花を愛でる獅子【本編完結】

千環

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本編

3-2

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「ヤナー? 閉店作業終わった……って、結城さん。ほんまに来はったんですね」

「お前が呼んだんだろ」

「へ? 店長が?」

「まー、うん。今日店閉めたあとヤナにコーヒーの淹れ方教えるってメールしてん」

 で、わざわざ来たのか。どんだけ俺が初めて淹れたコーヒーにこだわってんだよ。こんなの、店長の淹れたコーヒーと違いすぎて、人に飲まれんのとかすっげー恥ずかしいのに。

「まぁ、コーヒーを飲みに来たのも確かなんだがな。あのこと、少しは分かったのか聞きたくてな」

 カウンターに立った店長に、結城が真剣な顔で尋ねた。席を外すべきか迷う。聞いたところで俺には分からないだろうけど。

「昨日の今日なんで、はっきり言うて分かってないことの方が多いです。襲撃されたんはどうやら侠心会幹部の店やったみたいです。実際にやられたんはその幹部と下っ端のもん含めて四人。一人は軽傷。三人は重傷、内一人は意識不明です。相手も襲撃理由もまだ分かってません。ただ……よりにもよって侠心会なんでね……これは簡単には収まりが付かんでしょうね」

「侠心会か。じじいが黙ってねぇだろうな。清次さんもストッパーにならねぇし、面倒なとこやってくれたもんだ。……やっぱり俺もあっちに行った方がいいな」

「じゃあ、結城組はどうするんです? もし……いや、無いとは思うんですけど、もしも野田組の中でも力のある侠心会のシマやと分かった上で襲撃したんやとしたら、うちも警戒せなあかんでしょう。関東やから言うて、楽観はできませんよ。万が一ってこともあるやないですか」

「だが今はあっちが心配だ。特にじじいが何しでかすか分からねぇ。侠心会に手ぇ出すようなトチ狂った奴が、じじいを襲撃しねぇとも限らねぇし。それこそ、ここに残った俺を俺が許せねぇ。……なんだかんだ言っても、じじいと狼と清次さんは、家族だからな」

 話に出て来る名前も、何も知らない俺には何のことかさっぱり分からない。とにかく分かることは、結城がまた関西に行くことと、それが危険だってことだけ。




※side風見

 組長に付いて、関西に来たことは何回もある。でも、本家に足を踏み入れたことは一度もない。

 正直言って、心臓が飛び出そうだ。『獅子』と呼ばれる五代目がおられると考えるだけでぞっとする。普段は温厚で笑い皺が定着しているようなお方でも、その奥には獰猛な鋭い眼が光っている。初めて遠くからその姿を見ただけで、俺の全身が粟立った。そばに寄ることなんかできるわけがない。目でも合ってみろ。ゲロ吐く。失神する。むしろ死ぬ。

 それから、若。五代目のお孫さんなだけあると思わされる噂話ばかりを耳にする。五代目の次に会いたくない人物。本家付きの人間に聞いた話では、子供の頃から訳もなくブチ切れて、何でもかんでもぶっ壊すようなお方らしい。しかも、大の大人が何人束になっても敵わないバケモノみたいな人で、暴れる若を止められるのは、うちの組長と、侠心会会長である田辺さんくらいのものらしい。

 バカかと。うちの組長こそバケモノじゃねぇかと。そんなのがゴロゴロいるところなんて行ったら、心臓が何個あっても足りねぇ。

「風見。なんだ、気分でも悪いか?」

「いえ、大丈夫です。ただ、情けない話なんですけど……本家に行くのは初めてなんで、緊張してます」

「お前らしいな。そういや初めてお前に会った時もそんな青い顔してやがったな」

「勘弁して下さい、組長」

 俺ら結城組組員が、大人になった結城巽という人間に初めて会ったのは、三年前。先代が亡くなられて、お通夜だ葬式だという時だった。

 雲の上の存在のような五代目の隣に立つ若い男。先代の面影があったから、すぐに先代の息子さんだということは分かった。あまりにも自然に五代目と話す姿を見て、俺とは違う世界の人間なんだと一瞬で思わさせられた。

 そして、先代の顔を見ながら『思ってたより早く逝ったな。根性無ぇな、親父』と言い放った時の表情は、今でもはっきり覚えている。
 ただの感想。そこには悲しみも寂しさもない。あまりにも淡々とした物言いに、怒りを露わにする組員もいる中、俺は真逆の感想を抱いた。

 まるで心酔にも似た感覚。この人の手で結城組は変わる。この人こそ、ついて行くべき人。俺はこの人に人生を賭けたい。
 そんな風に思ってしまった。
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