花を愛でる獅子【本編完結】

千環

文字の大きさ
上 下
53 / 108
番外編

吹く風は山を経て空にゆく

しおりを挟む
 自宅に帰る途中、運悪く連続で赤信号に捕まって停車するのが、イライラを通り越して次はどうだろうと気になり出すくらいに続いた頃。
 交差点近くの路地に座り込んでいる人間が目に入った。
 普段の俺だったら、普通に無視する。トラブルの元になりそうなものなんて見て見ぬ振りをして忘れてしまう。けれど、今晩だけは運が悪いついでに見てみようかと思った。

「……先言うとくけど、俺金持ってへんで」

 近寄るとだるそうにこっちを向いて、俺が何も言わない内に迷惑そうにそう言った。男の関西弁は少しだけ、新鮮に響いた。

「ボロボロのガキからたかるほど金に困ってねぇよ。どうした? たちの悪いカツアゲでもされたか?」

「知らん。変な女が声かけてきてメシ食わしてくれる言うから付いてって、誘われたから一発ヤって、そしたらその女の男やいう奴がイチャモン付けてきよってリンチや。わけわからん」

「それはたちの悪いのに引っかかったもんだな」

「結局メシ食うてへんし、エッチも気持ちええもんちゃうかったし、最悪やでほんま」

 殴られて腫れた頬を歪めて笑ったそいつの唇から、また新しく血が滲んだ。いてぇと言いながら血を拭う仕草になぜか意識が集中する。

「すぐそこに車停めてるからついて来い」

「は?」

「うちで手当てしてやるよ」

「……いや。いくら綺麗な顔した兄ちゃんでも、男は無理やで俺」

「馬鹿野郎! 俺も無理だよふざけんな!」

「何や、そっち系の人なんかと思って焦った」

「…………。立てるか?」

「何とか」

 自然と立ち上がるそいつを補助する自分の腕。ついでに肩まで貸して車まで連れて行った。そんな自分の行動に自分でもちょっと驚いた。




「そこ座って待ってろ。救急箱取って来る」

 車の中でも、今も、そいつはあまり喋らなかった。俺も楽しい話ができるわけではないし、沈黙が気まずいと思う人間でもないけど、どうやらそいつは俺とは違うようで。景色を見たり、俺の方を見たり落ち着きがないし、マンションに着いたら着いたでキョロキョロ、キョロキョロ。常に忙しない。
 どうにも鬱陶しくなってきたし、気まぐれもここまでにして、手当てが済んだら放り出そうと思った。

「おら、こっち向け」

 隣に腰掛けて、まず顔の手当てから始める。傷口に消毒液が沁みて顔を歪めると、さらにどっかが引き攣って痛むらしい。くだらない因縁を吹っかけられただけでここまでされたのは気の毒と言うしかない。

「俺の顔どんなんなってる?」

「控えめに言って、グチャグチャだな」

「嘘やん。俺ほんまはイケメンやのに」

「それがネタかマジか分からねぇくらいにはグチャグチャだよ」

 鼻は折れてるし、目は両目とも腫れ上がってほとんど開いてない。頬も額も地面で擦れたんか傷だらけ。原型を留めていそうな部分が見当たらない。眉毛くらいか?

「身体はどうだ? 顔がこれだったら身体も結構やられてるだろ」

「ああ、大丈夫大丈夫。どっこも骨は折れてないと思う。ちゃんと動くし」

「……シャツ脱げ」

「いやんエッチ」

「うるせぇ。さっさと脱げ」

 何となく身体を見せようとしないことに違和感を覚えて、シャツの裾を半分無理矢理捲り上げた。
 赤黒い痣だらけの身体に、言葉を失う。たかが女一人のことでここまで痛めつけるか。怪我なんざ見慣れているとはいえ、堅気のガキがこんな目に遭うのは胸糞悪い。

「お前をやったのはどんな奴だった。人相は? 年は? 名前とか聞かなかったか?」

「いや名前は聞かんかったな。あ、でもヤクザがバックにおってどうこうとか言うてたような気がする。何やっけ……ゆ、……ゆうき組やったかな」

「結城組ってほんまに言うたんか?」

「いや、ちょっと自信ない。ゆ、から始まるやつやったとは思うんやけど」

「十分や。捕まえんの協力してもらうぞ。思い出せること全部教えろ」

「え? 何でわざわざ?」

「俺が結城組の組員やからや」


 表情なんか分からんようなグチャグチャの顔が、それでも引き攣ったのが分かった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

魔王さんのガチペット

メグル
BL
人間が「魔族のペット」として扱われる異世界に召喚されてしまった、元ナンバーワンホストでヒモの大長谷ライト(26歳)。 魔族の基準で「最高に美しい容姿」と、ホストやヒモ生活で培った「愛され上手」な才能を生かして上手く立ち回り、魔王にめちゃくちゃ気に入られ、かわいがられ、楽しいペット生活をおくるものの……だんだんただのペットでは満足できなくなってしまう。 飼い主とペットから始まって、より親密な関係を目指していく、「尊敬されているけど孤独な魔王」と「寂しがり屋の愛され体質ペット」がお互いの孤独を埋めるハートフル溺愛ストーリーです。 ※第11回BL小説大賞、「ファンタジーBL賞」受賞しました!ありがとうございます!! ※性描写は予告なく何度か入ります。 ※本編一区切りつきました。後日談を不定期更新中です。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

処理中です...