79 / 108
番外編
3(完)
しおりを挟む
結城が寝息を立て始めてから数時間。時刻は夜中の3時頃だろうか。花月はしばらく額の濡れタオルを冷やす作業を定期的に繰り返していたが、その内に寝てしまっていた。
「……暑い」
小さな声だったが、花月はガバッと身を起こした。
「汗かいた? 着替えるか」
「汗だくだ……シャワー浴びたい」
「ちょっと待って。着替え用意するけど、シャワーはダメだ」
花月は起き上がろうとする結城に寝ておくように言い聞かせてベッドから離れた。少しの間があって、結城の着替えのパジャマを手に持って戻って来たかと思えば、それを置いてまた離れた。
電子レンジの温めの完了を知らせるメロディーのあと、『あっつ!』という花月の声が遠くで聞こえる。
戻って来た花月の手には、湯気の立つタオルが3つ置かれたトレイがあった。
「着替える前に身体拭いてやるから、身体起こして服脱いで」
結城は黙って上半身裸になった。引き締まっているというよりも、筋骨隆々と言うに相応しい屈強な身体が露わになる。花月は、その逞しい身体にドキドキしつつも、温かいタオルを手にベッドに上がった。
「じゃあ、拭くからな」
黙って頷く結城。目を伏せて完全にお任せという状態だ。花月としては、目を閉じてくれているので幾分やりやすく、上半身はパパっと拭くことができた。最後にパジャマの上を着せてやる。
「パンツも持って来たから着替えろな。自分でできるか?」
「…………」
あれ? 今何を言った俺? と気付いた時にはもう遅い。結城を見ると、ガッツリ目が合ってしまった。
「……一人では無理って言ったら、お前が脱がせて履かせてくれんのか? 下着まで?」
少し上がった口角が、パジャマの隙間から覗く筋肉が、凄絶な色気を放っている。そんな結城から目を離せずに、思わずゴクリと生唾を飲んだ花月だったが、すごい勢いでぐりんっとそっぽを向いた。
「あああああ綾だろ! 言葉の綾っ。そんなことできるわけないに決まってんだろ。さっさと自分で着替えろっバカッ」
「……なんだ。残念だな」
そして真っ赤な顔をした花月は、『俺ちょっとトイレ!』と言ってその場を離れたのだった。逃げたとも言う。
夜が明けた。先に目を覚ましたのは結城だった。額からずり落ちている濡れタオルを手に取り、ボーッとそれを眺める。
なぜ濡れタオルが? と考え始めてから、その答えを導き出すまでに多少のタイムラグがあったものの、すぐにハッとして花月の姿を探した。
花月の姿はすぐに見つかった。いつもいる隣ではなく、ベッドに頭だけを乗せてうたた寝をしていた。ちょうど結城の左手があるあたりに花月の顔があるため、結城は半ば無意識に花月の頬を撫でた。
「……ん。……また寝てたか」
眠りが浅かったのか、花月はそれだけで目を覚ました。自分の頬に触れている結城の手を握り、ふわっと微笑む。
「具合どうだ? ちょっとはマシになったか?」
「おう。悪かったな」
「何言ってんだよ。とりあえず、一回熱測るか」
体温計を取りに行く花月の後ろ姿を目で追う。花月の『今何時だ……7時か。ちょうどいいな』という大きな独り言に頬が緩む。
具合は本当に大分良くなっていた。実際に体温を測ってみても、37度2分と微熱程度に治まっていた。
「よかったー……あー、安心して気ぃ抜けた」
本当に気の抜けた顔が、どれだけ自分を心配してくれていたのか分からせてくれる。申し訳ない気持ちと、どうしようもなく嬉しい気持ちでごちゃ混ぜになる。
「花月。……ありがとな」
「当たり前のことしただけだろ。らしくないこと言うな」
照れ隠しの悪態も結城にとっては可愛いだけだ。俯いて結城の視線から逃れようとする花月の身体をヒョイっと持ち上げて、強く抱き締める。花月が何かを言う前に、抱き込んだまま横になった。
「ちょ、もう朝っ」
「ちょっとでいいから。目覚ましが鳴るまでだけ、このままでいさせてくれ」
「……もー。何だよ、調子狂うって」
と、口では言いつつ、その手はしっかりと結城の背に回っている。苦しいくらいに抱き締められているのに、花月の心にあるのは、結城が愛おしいという気持ちだけだった。
end.
