花を愛でる獅子【本編完結】

千環

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番外編

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 母親の屋敷に到着すると、使用人がやって来て車の駐車をやっておくという旨をとんでもなく丁寧な言葉で言われた。ホテルみたいだなー、なんて花月は思いながら、携帯を取り出した。

「無事に着いた」

 かけた先は結城の携帯。一人で運転をする花月を心配して、着いたら必ず電話をするようにと言われていたのだった。
 対する結城はフロントの会議中。しかしながらそれを全く気にもせず、堂々と電話を取った。

「問題なかったか? どっかに当てたりしてねぇな?」

「大丈夫だって。車も俺も無傷で到着したから。じゃあ仕事頑張ってな!」

「お前、帰る前にまた連絡しろよ」

「分かってるって。じゃなー」

 そんな心配しなくても。子供じゃないんだから。そんな風に悪態をつきながらも、内心大切にされて嬉しいと思う花月。こういう結城の優しさが花月は大好きだった。

「花月、久しぶりね」

「ご無沙汰してます。もうお腹少し大きいんですね」

「花月に知らせるのは安定期に入ってからって思ってたからね。ほらほら上がって。お菓子用意してるから」

「お邪魔します」

「お邪魔します?」

「……えっと。た、ただいま?」

「はい。おかえり」

 優しく微笑む母親に、花月はほっこりした。一緒に住むことは選ばなかったけれど、母親に好意を持っていないわけではない。
 幼い頃から想像していた綺麗で、優しくて、あたたかいお母さん。理想そのものの母親にもちろん好意は持っている。しかし、『母と子』という関係を築くことが難しい。ただそれだけなのだ。

「名前ももう決めてるのよ」

「へえ! 聞きたいです」

「美しいに晴れで、美晴(ミハル)。花月には『月』っていう文字が入ってるから、この子には『太陽』に関係のある漢字を使いたかったの」

「美晴か。女の子ですか?」

「ううん。男の子」

「それはまた、随分可愛らしい名前にしたんですね」

「……ふふ。花月がお腹にいる時に、同じことを言われたわ」

 懐かしむように微笑みながら、お腹を撫でる姿に鼻がツンとした。俺がお腹にいた時も、そんな風に優しく撫でてくれたんですか? そんな風に聞いてみたくなった。

「……親父に?」

「うん。『男にそんな可愛らしい名前付けてどうすんだ』って。……死産だったて聞かされて、花月の顔をずーっと見られなかったけど……花月は、花月ね。願った通りの優しい子に育ってくれた。あの人にも、感謝してる」

「『人に親切にしろ』って言われて育てられましたから。親父は、友達の連帯保証人になって借金抱えてたし、最期は他人の子ども助けて自分は死んで……」

「…………」

「損ばっかして……バカですよ。就職したら楽させてやろうって思ってたのに、さっさと死にやがって。……何もしてやれなかった」

 気を抜くと、泣いてしまいそうになる。亡くなってから、こんな風に父親の話をすることは無かったから。

「……花月。借金、て何のこと?」

「…………あ」

「あの人、借金があったの? それ返済はどうしたの? まさか! あの結城ってヤクザが取り立てに来て弱みを握られたのね?!」

 しまったと思った。結城のことを少なからず憎らしく思っている母親には父親の借金のことを秘密にしておくつもりでいたのに。

「それは違います! 取り立てに来たのはタチの悪いヤクザで……結城は借金を肩代わりして、俺を助けてくれたんです」

「そんなの相手がヤクザから違うヤクザに変わっただけじゃない。何にも助かってないわよ」

「確かに俺も最初はそう思ってました。でも結城は違うんです。だって結城は、俺をあなたに会わせてくれた。俺をここに行かせて、縁を切ろうとしてくれたんです。……ずっと結城を信じられなかった。だけど今は違います。今は、結城を心から信じられる。世間様から見たら最悪な人間でも、俺にとっては、大事な人です」

 どれだけ言葉を尽くしても、結城を大切に想う気持ちを理解してもらえるとは思っていない。結城という男は、法に触れることをしている。それは分かっている。
 それでも、花月にとっては、一番に想う人間で。花月自身を一番に想ってくれる人間で。大切に、守ってくれる大好きな人だ。
 母親にどう言われようと結城のそばから離れる気はない。ただ、脅されているからそばにいるだなんて、そんな風にだけは思われたくなかった。
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