花を愛でる獅子【本編完結】

千環

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番外編

3(完)

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 風呂から上がるとソファで縮こまる花月が目に入った。昨日も、さらに言うと一昨日も、俺が風呂から上がった時にそうしててソファで縮こまっていたな、と記憶の姿とだぶらせる。

「湯冷めするぞ。さっさとベッド行け」

「……むり」

「何が無理なんだよ。風邪引いても知らねぇぞ」

「……だっこ」

 身体を縮こまらせたまま、両手だけ俺に伸ばすその仕草……可愛すぎんだろクソ。
 わざと大きいため息を吐いて花月のそばに屈んだ。たったそれだけ。俺がため息を吐いただけで、花月の瞳は不安に揺れる。それが堪らない。俺の存在がでかい証拠。俺の反応で一喜一憂する様が愛しい。
 怒っている訳じゃないと分からせるように出来る限り優しく抱きしめて、そのまま立ち上がる。子供にするみたいに軽々と持ち上げられるこの身体には脂肪や筋肉なんてもんがほとんどない。贅沢をさせて、太らせたい。こんな身体、俺がちょっとでも強く力を入れたらすぐに壊してしまいそうだ。

「……花月」

 だんまり。
 ベッドに降ろそうとしても離れようとしない、可愛い奴。一生懸命俺の身体に抱きついてくる。

「どうした?」

「……このまま一緒に寝て」

 可愛いすぎる。このふざけた牛のパジャマじゃなかったら確実にひん剥いて襲っている。

「分かったから。一回離れろ。こんな抱きつかれ方されてたら寝れねぇよ」

 そう言うと素直に離れて、なぜかベッドの上で正座をする花月。そんな意味の分からない姿も可愛い。結局、何をしていようが可愛いのだ。

 正座を続ける花月を一旦放っておいて、ベッドに横になった。そんな俺を花月はなぜか不安そうな顔をして見てくる。花月が何を思って、そんな行動や表情をするのか、理解してやれない自分に腹が立つ。
 どうすれば笑う? 何が嬉しい? 分かって、叶えてやりたい。全部。花月が望むもの。全部。

「花月」

 一緒に寝たいと言った花月の可愛い願望を今はまず叶えてやろうと、名前を呼んだ。腕を伸ばして、ここに寝ろと示す。
 俺の顔と腕を交互に見て、遠慮がちに寝転んだ花月の顔はまだ不安そうで、それでもかけてやる言葉の一つも浮かばない俺は、その表情を隠すみたいに抱き締めた。見たくないから。他にどうすることもできないから。

「ほっとする……」

 空気を吐いたみたいに微かな声で、花月が漏らした言葉に救われる。
 何かしてやりたいという気持ちだけが先走って、何もしてやれてない自分。結局できることは金を出すことだけ。今まで生きてきて、まともな人間関係を築いてこなかったツケが回ってきている。花月の心の中まで知りたいが、その術が分かない。

「俺、あの家に行って、すげー広い部屋を使わせてもらってたんだ」

 あの家というのは当然、今日行った母親の家のことだろうし、あんな家だったら広い部屋を与えられるのも当たり前のことだろう。逆に狭い部屋をこいつに使わせてたんだとしたら訳を問いただしてやりたくなる。
 それがどうしたと思いながら、黙って耳を傾ける。

「広いのに、何も無くて。何にも音もしなくて。夜になって寝ようとしても、静か過ぎて、眠れなくて。ベッドも無駄にでっかくて……俺は一人なんだって、実感してしまって、そしたらもうベッドにはいたくなくなって。電気付けて、本読んで、寝れないまま朝になって」

 ポロポロと零れていく言葉を、一つも逃さないように聞く。今、花月が伝えようとしていることは、弱音とか甘えとか願望。俺が知りたいもの。

「たぶん、結城がこうやって抱き締めてくれて初めて、安心して寝れるんだと思う」

 ああ、それで。
 俺が風呂に入ってる間ソファで縮こまってたのか。寒いくせに、一人でベッドに入りたくないから。抱っこしろなんて言って、俺に連れて行かせて引き留めて。俺がどんな反応をするのか不安になってたんだな。
 俺が花月を手放したから、付いた傷。俺が原因の傷だったらそれすらも愛おしいって言ったら、やっぱ歪んでるって思われるのだろうか。

「俺が帰って来るのが遅くなって、お前が一人で寝ることになっても、起きる頃には絶対にこうして抱き締めていてやる」

 安心させられるような優しい言葉は思い付かない。だから俺はとにかく花月の細い体を強く抱き締めた。
 こうして少しずつでも、花月のことを知っていくことができたら、それは幸せっていうやつなんだろう。
 安心したように腕の中で眠る花月を見ながら、そんな似合わないことを思った。


end.
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