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番外編
4(完)
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「じゃあ、お邪魔しました」
玄関、と言うには豪奢な空間で、母親に挨拶をした。一歩外に出ると、敷地の外に花月の車が見える。使用人がいるってすごいと思いながら、車へ向かう。
そして気付く。車の向こうにいる人影。それはどう見ても、結城だった。自然と小走りになる足と緩む表情筋。毎日顔を合わせているのに、やっぱり会えると嬉しいのだ。
「結城っ」
「おう。お前の運転が心配で気になって仕方ないからもう来たわ」
「大丈夫だって言ってんのに。心配性だな」
憎まれ口を叩いても、嬉しそうな顔をしては説得力がない。知らない内に結城を喜ばせるのが花月だ。
「帰りは結城が運転してくれる?」
「バカ。そんなことしたら練習になんねぇだろ。運転すんのはお前」
「なーんだ、教官みたいに横でギャーギャー言うなよな」
「それはお前の運転次第だな」
それぞれ車に乗り込む。サッとシートベルトを締める結城が面白い。そこは真面目なのかと花月は内心笑った。
車を発進させるまで、お互い何も喋らなかった。花月の方は人を乗せての走行にそれなりに緊張していたので、喋ろうという気持ちにはならなかったのだが。
「……母親、どうだった?」
「ああ、うん。もうお腹大きかったけど元気そうだったよ。男の子だって」
「そうか」
「結城とのことも、言った。付き合ってるって」
「俺みたいな奴とで、反対されただろ。極道以前に男だからどっちにしろ反対されるだろうがな」
「反対は……してなかったと思う。納得はしてないんだろうけど。ただ、俺の覚悟が甘いってことを言われただけ」
「何の覚悟だ」
「色々と」
結城に言うことじゃねぇし。と、続けた花月の横顔をじっと見つめても、結城にはどんな覚悟なのか察することはできない。
だが、経験上推測することはできる。きっと、結城が花月にとって都合の悪いことをした場合のことを言っているのだろう。
いつか、花月が結城の元から去ることにしても、それを引き止める気はない。絶対にないと言い切れるが、花月に興味がなくなったとしても、ただ放り出すだけで終わるだろう。まあそれでも、花月の方は金を返すと言ってくるだろうとは思うが。
「花月。俺はお前を手放す気はない」
「うん。それでいいよ」
「けどな、お前が俺に愛想尽かしたら、いつでも出て行っていいぞ」
「何だよそれ」
花月は前方から目を離さないが、その表情は明らかにムッとしたものになる。そりゃ、いつかはそんなこともあるかもしれない。でも、今、この時点での花月の気持ちまで軽く見られているような気がしたのだ。
「ま、そんなことにならねぇようにするがな。俺より良い男なんざそうそういねぇしな」
「何だそれ。バカじゃね」
思わず笑う花月。面白くてではない。安心したからだ。
「俺なりに、お前を幸せにする。だからお前は、俺の横で笑ってろ」
「おう。任せとけ」
10時10分。お手本のように両手でハンドルを持つ花月の手を握ることは出来ない。
たった十数分、二人の住む部屋に帰るまでの間だけのことなのに、ああ、こんなことなら自分で運転をすればよかったと結城は思った。
「……帰ったら覚えてろよ」
「は? 俺なんもしてねぇよ」
end.
玄関、と言うには豪奢な空間で、母親に挨拶をした。一歩外に出ると、敷地の外に花月の車が見える。使用人がいるってすごいと思いながら、車へ向かう。
そして気付く。車の向こうにいる人影。それはどう見ても、結城だった。自然と小走りになる足と緩む表情筋。毎日顔を合わせているのに、やっぱり会えると嬉しいのだ。
「結城っ」
「おう。お前の運転が心配で気になって仕方ないからもう来たわ」
「大丈夫だって言ってんのに。心配性だな」
憎まれ口を叩いても、嬉しそうな顔をしては説得力がない。知らない内に結城を喜ばせるのが花月だ。
「帰りは結城が運転してくれる?」
「バカ。そんなことしたら練習になんねぇだろ。運転すんのはお前」
「なーんだ、教官みたいに横でギャーギャー言うなよな」
「それはお前の運転次第だな」
それぞれ車に乗り込む。サッとシートベルトを締める結城が面白い。そこは真面目なのかと花月は内心笑った。
車を発進させるまで、お互い何も喋らなかった。花月の方は人を乗せての走行にそれなりに緊張していたので、喋ろうという気持ちにはならなかったのだが。
「……母親、どうだった?」
「ああ、うん。もうお腹大きかったけど元気そうだったよ。男の子だって」
「そうか」
「結城とのことも、言った。付き合ってるって」
「俺みたいな奴とで、反対されただろ。極道以前に男だからどっちにしろ反対されるだろうがな」
「反対は……してなかったと思う。納得はしてないんだろうけど。ただ、俺の覚悟が甘いってことを言われただけ」
「何の覚悟だ」
「色々と」
結城に言うことじゃねぇし。と、続けた花月の横顔をじっと見つめても、結城にはどんな覚悟なのか察することはできない。
だが、経験上推測することはできる。きっと、結城が花月にとって都合の悪いことをした場合のことを言っているのだろう。
いつか、花月が結城の元から去ることにしても、それを引き止める気はない。絶対にないと言い切れるが、花月に興味がなくなったとしても、ただ放り出すだけで終わるだろう。まあそれでも、花月の方は金を返すと言ってくるだろうとは思うが。
「花月。俺はお前を手放す気はない」
「うん。それでいいよ」
「けどな、お前が俺に愛想尽かしたら、いつでも出て行っていいぞ」
「何だよそれ」
花月は前方から目を離さないが、その表情は明らかにムッとしたものになる。そりゃ、いつかはそんなこともあるかもしれない。でも、今、この時点での花月の気持ちまで軽く見られているような気がしたのだ。
「ま、そんなことにならねぇようにするがな。俺より良い男なんざそうそういねぇしな」
「何だそれ。バカじゃね」
思わず笑う花月。面白くてではない。安心したからだ。
「俺なりに、お前を幸せにする。だからお前は、俺の横で笑ってろ」
「おう。任せとけ」
10時10分。お手本のように両手でハンドルを持つ花月の手を握ることは出来ない。
たった十数分、二人の住む部屋に帰るまでの間だけのことなのに、ああ、こんなことなら自分で運転をすればよかったと結城は思った。
「……帰ったら覚えてろよ」
「は? 俺なんもしてねぇよ」
end.
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