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番外編
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「おでこ全開の結城って新鮮だな」
結城の額に置いていた濡れタオルを冷たい水に浸けて冷やし直しながら、花月が呟いた。
誰かが熱を出した時のために、熱を冷ますために額に貼るシートなど常備しておらず、誰にも言うなと言われた手前買いにも行けず、濡れタオルなどという原始的な方法で対処するしかないのだった。
「……今なんか言ったか?」
「おでこ全開なのが新鮮だって言ったの」
「そうか、……そうか?」
「これ大丈夫か、こいつ」
花月の剣幕に負け、大人しく看病されることにした結城は、気を張るのをやめたのか熱に任せて終始ボーッとしている。いつもは皺が寄っている眉間も脱力していて、その上、前髪もタオルのせいで上がってしまっているため、新鮮な感じなのだ。花月にとっては最早『どちら様ですか?』状態。
しかし結城自身は表の仕事で人に会う場合は髪をセットしているため、そこまで新鮮さを感じるということを理解できておらず、熱のせいでうまくその辺りを説明する気も起きなかったのでおかしな受け答えになっていた。
「食欲あるか?」
「……ない」
「お粥とかでも無理?」
「…………」
「今から作るから、食べられるだけでも食べてくれ。な?」
「……うん」
「よし。じゃあ作ってくる」
事も無げにベッドから離れた花月だったが、実はかなり動揺していた。花月の心の声はこうだ。
『うんって何だよ! 可愛いな!!』
先ほど結城が発した『……うん』の破壊力が凄まじかったらしい。キッチンに立ってもそればかり反芻して調理を一向に始めなかった。
それもそのはずで、結城と暮らし始めて数ヶ月。結城は同意の返事を花月にする際に『おう』や『分かった』などは使用するが、『うん』は未だ嘗て一度たりとも使用したことがない。花月にというより、誰に対しても『うん』などと言ったことはない。
高熱のせいで、自分のキャラクターというものを見失っているらしい。それに、花月が甲斐甲斐しく世話をしてくれるのが嬉しいというのも上乗せされて、朦朧としつつも舞い上がっていた。
「お粥できたぞー」
父親と二人暮らしで過ごしてきた花月は、それなりに料理ができる。お粥くらいならば御茶の子さいさいだ。小さな土鍋と小鉢、水が入ったグラスを乗せたトレイを運びながら声を掛ける。
ベッドサイドにトレイを置いて、お粥を少量小鉢に移しながら結城が起き上がるのを待つが、結城は全く反応を示さず、目を伏せたままである。花月は結城の顔を覗き込んだ。
「寝てる?」
「……起きてる」
「お粥、ちょっとでいいから食べよ?」
「……分かってる」
「起きれるか?」
「…………」
結城は無言で上半身を起こした。ボーッと焦点の定まらないような目をしている。どう見ても、かなり辛そうである。
「はい。口開けて」
何と花月は結城にお粥を食べさせてあげる気のようだ。普段の結城ならば確実に嫌がって食べないのだが。
「お。……うまい?」
素直。
何も言わずに食べたのだ。
「味がしねぇ」
「まじで? ちょっと塩気多くしたんだけど、足りなかったか。もうちょい足そうか?」
「それでいい」
「そっか? じゃあもう一口」
花月に食べさせられながら、お茶碗一杯分ほど大人しく食べた結城。最終的には黙って首を横に振って、いらないという意思表示をしたのだった。
花月の心の内はこうだ。結城が可愛い。甘えんぼさんみたい。
少し不謹慎ではあるが、看病を楽しんでいるようだ。
結城の額に置いていた濡れタオルを冷たい水に浸けて冷やし直しながら、花月が呟いた。
誰かが熱を出した時のために、熱を冷ますために額に貼るシートなど常備しておらず、誰にも言うなと言われた手前買いにも行けず、濡れタオルなどという原始的な方法で対処するしかないのだった。
「……今なんか言ったか?」
「おでこ全開なのが新鮮だって言ったの」
「そうか、……そうか?」
「これ大丈夫か、こいつ」
花月の剣幕に負け、大人しく看病されることにした結城は、気を張るのをやめたのか熱に任せて終始ボーッとしている。いつもは皺が寄っている眉間も脱力していて、その上、前髪もタオルのせいで上がってしまっているため、新鮮な感じなのだ。花月にとっては最早『どちら様ですか?』状態。
しかし結城自身は表の仕事で人に会う場合は髪をセットしているため、そこまで新鮮さを感じるということを理解できておらず、熱のせいでうまくその辺りを説明する気も起きなかったのでおかしな受け答えになっていた。
「食欲あるか?」
「……ない」
「お粥とかでも無理?」
「…………」
「今から作るから、食べられるだけでも食べてくれ。な?」
「……うん」
「よし。じゃあ作ってくる」
事も無げにベッドから離れた花月だったが、実はかなり動揺していた。花月の心の声はこうだ。
『うんって何だよ! 可愛いな!!』
先ほど結城が発した『……うん』の破壊力が凄まじかったらしい。キッチンに立ってもそればかり反芻して調理を一向に始めなかった。
それもそのはずで、結城と暮らし始めて数ヶ月。結城は同意の返事を花月にする際に『おう』や『分かった』などは使用するが、『うん』は未だ嘗て一度たりとも使用したことがない。花月にというより、誰に対しても『うん』などと言ったことはない。
高熱のせいで、自分のキャラクターというものを見失っているらしい。それに、花月が甲斐甲斐しく世話をしてくれるのが嬉しいというのも上乗せされて、朦朧としつつも舞い上がっていた。
「お粥できたぞー」
父親と二人暮らしで過ごしてきた花月は、それなりに料理ができる。お粥くらいならば御茶の子さいさいだ。小さな土鍋と小鉢、水が入ったグラスを乗せたトレイを運びながら声を掛ける。
ベッドサイドにトレイを置いて、お粥を少量小鉢に移しながら結城が起き上がるのを待つが、結城は全く反応を示さず、目を伏せたままである。花月は結城の顔を覗き込んだ。
「寝てる?」
「……起きてる」
「お粥、ちょっとでいいから食べよ?」
「……分かってる」
「起きれるか?」
「…………」
結城は無言で上半身を起こした。ボーッと焦点の定まらないような目をしている。どう見ても、かなり辛そうである。
「はい。口開けて」
何と花月は結城にお粥を食べさせてあげる気のようだ。普段の結城ならば確実に嫌がって食べないのだが。
「お。……うまい?」
素直。
何も言わずに食べたのだ。
「味がしねぇ」
「まじで? ちょっと塩気多くしたんだけど、足りなかったか。もうちょい足そうか?」
「それでいい」
「そっか? じゃあもう一口」
花月に食べさせられながら、お茶碗一杯分ほど大人しく食べた結城。最終的には黙って首を横に振って、いらないという意思表示をしたのだった。
花月の心の内はこうだ。結城が可愛い。甘えんぼさんみたい。
少し不謹慎ではあるが、看病を楽しんでいるようだ。
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