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本編
3-12
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「……あ、あのさ、かづっちゃん」
鈴音さんが乗って来た車に乗った。車は遠くに停めてあったから、結城が一人で来たってことにして鈴音さんはこっそり付いて行ったのだろう。おしゃべり野郎の言った通り。
鈴音さんは一言も喋らない俺にかなり気を遣ってくれてるのだけど……なんか、喋る気にならないっていうか、さっきの結城のことばかり考えてしまう。
「今から行くの、かづっちゃんのお母さんのとこなんだ」
「……え……?」
「もちろん話は通してあるから。かづっちゃんのことも、かづっちゃんのお父さんのことも。これからのことも」
「これからって……」
「かづっちゃんのお母さん、今すぐにでもかづっちゃんと一緒に住みたいって。だから、今から連れてく」
「それ……結城が?」
「うん。分かってると思うけど、巽さんはかづっちゃんのためを思って、そうするって決めたんだ。自分といるより、お母さんといる方が幸せに決まってるからって。巽さんはほんとに、かづっちゃんのこと大切なんだよ。さっきはあんな風に行っちまったけどさ……どんな顔して何て言ったらいいか分かんなかっただけだと思う。だから、巽さんのこと誤解しないで欲しい」
鈴音さんの言葉を信じたい俺と、さっきの結城を忘れられない俺。ぐっちゃぐちゃになって、訳が分からない。『そんなもんもういらねぇ』って言われた。俺が投げ飛ばされても、見てもくれなかった。初めて会った時は、胸倉を掴まれただけで、右手を潰すとまで言っていたのに。
俺があいつらにヤられたって聞いたから? だから、俺のことほんまにいらなくなった? 汚いって思った?
「……っ」
涙が出た。泣いて初めて、自分がこんなにも悲しいんだって自覚した。結城に会いたい。けど俺が会いたいのは、俺に触れて、キスをしてきて、抱き締めて眠ってくれた頃の結城。そんな結城は、もういない。
「かづっちゃん……」
「縁を切られたっていうことですか」
「……うん」
「はは……別れって呆気ないもんですね。親父も、結城も、いきなり俺の前から消えるんだもんな……ほんと、ひどいなー……」
涙が止まらなう。みっともない嗚咽する声を抑えることもできない。まともに呼吸もできないくらい、大泣きした。
鈴音さんは何も言わずに、ただただ運転をし続けて、俺を運んで行く。結城の依頼で、結城のそばから、俺を遠ざけていく。
泣き疲れて、ぐったりするくらい時間が経った頃、車が停車した。立派な家の前で。
「着いたよ」
「……ここに、俺のお母さんがいるんですね」
「うん」
なんとなく、車から降りるのを躊躇う。こんなでっかい家にお母さんがいるって言われたって、全然現実味がない。
「かづっちゃん」
「はい」
鈴音さんの方に向き直ると、俺の方に深く頭を下げて、鈴音さんは謝った。
「ごめん。こんなことになってしまって、ごめん。俺の問題に巻き込んで、傷付けて、本当にごめん!」
「え……」
「巽さんは自分のせいでかづっちゃんを危険な目に遭わせたって思ってる。でも、本を正せば俺のせいなんだ。だから、ごめん。……謝ったって何も変わらないし、俺が謝って許されたいってだけなんだけど、でも……何か、俺にできることがあったら言って。何でもする」
鈴音さんが自分のせいって言うのは、おしゃべり野郎が鈴音さんに会いたいって理由で今回のことを計画したからだろう。
でもそれって、鈴音さんが悪い訳じゃない。それに今日のことで本当に傷付いたのは、俺じゃなくて山下さんだ。俺を全力で守ってくれた。大怪我をさせてしまった。
だから……。
