ。

「ありがとう! もうまじ……大好き!」

 現金な奴、と思わないでもないけれど。その一言で満たされる。結局は、そう。

 惚れた方が負けなのだ。



end.
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