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番外編
獅子の霍乱
しおりを挟む二代目結城組事務所の最上階に位置する、組長結城巽のプレイベートルーム。大きなソファに深く座って寛いでいるのは、結城の最愛の人物、柳園花月である。かれこれ一時間弱、同じ姿勢のまま本を読み続けている。部屋の中にはページをめくる音と、空調の音だけがしている。
その静かな部屋に、壁を一枚隔てた向こうから、革靴のカツカツという足音が響く。そして出入り口のドアが開いた。
「おかえり、お疲れ」
花月は本から一瞬たりとも目を離さずに言う。労う言葉に労う気持ちは入っていないようだ。
「おう」
ボソっと返事をした結城自身は、花月の態度に何も思っていないようである。しかしながら、その返事に対して花月は不思議に思ったらしく、眉間に皺を寄せて本から結城に目線を移した。
「お前、声どうした?」
たった一言『おう』と聞いただけなのだが、声がいつもと違うということに気付いた花月。結城の顔はいつもより頼りなく、少し紅潮しているようにも見える。その違いに気付けるのは、身近にいる花月と、幼い頃から付き合いがある鳴海くらいのものだろうが。
「もしかしなくても、しんどいのか?」
「余裕だ」
「風邪? 熱あるんじゃね?」
余裕だと言う結城の言葉を完全に無視して、花月は結城の額に触れた。そして、すぐに手を離して驚きの表情を浮かべている。
「嘘だろ。結城って熱出すんだ。え、どうしよう。どうしたらいい?」
想像以上の高熱に、焦る花月。
「とりあえず、誰にも言うな。大丈夫だから」
「そんなこと言ったってお前……熱すごく高いぞ」
「俺が弱ってるって知られたら面倒なことになる。それでもこれは……キツイかもな」
一見何事も無い様子の結城であるが、実際はかなりの高熱のようだ。しかし立場上……いや性格上、弱っている所を見られる訳にはいかず、気を張って普通の顔をしているだけらしい。
弱っている結城のため、花月が立ち上がった。
「よっし。じゃあ俺に任せとけ」
「38度9分……ってこれやばいぞ。ほぼ39度じゃねーか。脳みそ溶けちまう」
嫌がる結城に馬乗りになってまで測った体温に驚いている花月。結城が熱を測る必要が無いと言い張るせいで意地になってしまい、最終的にはベッドに押し倒して馬乗りだ。シャツのボタンに手を掛けられる頃には、結城は諦めたような顔をしてされるがままになっていた。
そもそも発熱をしていたとしても、花月に力で負けるはずが無いので、結局は花月には甘いという事実を表している。
「溶けるかバカ。熱がそれだけ上がってんならあとは下がるだけだ。寝たら治る」
ようやく馬乗りから解放された結城が2個3個開けられたシャツのボタンを閉めながらツッコむ。
結城は『バカ』と度々言うが『君は頭が悪い』という意味では無いので誤解はしないでいただきたい。本当にそういう意味を込める場合もあるが、ほとんどは『何を面白いことを言っているんだ』という意味合いで使っている愛情溢れた言葉である。
「薬は?」
「いらねぇ。そもそも俺は着替え取りに帰っただけだし、お前は気にすんな」
「は? 今からどっか行くのかよ?」
「ホテルにでも泊まる。お前に風邪うつしたら洒落になんねぇからな」
「バカか! それこそ気にすんなこのバカ! さっさとパジャマに着替えてここで寝ろ。俺は看病するって決めた。うつったらうつったでいい。だから、今すぐ寝ろ」
結城は反論しようと花月の顔を見たが、言おうとした言葉を飲み込んだ。それくらいに花月の表情は真剣だった。
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