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番外編
6(完)
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鳴海さんに連絡をしないまま、年が明けて、というか年度も明けて、二回生になった。最後に会ってから、もう4ヶ月。鳴海さんを好きになってから、一年が過ぎた。
まぁでも、いつもいつも鳴海さんのことを考えている訳ではない。ふとした時に思い出して、会いたいなぁって思うだけ。
例えば、背格好の似たスーツの人を見かけた時。よく似た香水の匂いを嗅いだ時。あぁ、会いたいなぁって感慨に耽る。
休日に街を歩きながら、鳴海さんによく似た人が前から歩いて来るのに気が付いた。近づくほどに似ているという考えは強くなって、あと数メートルという所で本人だという確信に変わる。
俺の身体は言うことを聞かなくなって、その場で足を止めた。鳴海さんの視線がこっちに向く。目が合って、鳴海さんの足も止まった。
「……久しぶりだね」
こんな偶然ってあるのだろうか。こんな街中で偶然に鳴海さんに会えるのなんて、言ってみたら奇跡みたいなものじゃないか。
「会いたくなかったって、思ってる?」
会いたかった。
顔を見れて、声を聞いて、身体が震えるくらいに嬉しい。
「……何か言ってくれると嬉しいんだけど」
「あ……えっと、」
「うん」
「俺、会いたかったです。鳴海さんに」
俺の言った言葉の意味が分からないという感じの表情。言わなきゃよかったってすぐに後悔した。
「じゃあ、どうして連絡をくれなかったの?」
「いや……その……」
「私が何者か知ったから?」
それもある。けど……。
「関わりたくないと思うのが普通だよね」
「違う! そうじゃなくて。いや、それもあるんだけど、でもそうじゃなくて……」
「うん?」
「……鳴海さんのものになるっていう、意味が分からないっていうか」
「分からない? 本当に? 唇にキスまでしたのに伝わらなかった?」
「え、あ、いや……でも。鳴海さん、相手いるんでしょ?」
「相手?」
鳴海さんが固まる。何を言っているのか理解できないという表情だ。
「相手って、恋人って意味かな?」
「恋人か……奥さんか」
「いないよ、そんなもの。驚いたな。何でそんな誤解をされてるんだろう」
え? あ、あれ?
だってあの時、シャワールームもキッチンも好きなようにしたとかそんな風なことを電話で……。でも電話での話を勝手に聞いたことを知られたくないし、言いたくない。
「私は、君が好きだよ。最初からこう言っていれば変な誤解をされずに済んだのかな」
「好きって……俺、男ですよ」
「そうだね。私も男だ。でもどうしてか、君をあの喫茶店で初めて見かけた時から、気になって仕方がなかった。君がバイトを辞めたと知った時は、すごく寂しいと思ったよ。少しは仲良くなれたと思っていたからね。辞めることを、私に伝えてくれなかったということは、君の中では私なんてどうでもいい存在だったんだなと思った」
そんな訳ない。辞めることを言いたかった。大学生になるから引っ越すことを伝えたかった。でもそれを言って、そんなことどうでもいいと思われるのが怖かった。
「それでも通い続けた。いつか会えるんじゃないかって、そんな風に思えて。そして本当に君と再会できた。君を食事に誘って、連絡先も聞けた。嬉しかった。……その時だよ。私が君に恋というものをしていると自覚したのは」
意識する間もない内に、涙がこぼれ落ちた。
「……そんな風に泣いてくれるってことは、少しは期待してもいいってことかな?」
「俺、今まで男を好きになったことないし、そもそも誰かと付き合ったこともないし、本当は、鳴海さんがヤクザなのもショックだったし、正直そういう人と関わりたくないって思うけど」
「はっきり言うね」
困ったような、それでいて笑ってるような声。どんな表情なのか、泣いてる俺には見えないけど、きっと大好きな顔だろうと自信を持って思える。
「でも、俺、ずっと鳴海さんが好きでした」
「……ハハ、どう言葉にすればいいか分からないな」
そう言う鳴海さんの顔が見たくて目を擦った。その手を握られて、心臓が跳ねる。全身の温度が上がったように感じる。
「すごく嬉しいよ。どうやら自分が思っていたよりも、私は君が好きみたいだ」
破顔。そんな表情で、そんな目で、俺を見ないで。これ以上好きにさせて、どうする気だよ。
「すごく嬉しいけど、驚いてはいないんだ」
「俺の気持ち、気付いてたんですか?」
「それはない。好きなのは私だけだと思ってたよ。でも君とは運命みたいなものを感じていたんだ。同性だけど、君は僕の理想そのものだし。会いたいと願っていれば、目の前に君は現れる。だから、いつか必ず私のところへ来てくれると確信してた」
笑うしかない自信過剰さ。でもそれがあながち間違いでもないから困る。
「もう、逃がしてあげないからね」
end.
まぁでも、いつもいつも鳴海さんのことを考えている訳ではない。ふとした時に思い出して、会いたいなぁって思うだけ。
例えば、背格好の似たスーツの人を見かけた時。よく似た香水の匂いを嗅いだ時。あぁ、会いたいなぁって感慨に耽る。
休日に街を歩きながら、鳴海さんによく似た人が前から歩いて来るのに気が付いた。近づくほどに似ているという考えは強くなって、あと数メートルという所で本人だという確信に変わる。
俺の身体は言うことを聞かなくなって、その場で足を止めた。鳴海さんの視線がこっちに向く。目が合って、鳴海さんの足も止まった。
「……久しぶりだね」
こんな偶然ってあるのだろうか。こんな街中で偶然に鳴海さんに会えるのなんて、言ってみたら奇跡みたいなものじゃないか。
「会いたくなかったって、思ってる?」
会いたかった。
顔を見れて、声を聞いて、身体が震えるくらいに嬉しい。
「……何か言ってくれると嬉しいんだけど」
「あ……えっと、」
「うん」
「俺、会いたかったです。鳴海さんに」
俺の言った言葉の意味が分からないという感じの表情。言わなきゃよかったってすぐに後悔した。
「じゃあ、どうして連絡をくれなかったの?」
「いや……その……」
「私が何者か知ったから?」
それもある。けど……。
「関わりたくないと思うのが普通だよね」
「違う! そうじゃなくて。いや、それもあるんだけど、でもそうじゃなくて……」
「うん?」
「……鳴海さんのものになるっていう、意味が分からないっていうか」
「分からない? 本当に? 唇にキスまでしたのに伝わらなかった?」
「え、あ、いや……でも。鳴海さん、相手いるんでしょ?」
「相手?」
鳴海さんが固まる。何を言っているのか理解できないという表情だ。
「相手って、恋人って意味かな?」
「恋人か……奥さんか」
「いないよ、そんなもの。驚いたな。何でそんな誤解をされてるんだろう」
え? あ、あれ?
だってあの時、シャワールームもキッチンも好きなようにしたとかそんな風なことを電話で……。でも電話での話を勝手に聞いたことを知られたくないし、言いたくない。
「私は、君が好きだよ。最初からこう言っていれば変な誤解をされずに済んだのかな」
「好きって……俺、男ですよ」
「そうだね。私も男だ。でもどうしてか、君をあの喫茶店で初めて見かけた時から、気になって仕方がなかった。君がバイトを辞めたと知った時は、すごく寂しいと思ったよ。少しは仲良くなれたと思っていたからね。辞めることを、私に伝えてくれなかったということは、君の中では私なんてどうでもいい存在だったんだなと思った」
そんな訳ない。辞めることを言いたかった。大学生になるから引っ越すことを伝えたかった。でもそれを言って、そんなことどうでもいいと思われるのが怖かった。
「それでも通い続けた。いつか会えるんじゃないかって、そんな風に思えて。そして本当に君と再会できた。君を食事に誘って、連絡先も聞けた。嬉しかった。……その時だよ。私が君に恋というものをしていると自覚したのは」
意識する間もない内に、涙がこぼれ落ちた。
「……そんな風に泣いてくれるってことは、少しは期待してもいいってことかな?」
「俺、今まで男を好きになったことないし、そもそも誰かと付き合ったこともないし、本当は、鳴海さんがヤクザなのもショックだったし、正直そういう人と関わりたくないって思うけど」
「はっきり言うね」
困ったような、それでいて笑ってるような声。どんな表情なのか、泣いてる俺には見えないけど、きっと大好きな顔だろうと自信を持って思える。
「でも、俺、ずっと鳴海さんが好きでした」
「……ハハ、どう言葉にすればいいか分からないな」
そう言う鳴海さんの顔が見たくて目を擦った。その手を握られて、心臓が跳ねる。全身の温度が上がったように感じる。
「すごく嬉しいよ。どうやら自分が思っていたよりも、私は君が好きみたいだ」
破顔。そんな表情で、そんな目で、俺を見ないで。これ以上好きにさせて、どうする気だよ。
「すごく嬉しいけど、驚いてはいないんだ」
「俺の気持ち、気付いてたんですか?」
「それはない。好きなのは私だけだと思ってたよ。でも君とは運命みたいなものを感じていたんだ。同性だけど、君は僕の理想そのものだし。会いたいと願っていれば、目の前に君は現れる。だから、いつか必ず私のところへ来てくれると確信してた」
笑うしかない自信過剰さ。でもそれがあながち間違いでもないから困る。
「もう、逃がしてあげないからね」
end.
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