「……暑い」
小さな声だったが、花月はガバッと身を起こした。
「汗かいた? 着替えるか」
「汗だくだ……シャワー浴びたい」
「ちょっと待って。着替え用意するけど、シャワーはダメだ」
花月は起き上がろうとする結城に寝ておくように言い聞かせてベッドから離れた。少しの間があって、結城の着替えのパジャマを手に持って戻って来たかと思えば、それを置いてまた離れた。
電子レンジの温めの完了を知らせるメロディーのあと、『あっつ!』という花月の声が遠くで聞こえる。
戻って来た花月の手には、湯気の立つタオルが3つ置かれたトレイがあった。
「着替える前に身体拭いてやるから、身体起こして服脱いで」
結城は黙って上半身裸になった。引き締まっているというよりも、筋骨隆々と言うに相応しい屈強な身体が露わになる。花月は、その逞しい身体にドキドキしつつも、温かいタオルを手にベッドに上がった。
「じゃあ、拭くからな」
黙って頷く結城。目を伏せて完全にお任せという状態だ。花月としては、目を閉じてくれているので幾分やりやすく、上半身はパパっと拭くことができた。最後にパジャマの上を着せてやる。
「パンツも持って来たから着替えろな。自分でできるか?」
「…………」
あれ? 今何を言った俺? と気付いた時にはもう遅い。結城を見ると、ガッツリ目が合ってしまった。
「……一人では無理って言ったら、お前が脱がせて履かせてくれんのか? 下着まで?」
少し上がった口角が、パジャマの隙間から覗く筋肉が、凄絶な色気を放っている。そんな結城から目を離せずに、思わずゴクリと生唾を飲んだ花月だったが、すごい勢いでぐりんっとそっぽを向いた。
「あああああ綾だろ! 言葉の綾っ。そんなことできるわけないに決まってんだろ。さっさと自分で着替えろっバカッ」
「……なんだ。残念だな」
そして真っ赤な顔をした花月は、『俺ちょっとトイレ!』と言ってその場を離れたのだった。逃げたとも言う。
夜が明けた。先に目を覚ましたのは結城だった。額からずり落ちている濡れタオルを手に取り、ボーッとそれを眺める。
なぜ濡れタオルが? と考え始めてから、その答えを導き出すまでに多少のタイムラグがあったものの、すぐにハッとして花月の姿を探した。
花月の姿はすぐに見つかった。いつもいる隣ではなく、ベッドに頭だけを乗せてうたた寝をしていた。ちょうど結城の左手があるあたりに花月の顔があるため、結城は半ば無意識に花月の頬を撫でた。
「……ん。……また寝てたか」
眠りが浅かったのか、花月はそれだけで目を覚ました。自分の頬に触れている結城の手を握り、ふわっと微笑む。
「具合どうだ? ちょっとはマシになったか?」
「おう。悪かったな」
「何言ってんだよ。とりあえず、一回熱測るか」
体温計を取りに行く花月の後ろ姿を目で追う。花月の『今何時だ……7時か。ちょうどいいな』という大きな独り言に頬が緩む。
具合は本当に大分良くなっていた。実際に体温を測ってみても、37度2分と微熱程度に治まっていた。
「よかったー……あー、安心して気ぃ抜けた」
本当に気の抜けた顔が、どれだけ自分を心配してくれていたのか分からせてくれる。申し訳ない気持ちと、どうしようもなく嬉しい気持ちでごちゃ混ぜになる。
「花月。……ありがとな」
「当たり前のことしただけだろ。らしくないこと言うな」
照れ隠しの悪態も結城にとっては可愛いだけだ。俯いて結城の視線から逃れようとする花月の身体をヒョイっと持ち上げて、強く抱き締める。花月が何かを言う前に、抱き込んだまま横になった。
「ちょ、もう朝っ」
「ちょっとでいいから。目覚ましが鳴るまでだけ、このままでいさせてくれ」
「……もー。何だよ、調子狂うって」
と、口では言いつつ、その手はしっかりと結城の背に回っている。苦しいくらいに抱き締められているのに、花月の心にあるのは、結城が愛おしいという気持ちだけだった。
end.
12
お気に入りに追加
446
あなたにおすすめの小説
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
あなたの隣で初めての恋を知る
ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる