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本編
4-5
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※side美波
「山下さん! 山下さーん!」
正門前に16時に向かうと、いつも花月を送り迎えしてくれていた軽自動車が停まっていた。
俺は結城組の人が来るとも何とも言わずに、ただ正門に連れて来ただけなんだけど、その車を見た途端に花月は興奮した様子で走り出した。
その姿が車内から見えたのか、助手席から降りてきた人物は山下さんで。俺は内心『あ、本当に山下さんが乗ってたんだ』と思った。
あんな風に『山下さーん!』って走って行ったはいいけど乗ってるのが鳴海さんとかだったら、変な感じになるかもって心配になってたからよかった。
「あの時は、すいませんでした! 俺、何もできなくて、刺された山下さん見て、怖くて逃げて、こんな……!」
山下さんの右手は包帯に巻かれて、肩から下げた布に吊られていた。痛々しいそれを見て、花月は申し訳なさそうに、触れるか触れへんかのところで手を出したり引っ込めたりしながら、何回も謝る。
「花月さん、俺の方こそ未熟で申し訳ありませんでした。こんなケガ大したことないですよ。すぐ治りますから」
「でも……」
「ええんです。ほんまに。それより大事なもんが得られましたから」
そう言ってニカっと笑った山下さんの笑顔は、花月を気遣って笑ったというより、本気で嬉しそうに笑っていると感じるようなそれだった。
「そんなことより、早う乗って下さい。いつまでも喋っとったら怒られてしまう」
「え、誰に? どこ行くんですか?」
「どこ行くって……」
山下さんが顔だけで『言うてないんですか?』と俺に伝えてきたから、俺は『言ってませんよ?』という顔をした。
そもそも、花月は結城組の事務所に住むってことを俺に言う気がなかったのか、一切そういう話はしなかった。毎日護衛のために大学に来る山下さんのことも『なんだかんだあって』とかいうザックリした説明で終わらせやがったし、最初は山下さんも俺も、お互いどう接していいものか分からなかった。
結局、山下さんには個人的に鳴海さんと付き合いがあるから、事情は大体分かると俺の方から伝えたんだけど。
つまり俺は諸々のことを知らないってことになってるんだから、花月に俺から何かが言えるはずもない。言ったところで、花月が尻込みするような気がしたしな。会いたいくせに。メシも食えなくなるぐらい会いたくて仕方ないくせに。いざ会えるとなったら、恐いとか言い出しそうだろ。
「……もしかして、結城? 結城に会える?」
期待と不安が入り混じった目で、花月は山下さんを見た。
「……結城、俺に会ってくれるんですか?」
結局のところ、鳴海さんはどうやって花月と結城さんを会わせる気でいるんだろう? 結城さんの方は花月に会う気はないんじゃ? 俺には正門に16時としか言ってくれなかったし……。
「分かりません。俺はかしらに花月さんをお連れするように言われただけですから。……けど、会いに行きましょうよ。会って、直接思ってること全部言うたらいいんですよ。どんな結果になっても、今のままよりは良いはずです。ちゃんと決着付けましょう。花月さん自身で」
「……こわい」
小さい声だった。でも全員の耳に届いた。今にも泣き出しそうな表情でそんなことを言われたら、俺は何て言ったらいいのか分からない。結城さんがどんな人なのか知らない以上、軽々しく口を挟んでいいのか迷ってしまう。
「組長は最近、たまに行かれるところができたらしいんです」
俺と山下さんが何て声を掛けたらいいのかとオロオロしているのを見兼ねたのか、今度は運転席に乗っていた人が車から降りて話し始めた。
「11月のこれから冬が来るっていう時期に何でかは分かりませんが、時間が空くと行きたがるそうです。花月さんがバイトをしていらしたカフェの近くにある桜並木に。ご存知ですか?」
「え、あ。はい。通ったことは何度か」
「今日も17時頃は予定がないそうですので、おそらくいらっしゃると思います。かしらがそう仰るんですから、確かでしょう。……あの日、花月さんを自分一人で助けに行くと組長が言われた時、組員は皆、反対しました。花月さんには申し訳ないのですが、我々にとっては組長と花月さん、比べるまでもありません」
「分かってます。当然だと思います」
「それでも組長はこう仰いました。『俺の命なんざ花月のそれに比べたらゴミクズ以下だ。助けに行かさねぇつもりなら俺は今ここで死ぬぞ』……なんてことを言うんだと、正直思いました。組長は、ご自身よりも花月さんが大切なんです。だから敢えて花月さんを遠ざけたんです。会いに行けば、拒絶されるかもしれません。冷たい言葉を口にされるかもしれません。でも、本心じゃないんですよ。だから……花月さんが望まれるならでいいんです。組長のところへ、戻ってあげて下さい」
半信半疑。花月の表情はまさにそんな感じだった。そうだったらいいな、って期待する自分と、いやそんなはずない、っていう冷静な自分がせめぎ合っている感じ。
この人の言う結城さんの気持ちっていうのは、この人の推察でしかないわけだし。なんか山下さんが妙に納得した顔でうんうん頷いているのが若干腹立つところだけど。
「……俺、行きます……」
「なんだかんだと言っておいて今さらですが、それは本当に花月さんの意思、なんですね?」
「……はい。俺は、結城のそばにいたいです」
「よっしゃ! ほな急いで行きましょ!」
決まってからは早かった。『またちゃんと話すから』とだけ言い残して、花月はぴゃーっと車に乗って行ってしまった。
残った俺はとりあえず、『任務完了。花月は今、出発しました』と鳴海さんにメールを送った。
すぐに送られてきた返信はこんなの。
『それでは美波くんはそのまま私の部屋に向かって下さい。今日は帰しませんので、そのつもりで』
……こわ。
「山下さん! 山下さーん!」
正門前に16時に向かうと、いつも花月を送り迎えしてくれていた軽自動車が停まっていた。
俺は結城組の人が来るとも何とも言わずに、ただ正門に連れて来ただけなんだけど、その車を見た途端に花月は興奮した様子で走り出した。
その姿が車内から見えたのか、助手席から降りてきた人物は山下さんで。俺は内心『あ、本当に山下さんが乗ってたんだ』と思った。
あんな風に『山下さーん!』って走って行ったはいいけど乗ってるのが鳴海さんとかだったら、変な感じになるかもって心配になってたからよかった。
「あの時は、すいませんでした! 俺、何もできなくて、刺された山下さん見て、怖くて逃げて、こんな……!」
山下さんの右手は包帯に巻かれて、肩から下げた布に吊られていた。痛々しいそれを見て、花月は申し訳なさそうに、触れるか触れへんかのところで手を出したり引っ込めたりしながら、何回も謝る。
「花月さん、俺の方こそ未熟で申し訳ありませんでした。こんなケガ大したことないですよ。すぐ治りますから」
「でも……」
「ええんです。ほんまに。それより大事なもんが得られましたから」
そう言ってニカっと笑った山下さんの笑顔は、花月を気遣って笑ったというより、本気で嬉しそうに笑っていると感じるようなそれだった。
「そんなことより、早う乗って下さい。いつまでも喋っとったら怒られてしまう」
「え、誰に? どこ行くんですか?」
「どこ行くって……」
山下さんが顔だけで『言うてないんですか?』と俺に伝えてきたから、俺は『言ってませんよ?』という顔をした。
そもそも、花月は結城組の事務所に住むってことを俺に言う気がなかったのか、一切そういう話はしなかった。毎日護衛のために大学に来る山下さんのことも『なんだかんだあって』とかいうザックリした説明で終わらせやがったし、最初は山下さんも俺も、お互いどう接していいものか分からなかった。
結局、山下さんには個人的に鳴海さんと付き合いがあるから、事情は大体分かると俺の方から伝えたんだけど。
つまり俺は諸々のことを知らないってことになってるんだから、花月に俺から何かが言えるはずもない。言ったところで、花月が尻込みするような気がしたしな。会いたいくせに。メシも食えなくなるぐらい会いたくて仕方ないくせに。いざ会えるとなったら、恐いとか言い出しそうだろ。
「……もしかして、結城? 結城に会える?」
期待と不安が入り混じった目で、花月は山下さんを見た。
「……結城、俺に会ってくれるんですか?」
結局のところ、鳴海さんはどうやって花月と結城さんを会わせる気でいるんだろう? 結城さんの方は花月に会う気はないんじゃ? 俺には正門に16時としか言ってくれなかったし……。
「分かりません。俺はかしらに花月さんをお連れするように言われただけですから。……けど、会いに行きましょうよ。会って、直接思ってること全部言うたらいいんですよ。どんな結果になっても、今のままよりは良いはずです。ちゃんと決着付けましょう。花月さん自身で」
「……こわい」
小さい声だった。でも全員の耳に届いた。今にも泣き出しそうな表情でそんなことを言われたら、俺は何て言ったらいいのか分からない。結城さんがどんな人なのか知らない以上、軽々しく口を挟んでいいのか迷ってしまう。
「組長は最近、たまに行かれるところができたらしいんです」
俺と山下さんが何て声を掛けたらいいのかとオロオロしているのを見兼ねたのか、今度は運転席に乗っていた人が車から降りて話し始めた。
「11月のこれから冬が来るっていう時期に何でかは分かりませんが、時間が空くと行きたがるそうです。花月さんがバイトをしていらしたカフェの近くにある桜並木に。ご存知ですか?」
「え、あ。はい。通ったことは何度か」
「今日も17時頃は予定がないそうですので、おそらくいらっしゃると思います。かしらがそう仰るんですから、確かでしょう。……あの日、花月さんを自分一人で助けに行くと組長が言われた時、組員は皆、反対しました。花月さんには申し訳ないのですが、我々にとっては組長と花月さん、比べるまでもありません」
「分かってます。当然だと思います」
「それでも組長はこう仰いました。『俺の命なんざ花月のそれに比べたらゴミクズ以下だ。助けに行かさねぇつもりなら俺は今ここで死ぬぞ』……なんてことを言うんだと、正直思いました。組長は、ご自身よりも花月さんが大切なんです。だから敢えて花月さんを遠ざけたんです。会いに行けば、拒絶されるかもしれません。冷たい言葉を口にされるかもしれません。でも、本心じゃないんですよ。だから……花月さんが望まれるならでいいんです。組長のところへ、戻ってあげて下さい」
半信半疑。花月の表情はまさにそんな感じだった。そうだったらいいな、って期待する自分と、いやそんなはずない、っていう冷静な自分がせめぎ合っている感じ。
この人の言う結城さんの気持ちっていうのは、この人の推察でしかないわけだし。なんか山下さんが妙に納得した顔でうんうん頷いているのが若干腹立つところだけど。
「……俺、行きます……」
「なんだかんだと言っておいて今さらですが、それは本当に花月さんの意思、なんですね?」
「……はい。俺は、結城のそばにいたいです」
「よっしゃ! ほな急いで行きましょ!」
決まってからは早かった。『またちゃんと話すから』とだけ言い残して、花月はぴゃーっと車に乗って行ってしまった。
残った俺はとりあえず、『任務完了。花月は今、出発しました』と鳴海さんにメールを送った。
すぐに送られてきた返信はこんなの。
『それでは美波くんはそのまま私の部屋に向かって下さい。今日は帰しませんので、そのつもりで』
……こわ。
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