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番外編
吹く風は山を経て空にゆく
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自宅に帰る途中、運悪く連続で赤信号に捕まって停車するのが、イライラを通り越して次はどうだろうと気になり出すくらいに続いた頃。
交差点近くの路地に座り込んでいる人間が目に入った。
普段の俺だったら、普通に無視する。トラブルの元になりそうなものなんて見て見ぬ振りをして忘れてしまう。けれど、今晩だけは運が悪いついでに見てみようかと思った。
「……先言うとくけど、俺金持ってへんで」
近寄るとだるそうにこっちを向いて、俺が何も言わない内に迷惑そうにそう言った。男の関西弁は少しだけ、新鮮に響いた。
「ボロボロのガキからたかるほど金に困ってねぇよ。どうした? たちの悪いカツアゲでもされたか?」
「知らん。変な女が声かけてきてメシ食わしてくれる言うから付いてって、誘われたから一発ヤって、そしたらその女の男やいう奴がイチャモン付けてきよってリンチや。わけわからん」
「それはたちの悪いのに引っかかったもんだな」
「結局メシ食うてへんし、エッチも気持ちええもんちゃうかったし、最悪やでほんま」
殴られて腫れた頬を歪めて笑ったそいつの唇から、また新しく血が滲んだ。いてぇと言いながら血を拭う仕草になぜか意識が集中する。
「すぐそこに車停めてるからついて来い」
「は?」
「うちで手当てしてやるよ」
「……いや。いくら綺麗な顔した兄ちゃんでも、男は無理やで俺」
「馬鹿野郎! 俺も無理だよふざけんな!」
「何や、そっち系の人なんかと思って焦った」
「…………。立てるか?」
「何とか」
自然と立ち上がるそいつを補助する自分の腕。ついでに肩まで貸して車まで連れて行った。そんな自分の行動に自分でもちょっと驚いた。
「そこ座って待ってろ。救急箱取って来る」
車の中でも、今も、そいつはあまり喋らなかった。俺も楽しい話ができるわけではないし、沈黙が気まずいと思う人間でもないけど、どうやらそいつは俺とは違うようで。景色を見たり、俺の方を見たり落ち着きがないし、マンションに着いたら着いたでキョロキョロ、キョロキョロ。常に忙しない。
どうにも鬱陶しくなってきたし、気まぐれもここまでにして、手当てが済んだら放り出そうと思った。
「おら、こっち向け」
隣に腰掛けて、まず顔の手当てから始める。傷口に消毒液が沁みて顔を歪めると、さらにどっかが引き攣って痛むらしい。くだらない因縁を吹っかけられただけでここまでされたのは気の毒と言うしかない。
「俺の顔どんなんなってる?」
「控えめに言って、グチャグチャだな」
「嘘やん。俺ほんまはイケメンやのに」
「それがネタかマジか分からねぇくらいにはグチャグチャだよ」
鼻は折れてるし、目は両目とも腫れ上がってほとんど開いてない。頬も額も地面で擦れたんか傷だらけ。原型を留めていそうな部分が見当たらない。眉毛くらいか?
