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本編
2-5
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「お、ヤナ。久しぶりやん」
「店長~! 何で俺に教えてくれなかったんですかー!?」
「いきなり何? ……ああ! 結城組のこと?」
「それ系です」
昨夜、結城から聞いたことは、ずーっと悩んできたことをちょっと解消してくれた。
なぜ俺を助けてくれたのか。俺は結城に金を出させていいのか。結城の優しさが何なのか。いつか、絶望を味わうんじゃないか。
大丈夫。きっと大丈夫。
俺はそう思えた。
「ええ顔してるやん」
「……まぁ」
「僕は結城さんに恩がある。結城さんに口止めされたら何も言えへんよ」
「恩?」
「僕ね、ほんまはこの世に存在せえへん人間なんよ。死んだことになってて、なーんも無い奴やねん」
「……え? えー……?」
「そんな奴を結城さんは拾ってくれて、仕事を与えてくれて、僕を自分にとって必要な人間やって言うてくれた。そんなん兄弟以外で初めてやったから、それはそれは嬉しかったんよ。せやから、僕は結城さんに言われたことは守る。ヤナには悪いことしたと思うよ。ごめんね」
「……そんな風に言われたら、何も言えません」
「せやろ。で? ほんまは何の用で来たん?」
「えーっと、……もうめちゃくちゃ言いにくくなった! 店長、俺が何言いたいか分かってて先に釘刺したんでしょー!」
「結城さんに内緒で雇える訳ないからね。誰から給料貰っとると思ってんの」
「うっ! やっぱ別で探すしか……」
「それを結城さんに報告せえへんつもりやったら、僕が結城さんに言うから」
「じゃあ俺どうしたらいいんすか!」
「そもそも何でバイトしたいん?」
「結城に借金とか返したいからです」
「結城さんがそうしろって言うたん?」
「返す必要はないって言われました。言われたけど、そういう訳にはいかないから……だって、何千万って額なのに、俺、そんなの嫌だし」
「うん。じゃあ結城さんに相談してみな? ここで、働いてお金返すって。ちゃんと伝えたら、ちゃんと応えてくれる人やから。な?」
「だめって言われたら?」
「そしたらどっか他の所で内緒でバイトしてやるって言うたらええわ」
「ええ? 結局そうなるんすか?」
「大丈夫。僕の言う通りにしたら、結城さん折れるはずやから」
そう言って笑った店長の顔は、めちゃくちゃ悪そうだった。うわあ、店長を敵に回さないでおこう! って思うには十分の腹黒い笑顔だった。
それから、約二週間ぶりに飲んだ店長のコーヒーは、ひどく懐かしいような気がして、自分の日常だったものがずっと遠くへ行ってしまったことを実感した。
「結城組での生活は、ヤナにとってはどうなん?」
「よくしてもらってますよ。山下さん、て知ってます?」
「もちろん」
「その山下さんが、ずっと一緒にいてくれて退屈はしないし、食べたい物とか何でも作ってくれたり、それもプロ級に美味いし。……結城も、優しいし」
「じゃあ、よかったな」
「そうですね。……でも俺、本当にこれでいいのかなって、思うんです」
「不安?」
「不安……です。何が? って言われたら、説明できないんですけど。結城には、何で俺を助けてくれるのか聞いたけど、いまいち納得できないというか。俺にそこまでしてもらうような価値はないと思うし……。将来的には結城にお金を返そうと思ってますけど、突然、すぐ返せ! とか言われないかな、とか。……何だろ? 返済するアテがないのが、不安なのかな……。すんません。何か、ぐちぐち言って」
カウンターの向こうで、相槌だけ打って、俺の話を聞いてくれてた店長が、首を横に振った。
「なんぼでも言うたらええよ。全部聞くから」
涙が出そうになる。もう泣かねぇって決めたのに。
「……俺、ダメなんです。親父が死んで、家で一人で、寂しくて、寝れなくなっちゃって……。でも、結城がそばにいたら、ホッとして……めちゃくちゃ甘えてしまう。俺、もう一人になりたくないんです。結城のそばにずっといたいとか、思ってしまうんです。どんどん結城が俺ん中で大きくなって、いつか、結城に拒絶されたらって思うと……何かもう、全部終わるというか……」
「ヤナは、結城さんが好き?」
「……はい。好きです」
「そう言うたら? きっと喜ばはると思うよ?」
「俺、伝える気はありません。結城は好きだけど、ヤクザは怖い。その中で生きていく度胸もないくせに、好きだなんて、言う資格ないです。それに、今でも結城に依存してるって自覚があるのに、自分でタガ外したら、あとはズルズル落ちていくだけだし。だから、結城には言いません」
