花を愛でる獅子【本編完結】

千環

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番外編

3(完)

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 結城が寝息を立て始めてから数時間。時刻は夜中の3時頃だろうか。花月はしばらく額の濡れタオルを冷やす作業を定期的に繰り返していたが、その内に寝てしまっていた。

「……暑い」

 小さな声だったが、花月はガバッと身を起こした。

「汗かいた? 着替えるか」

「汗だくだ……シャワー浴びたい」

「ちょっと待って。着替え用意するけど、シャワーはダメだ」

 花月は起き上がろうとする結城に寝ておくように言い聞かせてベッドから離れた。少しの間があって、結城の着替えのパジャマを手に持って戻って来たかと思えば、それを置いてまた離れた。
 電子レンジの温めの完了を知らせるメロディーのあと、『あっつ!』という花月の声が遠くで聞こえる。
 戻って来た花月の手には、湯気の立つタオルが3つ置かれたトレイがあった。

「着替える前に身体拭いてやるから、身体起こして服脱いで」

 結城は黙って上半身裸になった。引き締まっているというよりも、筋骨隆々と言うに相応しい屈強な身体が露わになる。花月は、その逞しい身体にドキドキしつつも、温かいタオルを手にベッドに上がった。

「じゃあ、拭くからな」

 黙って頷く結城。目を伏せて完全にお任せという状態だ。花月としては、目を閉じてくれているので幾分やりやすく、上半身はパパっと拭くことができた。最後にパジャマの上を着せてやる。

「パンツも持って来たから着替えろな。自分でできるか?」

「…………」

 あれ? 今何を言った俺? と気付いた時にはもう遅い。結城を見ると、ガッツリ目が合ってしまった。

「……一人では無理って言ったら、お前が脱がせて履かせてくれんのか? 下着まで?」

 少し上がった口角が、パジャマの隙間から覗く筋肉が、凄絶な色気を放っている。そんな結城から目を離せずに、思わずゴクリと生唾を飲んだ花月だったが、すごい勢いでぐりんっとそっぽを向いた。

「あああああ綾だろ! 言葉の綾っ。そんなことできるわけないに決まってんだろ。さっさと自分で着替えろっバカッ」

「……なんだ。残念だな」

 そして真っ赤な顔をした花月は、『俺ちょっとトイレ!』と言ってその場を離れたのだった。逃げたとも言う。



 夜が明けた。先に目を覚ましたのは結城だった。額からずり落ちている濡れタオルを手に取り、ボーッとそれを眺める。
 なぜ濡れタオルが? と考え始めてから、その答えを導き出すまでに多少のタイムラグがあったものの、すぐにハッとして花月の姿を探した。

 花月の姿はすぐに見つかった。いつもいる隣ではなく、ベッドに頭だけを乗せてうたた寝をしていた。ちょうど結城の左手があるあたりに花月の顔があるため、結城は半ば無意識に花月の頬を撫でた。

「……ん。……また寝てたか」

 眠りが浅かったのか、花月はそれだけで目を覚ました。自分の頬に触れている結城の手を握り、ふわっと微笑む。

「具合どうだ? ちょっとはマシになったか?」

「おう。悪かったな」

「何言ってんだよ。とりあえず、一回熱測るか」

 体温計を取りに行く花月の後ろ姿を目で追う。花月の『今何時だ……7時か。ちょうどいいな』という大きな独り言に頬が緩む。
 具合は本当に大分良くなっていた。実際に体温を測ってみても、37度2分と微熱程度に治まっていた。

「よかったー……あー、安心して気ぃ抜けた」

 本当に気の抜けた顔が、どれだけ自分を心配してくれていたのか分からせてくれる。申し訳ない気持ちと、どうしようもなく嬉しい気持ちでごちゃ混ぜになる。

「花月。……ありがとな」

「当たり前のことしただけだろ。らしくないこと言うな」

 照れ隠しの悪態も結城にとっては可愛いだけだ。俯いて結城の視線から逃れようとする花月の身体をヒョイっと持ち上げて、強く抱き締める。花月が何かを言う前に、抱き込んだまま横になった。

「ちょ、もう朝っ」

「ちょっとでいいから。目覚ましが鳴るまでだけ、このままでいさせてくれ」

「……もー。何だよ、調子狂うって」

 と、口では言いつつ、その手はしっかりと結城の背に回っている。苦しいくらいに抱き締められているのに、花月の心にあるのは、結城が愛おしいという気持ちだけだった。



end.
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