「身体はどうだ? 顔がこれだったら身体も結構やられてるだろ」
「ああ、大丈夫大丈夫。どっこも骨は折れてないと思う。ちゃんと動くし」
「……シャツ脱げ」
「いやんエッチ」
「うるせぇ。さっさと脱げ」
何となく身体を見せようとしないことに違和感を覚えて、シャツの裾を半分無理矢理捲り上げた。
赤黒い痣だらけの身体に、言葉を失う。たかが女一人のことでここまで痛めつけるか。怪我なんざ見慣れているとはいえ、堅気のガキがこんな目に遭うのは胸糞悪い。
「お前をやったのはどんな奴だった。人相は? 年は? 名前とか聞かなかったか?」
「いや名前は聞かんかったな。あ、でもヤクザがバックにおってどうこうとか言うてたような気がする。何やっけ……ゆ、……ゆうき組やったかな」
「結城組ってほんまに言うたんか?」
「いや、ちょっと自信ない。ゆ、から始まるやつやったとは思うんやけど」
「十分や。捕まえんの協力してもらうぞ。思い出せること全部教えろ」
「え? 何でわざわざ?」
「俺が結城組の組員やからや」
表情なんか分からんようなグチャグチャの顔が、それでも引き攣ったのが分かった。
交差点近くの路地に座り込んでいる人間が目に入った。
普段の俺だったら、普通に無視する。トラブルの元になりそうなものなんて見て見ぬ振りをして忘れてしまう。けれど、今晩だけは運が悪いついでに見てみようかと思った。
「……先言うとくけど、俺金持ってへんで」
近寄るとだるそうにこっちを向いて、俺が何も言わない内に迷惑そうにそう言った。男の関西弁は少しだけ、新鮮に響いた。
「ボロボロのガキからたかるほど金に困ってねぇよ。どうした? たちの悪いカツアゲでもされたか?」
「知らん。変な女が声かけてきてメシ食わしてくれる言うから付いてって、誘われたから一発ヤって、そしたらその女の男やいう奴がイチャモン付けてきよってリンチや。わけわからん」
「それはたちの悪いのに引っかかったもんだな」
「結局メシ食うてへんし、エッチも気持ちええもんちゃうかったし、最悪やでほんま」
殴られて腫れた頬を歪めて笑ったそいつの唇から、また新しく血が滲んだ。いてぇと言いながら血を拭う仕草になぜか意識が集中する。
「すぐそこに車停めてるからついて来い」
「は?」
「うちで手当てしてやるよ」
「……いや。いくら綺麗な顔した兄ちゃんでも、男は無理やで俺」
「馬鹿野郎! 俺も無理だよふざけんな!」
「何や、そっち系の人なんかと思って焦った」
「…………。立てるか?」
「何とか」
自然と立ち上がるそいつを補助する自分の腕。ついでに肩まで貸して車まで連れて行った。そんな自分の行動に自分でもちょっと驚いた。
「そこ座って待ってろ。救急箱取って来る」
車の中でも、今も、そいつはあまり喋らなかった。俺も楽しい話ができるわけではないし、沈黙が気まずいと思う人間でもないけど、どうやらそいつは俺とは違うようで。景色を見たり、俺の方を見たり落ち着きがないし、マンションに着いたら着いたでキョロキョロ、キョロキョロ。常に忙しない。
どうにも鬱陶しくなってきたし、気まぐれもここまでにして、手当てが済んだら放り出そうと思った。
「おら、こっち向け」
隣に腰掛けて、まず顔の手当てから始める。傷口に消毒液が沁みて顔を歪めると、さらにどっかが引き攣って痛むらしい。くだらない因縁を吹っかけられただけでここまでされたのは気の毒と言うしかない。
「俺の顔どんなんなってる?」
「控えめに言って、グチャグチャだな」
「嘘やん。俺ほんまはイケメンやのに」
「それがネタかマジか分からねぇくらいにはグチャグチャだよ」
鼻は折れてるし、目は両目とも腫れ上がってほとんど開いてない。頬も額も地面で擦れたんか傷だらけ。原型を留めていそうな部分が見当たらない。眉毛くらいか?
「身体はどうだ? 顔がこれだったら身体も結構やられてるだろ」
「ああ、大丈夫大丈夫。どっこも骨は折れてないと思う。ちゃんと動くし」
「……シャツ脱げ」
「いやんエッチ」
「うるせぇ。さっさと脱げ」
何となく身体を見せようとしないことに違和感を覚えて、シャツの裾を半分無理矢理捲り上げた。
赤黒い痣だらけの身体に、言葉を失う。たかが女一人のことでここまで痛めつけるか。怪我なんざ見慣れているとはいえ、堅気のガキがこんな目に遭うのは胸糞悪い。
「お前をやったのはどんな奴だった。人相は? 年は? 名前とか聞かなかったか?」
「いや名前は聞かんかったな。あ、でもヤクザがバックにおってどうこうとか言うてたような気がする。何やっけ……ゆ、……ゆうき組やったかな」
「結城組ってほんまに言うたんか?」
「いや、ちょっと自信ない。ゆ、から始まるやつやったとは思うんやけど」
「十分や。捕まえんの協力してもらうぞ。思い出せること全部教えろ」
「え? 何でわざわざ?」
「俺が結城組の組員やからや」
表情なんか分からんようなグチャグチャの顔が、それでも引き攣ったのが分かった。
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