店長の表情が少し曇る。それから『僕がこんなん言うていいか分からんけど……』と前置きをして、コーヒーカップを置いた。
「店長~! 何で俺に教えてくれなかったんですかー!?」
「いきなり何? ……ああ! 結城組のこと?」
「それ系です」
昨夜、結城から聞いたことは、ずーっと悩んできたことをちょっと解消してくれた。
なぜ俺を助けてくれたのか。俺は結城に金を出させていいのか。結城の優しさが何なのか。いつか、絶望を味わうんじゃないか。
大丈夫。きっと大丈夫。
俺はそう思えた。
「ええ顔してるやん」
「……まぁ」
「僕は結城さんに恩がある。結城さんに口止めされたら何も言えへんよ」
「恩?」
「僕ね、ほんまはこの世に存在せえへん人間なんよ。死んだことになってて、なーんも無い奴やねん」
「……え? えー……?」
「そんな奴を結城さんは拾ってくれて、仕事を与えてくれて、僕を自分にとって必要な人間やって言うてくれた。そんなん兄弟以外で初めてやったから、それはそれは嬉しかったんよ。せやから、僕は結城さんに言われたことは守る。ヤナには悪いことしたと思うよ。ごめんね」
「……そんな風に言われたら、何も言えません」
「せやろ。で? ほんまは何の用で来たん?」
「えーっと、……もうめちゃくちゃ言いにくくなった! 店長、俺が何言いたいか分かってて先に釘刺したんでしょー!」
「結城さんに内緒で雇える訳ないからね。誰から給料貰っとると思ってんの」
「うっ! やっぱ別で探すしか……」
「それを結城さんに報告せえへんつもりやったら、僕が結城さんに言うから」
「じゃあ俺どうしたらいいんすか!」
「そもそも何でバイトしたいん?」
「結城に借金とか返したいからです」
「結城さんがそうしろって言うたん?」
「返す必要はないって言われました。言われたけど、そういう訳にはいかないから……だって、何千万って額なのに、俺、そんなの嫌だし」
「うん。じゃあ結城さんに相談してみな? ここで、働いてお金返すって。ちゃんと伝えたら、ちゃんと応えてくれる人やから。な?」
「だめって言われたら?」
「そしたらどっか他の所で内緒でバイトしてやるって言うたらええわ」
「ええ? 結局そうなるんすか?」
「大丈夫。僕の言う通りにしたら、結城さん折れるはずやから」
そう言って笑った店長の顔は、めちゃくちゃ悪そうだった。うわあ、店長を敵に回さないでおこう! って思うには十分の腹黒い笑顔だった。
それから、約二週間ぶりに飲んだ店長のコーヒーは、ひどく懐かしいような気がして、自分の日常だったものがずっと遠くへ行ってしまったことを実感した。
「結城組での生活は、ヤナにとってはどうなん?」
「よくしてもらってますよ。山下さん、て知ってます?」
「もちろん」
「その山下さんが、ずっと一緒にいてくれて退屈はしないし、食べたい物とか何でも作ってくれたり、それもプロ級に美味いし。……結城も、優しいし」
「じゃあ、よかったな」
「そうですね。……でも俺、本当にこれでいいのかなって、思うんです」
「不安?」
「不安……です。何が? って言われたら、説明できないんですけど。結城には、何で俺を助けてくれるのか聞いたけど、いまいち納得できないというか。俺にそこまでしてもらうような価値はないと思うし……。将来的には結城にお金を返そうと思ってますけど、突然、すぐ返せ! とか言われないかな、とか。……何だろ? 返済するアテがないのが、不安なのかな……。すんません。何か、ぐちぐち言って」
カウンターの向こうで、相槌だけ打って、俺の話を聞いてくれてた店長が、首を横に振った。
「なんぼでも言うたらええよ。全部聞くから」
涙が出そうになる。もう泣かねぇって決めたのに。
「……俺、ダメなんです。親父が死んで、家で一人で、寂しくて、寝れなくなっちゃって……。でも、結城がそばにいたら、ホッとして……めちゃくちゃ甘えてしまう。俺、もう一人になりたくないんです。結城のそばにずっといたいとか、思ってしまうんです。どんどん結城が俺ん中で大きくなって、いつか、結城に拒絶されたらって思うと……何かもう、全部終わるというか……」
「ヤナは、結城さんが好き?」
「……はい。好きです」
「そう言うたら? きっと喜ばはると思うよ?」
「俺、伝える気はありません。結城は好きだけど、ヤクザは怖い。その中で生きていく度胸もないくせに、好きだなんて、言う資格ないです。それに、今でも結城に依存してるって自覚があるのに、自分でタガ外したら、あとはズルズル落ちていくだけだし。だから、結城には言いません」
店長の表情が少し曇る。それから『僕がこんなん言うていいか分からんけど……』と前置きをして、コーヒーカップを置いた。
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