「山下さんに、逃げてしまってごめんなさいって、守ってくれてありがとうって伝えて下さい。もしも、山下さんが責任を取らされるようなことになったとしたら、山下さんのこと守って下さい。どうか、お願いします」
「かづっちゃん……」
「さっきは、ガムテープとか外してくれて、ありがとうございました。……じゃあ、俺行きますね」
意を決して車から降りた。家を見つめる。緊張がやばい。インターホンを押したら、誰が出るんだろう。こんな立派な家だったら、お手伝いさんとかがいたりするかな。
そんなことを思いながら、インターホンを押した。変に力が入って手が震えた。
「……?」
応答が無い。もう一回押そうかと迷っていたら、玄関の扉が勢いよく開いた。
「花月っ!」
飛び出して来たのは、綺麗な女の人。ああ、お母さんや。そう思った。
ギュッと抱きしめられる。ちょっと苦しいくらいの力強さに驚く。ふわっと甘い匂いがして、これがお母さんの匂いってやつかなって……なんか、感動した。
「ごめんねぇ……苦労かけてしまって、本当にっ……花月、花月。会いたかった……っ!」
俺の首元に濡れた感触がする。それがお母さんの涙だと気が付いて、それから、お母さんは俺の肩よりちょっと高いくらいしか背丈がないことに気が付いた。
こんなにも小さくて、細い女の人が、俺を産んでくれたお母さんなのか。そう思ったら、苦しくなった。
「……ありがとう」
無意識に感謝の言葉が口から出た。俺が小さい頃から夢に見た、綺麗で優しくてあったかいお母さん。それが目の前にいて、俺を泣きながら抱き締めてくれる。嬉しい。幸せだ。
……そう感じるのに。
それでも俺の目から涙が出る気配がないのは、さっき枯れてしまったからか。それとも失ったものの方が大きいからか。
泣き続けるお母さんを抱き締め返しても、俺の胸がいっぱいになることはない。こんなにも会えて嬉しいと思っているのに、それでもやっぱり俺は、どこかで結城のことを考えてしまう。
結城は親父を失った俺を抱き締めて、ぽっかり空いた穴を埋めてくれた。家族がそばにいるようなあったかさを与えてくれた。恋人みたいな甘さと、刺激と、片想いの切なさを教えてくれた。
結城を失って空いた穴は、何で埋めればいいのだろう。そんなことを思った。
鈴音さんが乗って来た車に乗った。車は遠くに停めてあったから、結城が一人で来たってことにして鈴音さんはこっそり付いて行ったのだろう。おしゃべり野郎の言った通り。
鈴音さんは一言も喋らない俺にかなり気を遣ってくれてるのだけど……なんか、喋る気にならないっていうか、さっきの結城のことばかり考えてしまう。
「今から行くの、かづっちゃんのお母さんのとこなんだ」
「……え……?」
「もちろん話は通してあるから。かづっちゃんのことも、かづっちゃんのお父さんのことも。これからのことも」
「これからって……」
「かづっちゃんのお母さん、今すぐにでもかづっちゃんと一緒に住みたいって。だから、今から連れてく」
「それ……結城が?」
「うん。分かってると思うけど、巽さんはかづっちゃんのためを思って、そうするって決めたんだ。自分といるより、お母さんといる方が幸せに決まってるからって。巽さんはほんとに、かづっちゃんのこと大切なんだよ。さっきはあんな風に行っちまったけどさ……どんな顔して何て言ったらいいか分かんなかっただけだと思う。だから、巽さんのこと誤解しないで欲しい」
鈴音さんの言葉を信じたい俺と、さっきの結城を忘れられない俺。ぐっちゃぐちゃになって、訳が分からない。『そんなもんもういらねぇ』って言われた。俺が投げ飛ばされても、見てもくれなかった。初めて会った時は、胸倉を掴まれただけで、右手を潰すとまで言っていたのに。
俺があいつらにヤられたって聞いたから? だから、俺のことほんまにいらなくなった? 汚いって思った?
「……っ」
涙が出た。泣いて初めて、自分がこんなにも悲しいんだって自覚した。結城に会いたい。けど俺が会いたいのは、俺に触れて、キスをしてきて、抱き締めて眠ってくれた頃の結城。そんな結城は、もういない。
「かづっちゃん……」
「縁を切られたっていうことですか」
「……うん」
「はは……別れって呆気ないもんですね。親父も、結城も、いきなり俺の前から消えるんだもんな……ほんと、ひどいなー……」
涙が止まらなう。みっともない嗚咽する声を抑えることもできない。まともに呼吸もできないくらい、大泣きした。
鈴音さんは何も言わずに、ただただ運転をし続けて、俺を運んで行く。結城の依頼で、結城のそばから、俺を遠ざけていく。
泣き疲れて、ぐったりするくらい時間が経った頃、車が停車した。立派な家の前で。
「着いたよ」
「……ここに、俺のお母さんがいるんですね」
「うん」
なんとなく、車から降りるのを躊躇う。こんなでっかい家にお母さんがいるって言われたって、全然現実味がない。
「かづっちゃん」
「はい」
鈴音さんの方に向き直ると、俺の方に深く頭を下げて、鈴音さんは謝った。
「ごめん。こんなことになってしまって、ごめん。俺の問題に巻き込んで、傷付けて、本当にごめん!」
「え……」
「巽さんは自分のせいでかづっちゃんを危険な目に遭わせたって思ってる。でも、本を正せば俺のせいなんだ。だから、ごめん。……謝ったって何も変わらないし、俺が謝って許されたいってだけなんだけど、でも……何か、俺にできることがあったら言って。何でもする」
鈴音さんが自分のせいって言うのは、おしゃべり野郎が鈴音さんに会いたいって理由で今回のことを計画したからだろう。
でもそれって、鈴音さんが悪い訳じゃない。それに今日のことで本当に傷付いたのは、俺じゃなくて山下さんだ。俺を全力で守ってくれた。大怪我をさせてしまった。
だから……。
「山下さんに、逃げてしまってごめんなさいって、守ってくれてありがとうって伝えて下さい。もしも、山下さんが責任を取らされるようなことになったとしたら、山下さんのこと守って下さい。どうか、お願いします」
「かづっちゃん……」
「さっきは、ガムテープとか外してくれて、ありがとうございました。……じゃあ、俺行きますね」
意を決して車から降りた。家を見つめる。緊張がやばい。インターホンを押したら、誰が出るんだろう。こんな立派な家だったら、お手伝いさんとかがいたりするかな。
そんなことを思いながら、インターホンを押した。変に力が入って手が震えた。
「……?」
応答が無い。もう一回押そうかと迷っていたら、玄関の扉が勢いよく開いた。
「花月っ!」
飛び出して来たのは、綺麗な女の人。ああ、お母さんや。そう思った。
ギュッと抱きしめられる。ちょっと苦しいくらいの力強さに驚く。ふわっと甘い匂いがして、これがお母さんの匂いってやつかなって……なんか、感動した。
「ごめんねぇ……苦労かけてしまって、本当にっ……花月、花月。会いたかった……っ!」
俺の首元に濡れた感触がする。それがお母さんの涙だと気が付いて、それから、お母さんは俺の肩よりちょっと高いくらいしか背丈がないことに気が付いた。
こんなにも小さくて、細い女の人が、俺を産んでくれたお母さんなのか。そう思ったら、苦しくなった。
「……ありがとう」
無意識に感謝の言葉が口から出た。俺が小さい頃から夢に見た、綺麗で優しくてあったかいお母さん。それが目の前にいて、俺を泣きながら抱き締めてくれる。嬉しい。幸せだ。
……そう感じるのに。
それでも俺の目から涙が出る気配がないのは、さっき枯れてしまったからか。それとも失ったものの方が大きいからか。
泣き続けるお母さんを抱き締め返しても、俺の胸がいっぱいになることはない。こんなにも会えて嬉しいと思っているのに、それでもやっぱり俺は、どこかで結城のことを考えてしまう。
結城は親父を失った俺を抱き締めて、ぽっかり空いた穴を埋めてくれた。家族がそばにいるようなあったかさを与えてくれた。恋人みたいな甘さと、刺激と、片想いの切なさを教えてくれた。
結城を失って空いた穴は、何で埋めればいいのだろう。そんなことを思った。
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