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番外編
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しおりを挟む「そんな離れんでもええやないですか。無理やり押さえ付けて犯そうなんか思ってませんし」
「やっぱ俺がそっちかよ! 男に抱かれて極道やってられるかふざけんな!」
「そんなんしませんから。脳内以外では」
「脳内でもやめろ!」
「とにかく俺は、風見さんのそばにおりたいんです。俺の一方通行でもええんです。一生、風見さんを支えますから。だから、そばにおらしてください」
この数週間で山下に何が起こったのか、俺はそれが謎で。ちょっと前に変な女にカモられてたような奴が、何で選りにも選って俺が好きとかいう話になるんだ。
迷惑か……と自問すれば、迷惑という訳でもない。正直、男に好きだと言われて心底嫌がってない自分も謎だ。
じゃあ山下に抱かれるか……っていう話になったらそれは別で。無理だろ。そんな女みたいな扱いされてたまるか。死んだ方がマシだ。
そもそも俺と山下の論点にかなりのズレがある。俺は山下には家に戻るなり何なりして、ちゃんと料理に携わるような仕事をすべきだと言っている。俺の家政婦みたいな雑用ではなく。
山下はただ俺のそばにいさせてくれとしか言わない。何だそれ。料理はどうなったんだ。俺に食わせるだけで本当にお前は満足か?
俺は、お前に間違った方向を向かせてしまったんじゃねぇのか?
「山下。俺はお前の気持ちを受け入れねぇぞ。もっと自分の将来をちゃんと考えろ。俺のそばにいたいって何なんだよ。脱線なんかせずにまともな道に進め。お前には才能があるんだから」
「風見さ……」
「お前がここにいるのは、お前にとっていいことじゃねぇ。だから早く出て行け。しばらくは困らねぇくらい金もやるから」
俺が発した言葉は、ポロポロ零れるみたいに勝手に漏れた。それが俺の本心からの言葉だったのか、自分でも分からない。
目の前にいる山下の表情も分からないくらいに、自分の意識がどこかに行ってしまっている。どうしようもなく虚しい。
山下がさらに何かを言う前に、俺は財布から金を出して、寝室に逃げた。きっと次に寝室から出る頃には、山下はいないだろう。
翌朝リビングに戻ったら、やはり山下の姿はなかった。ちょっとだけあった洋服類も全部、洗濯物まで何もかも山下のものはなくなっていた。
俺が置いた金だけがポツンとそのままで、それがまた山下らしくて、フッと笑ってしまったけれど、その次の瞬間に虚しさに囚われた。
「自分でそう仕向けたくせにな……」
思わず零れた独り言が、これまた虚しさを助長させる。とにかく仕事に行こうと、バスルームに向かった。
脱衣場で服を脱ぎながら、最近は毎日山下が洗濯してくれていたのに、これからはまたクリーニング屋に通うことになるのがの面倒だな。などと考えて、どれだけ頭の中が山下でいっぱいなんだと自分で自分にツッコんだ。
メシは外食になって、この部屋はまた寝るためだけのものになる。たったの数週間で、山下の存在が俺にとって大きいものになっていたことを実感した。
だからって、ここに山下を置いて何になる? これでよかったんだ。山下のためだ。そう思わないと仕方ないだろう。
「いなくなってから気付くとか、まるで映画だな」
山下がいなくなって寂しい。これが山下を好きということになるのなら、俺は山下がめちゃくちゃ好きなのだろう。
それでも俺は、あいつに好きだと伝えることはできない。まず第一に、極道者に関わっていいことがある訳がない。
せっかく良い家に生まれて、料理の才能だってあるのに、いざ店構えて『あの店はヤクザと関係があるらしい』なんて言われてみろ。客が来なくなる。
それに、俺はやっぱり、男だから。男でいたいから。同じ男に女みたいな扱いは絶対にされたくない。
結局は、俺は山下よりも、俺自身のプライドの方が大事なんだ。
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