77 / 108
番外編
獅子の霍乱
しおりを挟む二代目結城組事務所の最上階に位置する、組長結城巽のプレイベートルーム。大きなソファに深く座って寛いでいるのは、結城の最愛の人物、柳園花月である。かれこれ一時間弱、同じ姿勢のまま本を読み続けている。部屋の中にはページをめくる音と、空調の音だけがしている。
その静かな部屋に、壁を一枚隔てた向こうから、革靴のカツカツという足音が響く。そして出入り口のドアが開いた。
「おかえり、お疲れ」
花月は本から一瞬たりとも目を離さずに言う。労う言葉に労う気持ちは入っていないようだ。
「おう」
ボソっと返事をした結城自身は、花月の態度に何も思っていないようである。しかしながら、その返事に対して花月は不思議に思ったらしく、眉間に皺を寄せて本から結城に目線を移した。
「お前、声どうした?」
たった一言『おう』と聞いただけなのだが、声がいつもと違うということに気付いた花月。結城の顔はいつもより頼りなく、少し紅潮しているようにも見える。その違いに気付けるのは、身近にいる花月と、幼い頃から付き合いがある鳴海くらいのものだろうが。
「もしかしなくても、しんどいのか?」
「余裕だ」
「風邪? 熱あるんじゃね?」
余裕だと言う結城の言葉を完全に無視して、花月は結城の額に触れた。そして、すぐに手を離して驚きの表情を浮かべている。
「嘘だろ。結城って熱出すんだ。え、どうしよう。どうしたらいい?」
想像以上の高熱に、焦る花月。
「とりあえず、誰にも言うな。大丈夫だから」
「そんなこと言ったってお前……熱すごく高いぞ」
「俺が弱ってるって知られたら面倒なことになる。それでもこれは……キツイかもな」
一見何事も無い様子の結城であるが、実際はかなりの高熱のようだ。しかし立場上……いや性格上、弱っている所を見られる訳にはいかず、気を張って普通の顔をしているだけらしい。
弱っている結城のため、花月が立ち上がった。
「よっし。じゃあ俺に任せとけ」
「38度9分……ってこれやばいぞ。ほぼ39度じゃねーか。脳みそ溶けちまう」
嫌がる結城に馬乗りになってまで測った体温に驚いている花月。結城が熱を測る必要が無いと言い張るせいで意地になってしまい、最終的にはベッドに押し倒して馬乗りだ。シャツのボタンに手を掛けられる頃には、結城は諦めたような顔をしてされるがままになっていた。
そもそも発熱をしていたとしても、花月に力で負けるはずが無いので、結局は花月には甘いという事実を表している。
「溶けるかバカ。熱がそれだけ上がってんならあとは下がるだけだ。寝たら治る」
ようやく馬乗りから解放された結城が2個3個開けられたシャツのボタンを閉めながらツッコむ。
結城は『バカ』と度々言うが『君は頭が悪い』という意味では無いので誤解はしないでいただきたい。本当にそういう意味を込める場合もあるが、ほとんどは『何を面白いことを言っているんだ』という意味合いで使っている愛情溢れた言葉である。
「薬は?」
「いらねぇ。そもそも俺は着替え取りに帰っただけだし、お前は気にすんな」
「は? 今からどっか行くのかよ?」
「ホテルにでも泊まる。お前に風邪うつしたら洒落になんねぇからな」
「バカか! それこそ気にすんなこのバカ! さっさとパジャマに着替えてここで寝ろ。俺は看病するって決めた。うつったらうつったでいい。だから、今すぐ寝ろ」
結城は反論しようと花月の顔を見たが、言おうとした言葉を飲み込んだ。それくらいに花月の表情は真剣だった。
14
お気に入りに追加
451
あなたにおすすめの小説
嫌われ公式愛妾役ですが夫だけはただの僕のガチ勢でした
ナイトウ
BL
BL小説大賞にご協力ありがとうございました!!
CP:不器用受ガチ勢伯爵夫攻め、女形役者受け
相手役は第11話から出てきます。
ロストリア帝国の首都セレンで女形の売れっ子役者をしていたルネは、皇帝エルドヴァルの為に公式愛妾を装い王宮に出仕し、王妃マリーズの代わりに貴族の反感を一手に受ける役割を引き受けた。
役目は無事終わり追放されたルネ。所属していた劇団に戻りまた役者業を再開しようとするも公式愛妾になるために偽装結婚したリリック伯爵に阻まれる。
そこで仕方なく、顔もろくに知らない夫と離婚し役者に戻るために彼の屋敷に向かうのだった。
【完結】嘘はBLの始まり
紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。
突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった!
衝撃のBLドラマと現実が同時進行!
俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡
※番外編を追加しました!(1/3)
4話追加しますのでよろしくお願いします。
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(10/21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
※4月18日、完結しました。ありがとうございました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる