花を愛でる獅子【本編完結】

千環

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番外編

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 連れて行かれた先は、車だった。助手席のドアを開けて、乗るように促される。俺が乗ったのを確認するとドアを閉めて、運転席側に回る。その動きが様になっていて、俺はついつい見惚れた。
 運転席に座った鳴海さんは、まず携帯を取り出した。素早い動きでどこかに電話をかける姿もかっこいい。

「今日はこのまま自宅に帰らせていただきます。ご承知だとは思いますが、くだらないことで連絡を寄越さないで下さいね」

 それだけ言って一方的に電話を切る鳴海さん。え。それって仕事放棄じゃないんですか。大丈夫なのかな。

「あの……」

「ああ、すみません。突然拉致するような真似をして。少しカッとなってしまったものですから」

「それは、全然」

 え、てか……なぜに敬語?

「これから時間はある?」

 軽く咳払いをした鳴海さんは、今度は敬語じゃなくて前と同じ柔らかい口調でそう聞いてくれた。もちろん俺には時間がある。たとえ何か用事があったとしても、鳴海さんにそんなことを聞かれたら用事なんて無視だ。
 俺はコクコクと首を縦に振った。

「じゃあ少し話そう」

 そう言いながら車のエンジンをかける鳴海さん。まさかのドライブ。めちゃくちゃ嬉しい!

「美波君は、大学生?」

「はい。この春から大学生になりました」

「ああ、それで。今は帰省してるってこと?」

「そうです。明日には戻りますけど」

「大学ってどこ?」

 話をするというか、俺が一方的に質問をされる形になった。大学の名前。下宿先。サークルや、今のバイト。色んなことを聞かれて、素直に答えた。
 鳴海さんが俺のことを知りたいと思ってくれたんだったら、俺は嬉しいし。

 今一人で住んでいるマンションの話になって、大体の住所も言った。

「私が住んでいる部屋も、その辺りだよ」

「そうなんですか? じゃあ、こっちへは仕事で?」

「まあ、仕事と言えば仕事かな。実家がこちらの方にあってね。必要な資料を取りに来たりだとか、父親の意見を聞くためによく来るんだよ」

「え、じゃあ実家も、一人暮らしの部屋もお互い近いってことですか」

「そうなるね。すごい偶然。よくあの店以外で会わなかったよね」

「確かに!」

 そのあとは地元のことなんかを少し話しながら車に乗っていた。どこに向かっているのか、どれだけ一緒にいられるのか少しだけ不安に思いながら。

「ああ、ごめんね。下らない話をペラペラと。……そうだ。お腹は空いてない? 突然誘ったお詫びによかったら奢るよ」

「え、でも仕事はいいんですか?」

「構わないよ。さっき電話で帰るって伝えたからね。たまには私も羽を伸ばすくらい許されるでしょう」

 二人で食事なんかできると思わなかったというか、こんな風に話せるとも思ってなかったから、すごく嬉しい。
 まるでデートみたいだ! 俺は完全に浮き足立った。
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